第74話 冒険者たちの交流戦 2/4
交流戦トーナメント・準々決勝の第一試合は、『超美しい女剣士』が『美しすぎる女剣士』に勝利。ソードマスターは敗北してしまった。
ちなみに第二試合は知らない冒険者同士の対戦だった。
だからあまり興味がなかった。
オレたちはイリガの控え室にいた。
イリガはいよいよ準々決勝の第三試合に登場する。
相手はなんと『マスター』とか呼ばれているヤツだった。
現在ソードマスターのいるパーティーのリーダーだ。
しかしイリガが浮かない顔をしている。
「かつて世話になった相手は、やりづらいか?」
「…………」
返事は無言だったが、それでじゅうぶんだ。
顔にYESと書かれている。
「以前は向こうにいたとしても、いまはオレたちの代表なんだぜ」
「わかってる」
しまった。ますます重苦しそうな顔にさせてしまった。
「気楽にいけよ。交流戦なんてお遊びなんだ」
「単なるお遊びにはしない……真剣に勝つつもりだから」
イリガは勝つつもりだと言った。
じっとオレを見据えている。な……なんだ?
「千手剣」
特殊スキル名を唱えた。たくさんの手が狭い控え室を埋め尽くす。
今朝も同じように唱え、その中の一本を左手とし、残りの手を消したはずだ。
いまもその一本の左手は、まだちゃんとあるではないか。
どうして消した多くの手をまた現したのか。イリガは何をしたいのだ?
宙に浮かぶ多くの手が、また一つずつ消えていく。
そしていくつかは消えずに、プカプカと浮き続けている。
いま残っているのは三つ。いずれも手首までしかない右手だ。
その三つの手から剣が消えた。
イリガが言う。
「皆にお願いがあるの。試合が終わるまで握っててほしい」
手首までの三つの右手が、オレたちの前にそれぞれ飛んできた。
オレもムアンもチャオプも、握手するようにそれを掴んだ。
「放さないわ。あなたが試合している間、わたしたちがずっと傍にいるからね」
ムアンが言った。
なるほど、これってそういうことか。
「痛いっ。ラングは力を入れすぎる」
「ああ、ごめん」
手の握力を慌てて緩めた。
シェムが「ミャー」と鳴く。
何故かチャオプからは足を蹴られた。
係員が控え室に呼びに来た。
イリガが会場に向かう。
オレたちもついていった。
◇
イリガは闘技台にのぼっていった。
オレたちは闘技台のすぐ下で見守ることになる。
それぞれイリガの手を握り締めながら。
闘技台の上でイリガとマスターが向き合う。
握っているイリガの手が汗ばんできた。どうやら緊張しているらしい。
いや、待てよ……。もしかして汗ばんでいるのはオレの方か? どっちだ。
もしオレだとしたら、あとでイリガに怒られてしまう。ちょっと不安だ。
審判団から試合開始が告げられた。
だからといって、すぐに剣戟が始まるわけではなかった。
この点は交流戦らしいところだ。
「キミがここまで勝ちあがるとは驚いたよ。成長したね」
「おかげさまで」
「ところで左手があるけど……」
「ええ。これがわたしの特殊スキル」
「早くも特殊スキルを出してきたわけか」
イリガがさっと間合いを詰める。
マスターは素早く間合いを離した。
「いまの、ずいぶん速かったね。特殊スキルに付随した効果なのかな。ならば俺も特殊スキルを出していくよ。それっ」
マスターに変わったようすはない。
イリガが両手剣を振り抜く。
両手剣はマスターの体に当たった……はずだが、空振り。その体が消えたのだ。
マスターはイリガの背後に回っていた。さっき消えた体は残像だったようだ。
イリガは自分の体をひねり、背後のマスターに剣を振る。
しかしその体も残像と化していた。またもや空振りに終わる。
マスターの体は別の場所にあった。ふたたび剣を振るイリガ。
やはり空振りだった。
「そろそろ俺も攻撃を開始するよ」
マスターの両手剣がイリガに襲いかかる。
イリガは構えた両手剣で受けようとした。
ところがマスターは、両手剣を振り切ることなく消えてしまった。
マスターの体はイリガの右側にある。本物はそっちだったか。
慌てて間合いを離すイリガ。しかしそこにもマスターの体があった。
ふたたびイリガは逃げるように間合いをとった。
彼女の呼吸が荒くなる。
いまオレが握っているのは、手首までしかないイリガの右手――。
その手に力が入った。いててて。ぎゅっとオレの手を握り締めている。
オレも力強く握り返した。
頑張れ、イリガ。
いつしかイリガは両手剣を振ることがなくなっていた。
突如として現れるマスターの体に対し、距離をとってばかりだ。
マズいな。逃げてばかりでは勝てないぞ……。
そして斜め後方に現れたマスターが、両手剣を振ってくる。
今度ばかりはイリガも両手剣を振るのだった。
両者の剣は互いの体を打った。
オレには同時に見えた。
勝ったのか? 負けたのか?
