第76話 冒険者たちの交流戦 4/4
オレはイリガを両腕で優しく包み込もうとした。
いまオレがしてやれるのはそんなことくらいだ。
ところがイリガはオレの胸元から離れていった。
あれっ? ちょっと、イリガ……。
ふたたび一人で歩こうとしている。
えーっ? なんだったんだよ。
「きゃっ」
声をあげたのはムアンだ。
イリガがふらつき、壁に倒れかかったのだ。
「ようすがおかしいわ。ひどく体調悪そうね」
さっきオレの胸に飛び込んできたのは、そういうことだったのか。
よろけたところに、たまたまオレがいて……。くそっ、誤解しちゃったじゃん。
だけどムアンの言うとおりだ。熱でもあるんじゃないのか?
彼女の額に手を当ててみる。熱はなさそうだ。
ここでチャオプが言う。
「歩けるか、イリガ? わたしが肩を貸すぞ」
「大丈夫。一人で歩ける」
イリガは顔をあげ、ふたたび歩きだした。
でも心配だ。できることなら休んでほしい。
次の試合、ちゃんとできるのか?
所詮は単なる交流戦。無理してやるような試合ではない。
ただそれを口に出して言うべきではなかろう。
決勝まで頑張ってきたのに、すべて否定するようなことにもなるからだ。
控え室に到着。イリガを長椅子に寝かせた。
やがて係員が呼びに来た。
決勝戦が始まる時間だと言う。
長椅子から起きあがるイリガ。げっそりしたような顔だ。
それでも彼女は会場まで歩いていった。
闘技台に近づくにつれ、彼女の表情はキリッとしていく。
お前はつくづくスゲー奴だよ、イリガ。
彼女はオレたちに見守られながら、闘技台にあがっていった。
ここからはもう彼女一人だ。
相手の冒険者も闘技台にのぼった。
素顔はわからない。相変わらずの覆面だ。
まったくどこまで顔に自信が持てないんだよ。
試合開始――。
イリガの動きは速かった。完全に相手を押している。
ついさっきまでフラついていたのが嘘のようだ。
たぶん相当な無理をしているのだろう。
しかし最後の決め手がない。相手はどうにか堪えている。
「彼女、調子悪そうだなあ」
背後で誰かが言った。聞き覚えのある声だ。
振り向くとそこに前校長がいた。
「こ、こんにちは。大佐」
現れたのが突然だったので少々驚いた。
前校長はイリガの動きを目で追っている。
この試合は、全体的に見ればイリガが優勢のはず……。それなのに前校長はイリガについて『調子悪そうだ』と言った。本調子ではないことを、ちゃんと見抜けている。さすがは冒険者スクールの校長を、長年やり続けていただけのことはある。
「彼女には左手がなかったよね? あの手は特殊スキルなのかな」
「わかりますか? そのとおりです」
「うーむ。いかんなあ……」
「それはどういうことでしょう?」
だが前校長はオレの問いには答えず、逆に訊いてきた。
「あの特殊スキルは、どのくらい長く出し続けているのかね?」
「今朝からずっとあの左手を使ってます」
「な、なんだって!?」
闘技台では、イリガが相手に押し返されつつあった。
タハーンのときと似ている。途中までは優勢だったのに。
イヤな予感がする。
「イリガ……。とうとうスタミナが尽きてきたかぁ」
首を横に振る前校長。
「ラング君、スタミナがどうこうの話ではないよ。第一に、彼女はとっくに極限に達し、力尽きている。相当ムリしているんだろうね。一般的に、特殊スキルというものは、長く持続させすぎてはならないんだ。もはやあの小さな体の中には、魔力も体力も残っていないはずだ」
「えっ? 体力ならば理解できますが、魔力もですか。特殊スキルは魔力の量に影響を与えないって、授業で習ったような気がしますけど……」
「程度の問題だよ。多少の時間ならばまったく影響しないだろう。だけどねえ、朝からずっとなんて普通じゃない。異常だ。長く持続させすぎることがあれば、魔力にも体力にも深刻なまでに大きく関わってくるんだよ」
だとすると、もう勝ち目は薄いのか。
しかも……。
「さっき『第一に』っておっしゃいましたよね? すると『第二』の問題もまだあるのでしょうか」
「問題というかねぇ。いいかい。ここからは他言無用だよ。いま彼女が戦っている相手は人間ではない」
「えっ、人間じゃない!?」
「シーーーーっ。声がデカいよ」
「す、すみません」
「相手は軍が開発した新型の土人形だ。従来の土人形は単純な攻撃しかできない。観察や分析するという知能がないため、相手の動きを読むことはできないし、攻撃パターンに応じた対策もできない。でもこの新型土人形は違う。対戦している敵を分析し、計算予測し、行動パターンを読む。弱点を見つけたらそこに攻め込む。要するに『考える土人形』なんだ」
すると試合が長引けば長引くほど、ヤツが有利になっていくってことか。
イリガの顔は苦しそうだ。両手剣を重たそうに振っている。
もう限界なのだろう。というより始めから限界だったのだ。
あっ!
