第63話 <現校長視点②>
サブタイトルには『現校長視点』とありますが、現校長を中心とする三人称視点で話が進みます。
校長の視線は教頭に戻った。
「ところで教頭?」
「はっ、なんでしょう」
「先日除籍にした口の軽い……弓使いだったか。罰としてどう処分したんだ?」
もちろん、その生徒が退学を申し出たのではない。校長が除籍の判断をくだしたのだ。魔獣召喚の特殊スキルを得られなかった生徒の除籍も、最終的には校長の指示によるものだった。
「処分方法については、現在まだ考えているところでして……」
「彼をどこかへ売るつもりはないのか」
「はい。彼のような『弓使い』は、主人に危害を加えるかもしれない、と一般的に考えられております。したがいまして奴隷としては、あまり価値のない商品です。仮に反抗防止のため手枷・足枷をつけたとしましても、それが労働作業の妨げになりますので、やはり買い手を見つけるのは難しくなります」
校長は教頭の話を聞き、呆れて溜息を吐いた。
「中小規模の賊をやってるような連中は、これだから困る」
「ま、間違ったことを申しあげましたでしょうか」
「奴隷の需要は一般民にしかないと思うのか?」
「とおっしゃいますと……」
教頭は首をかしげた。
「我がソンクラム軍があるだろ。あそこの中なら、仮にいくら奴隷に攻撃力があろうとも、反抗など絶対無理だ。当然この国において、軍に奴隷を売りつける行為は違法だ。しかしそんなものは建前にすぎない。軍の中には人手不足に苦しんでいる部隊が山ほどある。お前だって知っているはずだろ? 実際そのような部隊では、戦時の捕虜や投降者を駒として使用している他、どこからか内緒で奴隷も仕入れてきている。それでもぜんぜん足りてない。需要は大いにあるのだ。売り方次第では高額で売れる。しかも当スクール出身となれば……言わずともよかろう?」
「なるほど、軍に売る……。これは考えもしないことでした。さすがはソンクラム軍の大佐です。スクールの校長を兼任しながら、大規模組織『山羊の左目』の幹部もなされているだけのことはありますね」
「コラッ、誤った認識をするな! 軍に所属していながら『山羊の左目』の幹部をやっているのではない。正しくは『山羊の左目』の幹部でありながら、軍に潜り込んでいるのだ」
実際、所属している組織『山羊の左目』のことを第一に考えている。ソンクラム軍なんて『山羊の左目』に役立てばそれでいい。スクールの校長の仕事にしたってクソだと思っている。『山羊の左目』の決定事項だから、しぶしぶやっているだけだ。
「ははあ。そうでありました」
教頭が所属する中規模の賊は無能集団だ。眼前にいる図体の大きな男にしても、腕っぷしだけで頭になったにすぎない。
それでも『山羊の左目』がソンクラムに進出を始めたばかりの頃は、付近一帯に跋扈するゴロツキのまとめ役として、一目置いたこともあった。だが最近、その利用価値は薄れつつあるのが現状だ。その男が『山羊の左目』の支配下にある中小規模組織の頭であっても、そろそろ見限ることを検討する時期にきている。
ふたたび校長の視線はほっそりした女に向いた。
彼女の顔立ちに、これといった欠点はあまり見当たらない。
割と整っている方なのかもしれない。しかしただそれだけだ。
女剣士に限らなければ、この程度は世の中にゴマンといる。
「最近では冒険も出てないくせに、授業サボって小遣い稼ぎに没頭していたらしいな。しかもその試合で敗北するとは何ごとか。当スクールの恥晒しめ」
女が怯えながら口を開く。
「今後はきちんと授業に出ます」
「だが授業中、帽子を被るのは認められない」
つまり剃りあげた頭を他の生徒たちに晒さなければならない。
「そ、そんな……」
この世の終わりのような顔となる。
そして涙が頬を伝った。
「帽子は授業に関係ないだろ。剣士が見た目を気にしてどうする?」
「…………」
校長は生徒が女であっても容赦するつもりなどなかった。
「だいたい何が『美しすぎる』と言うのだ。最近の『すぎる』の多用には辟易させられる」
それに片腕の女剣士の方が、人気が高かったらしいではないか。