審判団全員がイリガの勝利を宣告した。
イリガの剣が早かったのだ。
うおおおおおおおおおおお!
オレは思わず声をあげてしまった。
ムアンもチャオプも大喜びしている。
しかし闘技台のイリガ本人はちょっと冷めた感じだ。
まあ、いつものことだが。
「俺の剣が少し遅かったようだ。イリガ、強くなったな」
マスターがそう言うと、イリガは首を小さく左右させた。
「マスターの特殊スキルが初見だったら、さっきの攻撃には対応できなかった」
「というと?」
「マスターがファーストやセカンドたちと手合わせしているのを何度も見てきた。あの特殊スキルもそう。わたしはマスターの癖を覚えていた。マスターが勝負を決めにかかるときは、決して力をためない、決して反動をつけない。そのまま一気に出てくる。だからあれが残像のはずはないと確信した。それと……剣を実際に振るときの手の位置も知っていた」
「こりゃ参ったな。自分の癖に気がつかなかった。でも、もし初見だったら俺に負けてたってことかい?」
「それはなんとも言えない。わたしの千手剣の実力を、すべて出し切っていたわけではないから」
「言ってくれるじゃないか。ならば、いつか俺と全力の勝負をしてくれるかな?」
「ええ。喜んで受けて立つつもり」
マスターはコクっとうなずいた。
そして踵を返して言う。
「勝利おめでとう、イリガ」
イリガはマスターの背中に低頭した。
マスターの足が止まる。チラッとイリガを顧みる。
「キミに大事なことをもう一度だけ確認しておきたい。俺の愛妹を見殺しにしたって話は本当かい?」
「見殺しになんかできない。なぜならヒメはわたしの大親友だから」
マスターはまた歩きだした。
「あの……。わたしを信じてくれますか」
イリガがそう尋ねたときには、もうマスターは闘技台から去っていた。
闘技台からおりてくるイリガ。
オレたちはそれぞれ彼女に声をかけた。
「やったな、イリガ! 次は準決勝だ」
「いい試合だったわ。おめでとう」
「わーーーーい。勝ったぞ、勝ったぞ!」
彼女が会釈を返す。
「皆のおかげ。皆がついていてくれたから」
オレたちは控え室へと歩きだした。
ゴホンと咳払いするチャオプ……。なんだろう。
どうしてオレに冷たい視線を送っているのだ?
どうして眉をひそめているのだ?
チャオプが口を開く。
「いつまで握ってるんだ」
「えっ?」
ハッとした。イリガの手を握りっぱなしだったのだ。
皆の手からはもう消えているというのに。
オレは大慌てでイリガの手を放した。イリガの手が消えていく。
ムアンがオレの耳元で言う。
「ワザと気づかないフリしてたんでしょ?」
「そんなことあるかっ」
「ラングって、いやらしいわね~」