イリガが片膝をついた。もうダメか。
相手の剣がイリガを襲う。
そのときだった。イリガの左手がパッと消えた。
きっとこれ以上は特殊スキルを持続できなくなったのだ。
ただ消えたことが幸いして、相手の剣が空を切った。
狙っていた左手に空振りしたのだ。
相手が後退する。
どうしたのだろう。
闘技台の上をくるくる回り始めたではないか。
「明らかに混乱している……」と前校長。「……狙った左手が消えたからだ。あり得ないことが起きて、計算予測ができなくなったのだ。おそらくいま恐怖を抱いているに違いない」
ようやく相手の動きは静止。落ち着きを取り戻したようだ。
ゆっくりとイリガに向かっていく。
イリガは両手剣を杖のように突き立てながら、膝をあげた。
しかし重たい両手剣を右手だけで扱うのは、もはや無理なようすだ。
敗戦は確定的だと言っていい。
それなのになんで立つんだよ。
もう勝てないのはわかっているのだろ?
イリガ――――。
心の中で叫んだことが、彼女に聞こえたかのだろうか。
闘技台の下へと視線を送ってきたのだ。
オレと目が合った。
パッ パッ
パッ パッ パッ
パッ パッ パッ
パッ パッ パッ
パッ パッ パッ パッ
パッ パッ パッ
イリガの手が次々にパッと現れた。それらが宙に浮かんでいる。
特殊スキル『千手剣』を復活させたのだ。
客席から響めきが起きた。
そりゃ、ビックリするだろう。
相手はふたたび闘技台の上を回り始めた。
現れたイリガの手に動揺しているのだろう。
宙に浮くイリガの手から、それぞれ剣が消えた。
そしてそれらの手も、一つずつ消えていく。
最後に一本だけが残り、頭上に浮いている。肩の近くまで伸びた手だ。
イリガはそれを取り、自分の肩口に押しつけた。
あ…………。おい、ダメだろ。
それ右手だぞ? 左肩にくっつけるのかよ。
右手が二つになっちゃってるじゃん。
はたしてイリガ本人は気づいてるのだろうか……。
それはともかく、二本の手で両手剣を振りあげた。
混乱状態にある相手に向かって振りおろす。
バシッ
試合は決着した。イリガの勝ち。
右手が二つあろうと勝ちは勝ちだ。
優勝だぁーーーーーーーー!!
「「「おめでとう、イリガ」」」
オレもムアンもチャオプも飛びあがりながら、闘技台上にいる彼女に祝いの叫び声を贈った。
前校長がオレの肩をポンと叩く。
「ラング君の仲間は頑張った。力尽きていったん消えたはずの特殊スキルなのに、すぐ再現させてしまうなんて。恐ろしいまでの精神力だ。それにしてもあの新型土人形……。若い剣士相手に決勝まで進むことはできたが、まだまだ実践では使えないことが証明された。もっと改良せねばなるまい」
「はっ。もしかしてこのトーナメントって……?」
「出場してくれた若者たちには、とても悪かったと思っている。新型土人形の実験の場に利用したことを」
「やっぱりですか。じゃあ、両手剣に限定したのも関係があったんですか」
「まあ、そういうことだ。対戦相手が複雑すぎる動きをすると、その分析ができなくなる。だから使用する武器を、両手剣のみに絞る必要があった」
「だから槍や短剣などは禁止だったんですね」
「そのとおり。でも決勝を見てガッカリしたよ。予想外のことが起こると、これほどまで混乱するのかってね。両手剣限定の試合ですら、このザマだ。もし武器に制約がなかったら、初戦突破さえ危うかっただろう」
前校長は肩を落としながら去っていった。
闘技台からイリガがおりてきた。普段はあまり感情を顔に出さない彼女の目が潤んでいる。そりゃ、そうだろう。凄腕の剣士たちを退けての優勝なのだ。
ムアンとチャオプが彼女に飛びつく。オレは飛びつくわけにはいかないので、代わりに声をかけた。
「オレも嬉しいよ、イリガ! 感動したぞ。さあ、疲れただろ? 特殊スキルで出した手は、そろそろ消していいんじゃないのか」
ところが彼女は首を横に振るのだった。
「スキルで具現化した左手を、本当の自分の左手にしたい。だからこの左手をできるだけ長く維持する訓練がしたいの」
「それってとても危険なことだし、無理はしてほしくない。でも……よーくわかるぜ。もし実現できたら最高だ」
たとえ特殊スキルによる手だったとしても、ずっと出しておけるのなら、それはもう自分の手と同じことだもんな。オレは応援してるぞ。
イリガはしっかりとオレに目を向けて首肯した。
ああ、そうだった……。
言うべきことは、ちゃんと言ってやった方がいい。
「けれどその手、右手だぞ?」
「あっ!」いつもは涼しげな顔が真っ赤になった。