ふと、ある実験のことが校長の脳裏によぎった――。
不要となりつつある賊の頭とその息子を、ある実験に使ってみるのも面白い。
「これから軍の病院へ向かう」
「は? 何をされるのでしょう」
「単なる見舞いだ。お前の頭の息子が入院しているのだろ」
「はあ……」
怪訝そうな顔の教頭。
「なんだ、その目は」
「い、いえ。なんでもありません」
「ではわたしも同行します」
図体の大きな男が言った。
「当然だ。お前の息子の見舞いだからな」
「わたしも……お見舞いに同行させてください」
懇願するような眼差しだった。
そんな彼女を教頭が叱る。
「今後はきちんと授業に出る、とさっき言ったばかりではないか!」
「そ、そうですが……。ずっと面会できていませんので」
「ふん、来たければ来るがいい」校長が許可した。
◇
軍の病院に到着。ここには賊の頭の馬鹿息子が入院している。
だがその病室に行くのは後回し。先に訪れる場所があったのだ。
窓口で訪問手続きしたのち、いったん病棟を出た。
病棟の外を半周し、別の建物に入る。
倉庫のようにシンプルな造りだが、とにかく壮大な建物だった。
屋内はあまり清潔感がなく、無駄に思えるほど天井が高い。
威圧感のある目が教頭に向く。
「ここに来るのは初めてだったか?」
「はい、こちらの建物は初めてです」
教頭が校長に答えると、女生徒も同意するように首肯した。
図体の大きな男は俯いているだけだった。
さらに廊下を進んでいく。
うごぉーーーー、 うごぉーーーー
野太い声が廊下に響いている。
「アイツ、また泣いてるのか」
「校長、何が泣いているのですか」
奇妙な声に教頭は不安そうだ。
女生徒が顔をあげる。
「あっ、この声は……」
「さすがにお前ならばわかるようだな」
校長がドアを大きな開ける。
その先にはとても広い部屋があった。
小さくうずくまっている者がいる。
いいや、決して小さくなどない。
うずくまっていても大きかった。
教頭がつぶやく。
「ハッ! そいつはハーフギガースの……」
巨人だった。人間とギガースの混血である。
「タンク、こんなところにいたのね」
女生徒の声に巨人が反応する。
「ソードマスターの声?」
顔をあげて振り向いた。
しかし首を横に振る。
「なんだ残念。ソードマスターじゃなかった」
「わたし、ソードマスターよ」
「嘘だ。ソードマスターはそんな頭じゃ……あれ?」
女生徒の正体に気づいたようだ。
「ソードマスターだね」
「ええ、そうよ」
「ごめん。別人みたいだったから」
「そのことは触れないでよ」
巨人が立ちあがる。
「ようこそ、ソードマスター。ここがボクのおウチなんだ」
「広い部屋ね」
「でも天井が低くて困るんだ」
しかし普通の人間からすれば、高すぎる天井だ。
「タンク、泣いてたの?」
「うん、ボク親不孝だから。母さんを幸せにできないから」
「どういうことなの?」
「また皆に迷惑かけちゃったんだ。今度は闘技場で」
巨人の目が校長を発見。
「こ、こ、校長先生……」
明らかに校長に怯えている。
校長は巨人に微笑みかけた。
「怖がらなくていいよ。元気かね?」
「とても元気です、校長先生」
元気なはずがない。
先ほどまで泣いていたのだ。
「実はキミに連絡があってね」
「連絡?」
「そこにいる教頭先生が、きょうからキミの面倒をみることとなる」
教頭が目を丸くする。
「えっ? わたしが……」
教頭には初耳だった。しかし拒否はできない。校長には逆らえないのだ。
巨人が尋ねる。
「じゃあプリーストは?」
「もうキミとは会えない。彼は病気なんだ。わかってくれるね?」
「病気……可哀想。でもソードマスターはお友達のままでいてくれるよね?」
女生徒は俯くだけだった。
勝手な回答を許されていないからだ。
校長が代わって答える。
「ソードマスターはとても忙しいんだ。もうじき彼女とも会えなくなる」
「いやだよ。ボクはもっとソードマスターと……」
「忙しいと言ってるのだ! 逆らう気かっ」
巨人はふたたび地鳴りのような声をあげて泣きだした。




