第65話 初オファー
オレは前校長から巨人の正体を聞かせてもらった。
軍で飼育されているハーフギガースだという。
軍事目的で飼育されている魔物は、まだ他にもいるらしい。
近年、特に魔導によるキメラ生成の研究に力を入れているとか。
宿に戻ってから、パーティー仲間にそれを話した。
もちろん軍の秘密だから、身内限定のマル秘話だ。
そして――――。
「あのさー、師匠。ソンクラム軍の魔物飼育やキメラ開発とか、いまブッ飛んだ内容の話をしてるはずだよな? 本来ならば、皆で目を丸くするところなのかもしれないけど……」
チャオプはいったん口を閉じ、仲間たちの顔をそれぞれ確認する。ムアンもイリガも無言だったが、チャオプの言わんとすることを察したらしい。二人とも黙って小さな首肯を見せた。ちなみにシェムは猫の姿で、オレの膝に乗っている。
「……さっきから師匠の顔、ずっとニヤついてて気持ち悪いぞ? 話のおぞましさがぜんぜん伝わってこない」
前校長から聞いた話を熱心に語っている間、オレはシェムの尻尾のモフモフ感と肉球のプニプニ感をずっと味わっていた。
ニヤニヤしていたのはそのためか? いいや、違う。
次の話がしたくてしたくて堪らなかったのだ。
前校長からニヤつくほど嬉しい話をもらっていたのだ。
その話を皆に聞かせる。
「それは悪かったよ。実はさあ……オレたち、やっとプロの冒険者パーティーとなるんだ」
「師匠、頭は大丈夫か? わたしたちのパーティーはすでにプロとして登録されているだろ」
「そういう話じゃない。れっきとしたプロのパーティーとして、仕事のオファーがあったんだ」
オレは皆が大喜びしてくれると思っていた。
しかし三人ともムッとした顔にも見える。
「師匠一人でギルドに行ってきたのか。ずるいぞ」
「そうじゃない。ギルドを通されずにきた仕事だ」
今度はムアンが言う。
「大丈夫かしら。その話って怪しくない?」
「怪しいことはない。冒険者スクールの前校長から紹介された仕事なんだ」
オレはそう答えたところでハッとした。
ムアンは前校長に初めて会ったとき、『嫌いだ』と口にしていたのだ。
「あのさ、ムアン……。いま話したとおり、これは前校長からの紹介だ。もしモヤモヤするようなら、前校長にはオファーを断るよ。冒険者としての仕事なら、これから先いくらでも見つかるはずだ。何も気にしなくてもいいんだぜ」
「いいのよ、ラング。怪しくないのならば、この仕事を受けるといいわ。わたし、あの前校長のことは何も覚えがないの。向こうだってわたしのことを知らなかったみたいだし。あのときどうして『嫌い』なんて言ったのか、自分でわからないの」
「ムアンがいいと言うのなら……。それでチャオプとイリガはどうかな?」
「わたしも、ムアンがいいのならば構わないぞ」とチャオプ。
イリガも首肯している。ということで話は決まった。
いやいや、まだだった。仕事内容を説明していないではないか。
仕事内容について皆に話す――。
ここソンクラムより北西の各地で、魔物による襲撃が多発している。軍隊を持たない小さな町や村は、無残にも焼け野原と化していった。被害地付近に住む人々は『次は自分たちの番ではないか』と怯えるばかりだった。それでこの軍事都市国家に支援を求めてきたのだ。
本来、軍は他国のために動かない。しかしいずれ魔物がソンクラムまでやってくることはじゅうぶん予想できる。だから軍は魔物を早めに叩いておくことに決めたのだ。
ちなみに敵となる魔物は『有翼人』の大集団だ。
今回の戦いは魔物が相手ということもあり、軍は優秀な冒険者パーティーに声をかけている。オレたちの新パーティー『白龍』も結成されたばかりではあるが、能力を高く買われているのだろう。
「師匠に念のため再確認するけどさあ……。騙されてるってことは、本当の本当にないと言えるのか? プロとしてちゃんと報酬は支払ってもらえるのか? まさか『正義のボランティア』とか上手いことを言われて……ってことはないのか?」
「その点は大丈夫だ。破格の報酬が得られる」
ムアン、チャオプ、イリガの三人は、あらためてこの仕事に了承してくれた。しかしイリガのようすがやや気になった。浮かない顔をしている。
「イリガ。気遣いは無用だぜ。もし気が乗らないのなら、そう言ってほしい」
仲間に一人でも反対がいたら、この話は辞退するつもりだ。仲間一人一人の意思を尊重したい。
「そうではない。ただ敵が有翼人となると、わたしは役に立たないだろう。剣士は接近戦を得意とするが、空を飛ぶような敵には何もできない」
「いいや、イリガの力は必要だ。なぜなら有翼人には弱点がある。大風だ。空を飛ぶ有翼人に備えて、風魔導の使い手を集めているらしい。したがって地上戦になるのは間違いないそうだ」
「ならば良かった」
「ところでさ。前から聞きたかったことがある。ほら、イリガの得意なスキル――千手剣のことだ。剣を持った手がたくさん宙に浮かんでるわけだけど、どのくらいまでイリガ本人から離れていられるんだ? もし遠くまで離れていても動かせるのなら、空飛ぶ敵に斬りかかることも可能じゃないかなって思って」
「どのくらいまでなのか……。わたしにもわからない。でもわたし本人から離れれば離れるほど力は弱くなる。空を飛ぶ敵と対峙するのはほぼ無理」
「ふうん。ちなみに千手剣って、いったい何本の手が現れるんだ」
「この前数えたら九百九十九本あった」
「じゃあ、右手と合わせるとちょうど千本ってことか。名称のとおりだな」
ふと気づいた。
いままでこれほどイリガと会話が続いたことがあっただろうか。
少しずつ少しずつ彼女と打ち解けていくのを実感し、嬉しくなった。
イリガがチャオプに向く。
「頼みがある」
「なんだ?」
「白い方のチャオプに頼みたい」
チャオプは半龍化した。
「このわたしになんの用?」
「剣の稽古に付き合ってくれないだろうか」
「そのために呼びだしたのかしら」
「そうだ。頼む」
「いいだろう」
チャオプとイリガは二人で部屋を出ていった。
ちなみに有翼人との戦闘はまだずっと先の話だと聞いている。
しかし十二日後、有翼人退治に参加する冒険者たちの顔合わせがある。
そこでいくつもの見慣れた顔を目にすることになる。
◇
翌々日、オレはシェムと宿で留守番していた。この日も、イリガはチャオプを連れて剣の稽古に行き、ムアンは一人で街へ出かけている。
部屋のドアをノックする音が聞こえた。オレは個室から共有スペースに出た。さらに部屋のドアを開けてみる。
あ・・・・・・・・・・・・・・?
廊下に知っている人物が立っていた。その人物がオレの顔を見て言う。
「ウィザード、やっぱりここにいたのね」
「ソ、ソードマスター? どうしてここに」




