第6話 ラオラオ町到着
声をかけられ、目を覚ました。
近郊の町に到着したのだ。
ラオラオ町というらしい。
大男は皆にきちんと十日分の生活費を支払っていた。
それを見ながら気づいた――いまオレの手元には小銭しかない。
所持金のほとんどは鞄の中。プリーストらの馬車に置いたままだ。
ああ、オレの分の生活費も、大男に要求しておくべきだった。
だが別にカネなど無くとも、短期間ならどうにでもなる。
冒険者スクールではサバイバル技術も習っていたからだ。
狩りもできるし、釣りもできる。可食植物の知識だってそれなりにある。
とりあえず町を歩いてみることにした。
町の人々からジロジロと見られている。
たぶんユニコーンの角のせいだ。これ目立つからなあ。
でもただで捨てるのはもったいない。
だってカッコイイし、武器にもなりそうだし。
ふと思った――。
この角って売れるんじゃね?
試しに売ってみようか。
道を歩く人々を観察した。人々の流れに沿って歩く。
しばらくすると、この町の繁華街に到着。
道具屋の看板は割とラクに見つかった。
こぢんまりした店だが、とりあえず入ってみる。
「いらっしゃいませ」
若い女の店員がいた。
「実は買いにきたのではありません」
「では売りにいらっしゃったのですか」
ユニコーンの角って売れるだろうか。
実のところ自信はあまりなかった。
ダメ元という気持ちが大きかった。
「はい。その……これ買い取ってもらえませんか」
「どれでしょう。見せてください」
剣のように腰から角を抜き、両手で差しだした。
訝しそうに角を見据える道具屋の店員。
彼女の顔色が変わる。
「ぎょええええええええええええ!」
若い女らしからぬ声だった。
「店員さん、どうしました?」
「こ、これはユニコーンの角ではないですかっ」
鼻の穴を広げて興奮している。
「そうですけど」
「こんな貴重なものをどこで手に入れたんですか」
「近郊の集落付近で、こいつに襲われたんで……」
「まさか、あなたがユニコーンを仕留めたとかじゃないですよね」
「よくわかりませんが……一応オレが仕留めたっぽいんです」
瞬きを繰り返す店員。
「少々お待ちください。金額について店のオーナーに確認とってみます。それと念のため、本物かどうかも見てもらってきます」
彼女は角を持ち去っていってしまった。
一人で待っているうちに不安になってきた。
あの店員、ユニコーンの角を持ち逃げしたのではあるまいな?
もちろんそれは杞憂だった。
店に帰ってきた彼女が、カウンターの上に金貨を並べる。
「やはり本物でした。こちらが買い取り可能な金額ですが、いかがでしょうか」
今度はオレが驚愕した。
信じられないほどの大金だったのだ。
そのまま金貨を受け取る。
双方、頭をさげた。
店を出る。
よし、きょうは美味いものを食うぞ。
◇
少し高級なレストランに入ろうと思った。
しかしシェムを連れているため断念。
子猫の同伴が可能そうな雰囲気の店に入ってみる。
風通しの良さそうなところに座り、チョリソー、揚げポテト、ミルクを注文。
チョリソーとミルクはシェムの好物だ。
チョリソーを手で摘まみ、胸元へと持っていく。
懐から顔だけを出したシェムが、それに囓りついた。
美味しそうに食べるシェム。
今度はミルクだ。
しかし容器のまま猫に与えると店員に怒られる。
ならばこうしよう。
てのひらに凹みを作った。そこにミルクを少量溜める。
シェムはペロペロと舐め始めた。
どうだ? 美味いか。
店員や他の客たちの視線を感じる。
だが、シェムがいることに腹を立てているようすはない。
皆、微笑ましそうに見守ってくれている。
とりあえずホッとした。
ところがこの平穏を掻き乱す者が現われた。
「やい、やい、やい、やい、この化け物め!」
ヘンな子供だ。
長棒の先をこっちに向け、戦闘の構えをとっている。
いったいどうしたのだ。
「えーとー。お嬢ちゃんは何をやっているのかな」
「お嬢ちゃんとか、子供扱いするんじゃないぞ!」
何を言ってやがる? どこをどう見ても子供だろ?
でも器量はまあまあだから、大人になったら化けるかもしれない。
「じゃあ、何歳なのかな」
「は……二十歳だぞ」
言ったあとで目をそらしている。
ヘンなところで嘘のつけないタイプなのか。
昔の自分を見ているようだ。
「本当は何歳だ」
「じゅ、十四」
なんだコイツ。まだ嘘をつくつもりなのか。
十四といったら、きのうまでのオレと同い年だぞ。
あり得ねえって。そこはまあいいや。
「なんでオレが化け物なんだ」
「胸から猫が生えている!」
あのなあ。
懐からシェムを出した。
「ほーら、生えてるんじゃない」
「なんと恐るべき妖術。分身できるとは」
コイツは何を言ってやがる。
「仮に妖術で二つになったとしても、これを分身とは言わないぞ」
「じゃあ分離した?」
「まあ……それなら正しい」
「認めたな」
アホか。
「ううううううう」
彼女は妙な声をあげながら、浮きあがった。
店員に首根っこを掴まれ、持ちあげられたのだ。
手足をバタバタさせている。
そのまま外へと放りだされた。
同時に平穏が戻ってきた。
シェムの頭を撫でる。
「いいか? ヘンな人を見かけたら、絶対に近づいちゃ駄目だぞ」
彼女は「ニャー」と鳴いた。
◇
オレとシェムの食事が終わった。
料金を支払い、外に出る。
すると大声が聞こえてきた。
「待ってたぞー」
さっきの女の子だ。
ああ、面倒くさい。
「まったくなんの用があるんだよ」
「勝負だ!」
溜息が出る。
「なんで勝負しなければならないんだ?」
「うるさい、決闘しろ」
「だいたい、お前はなんなんだ」
「わたしか? 聞いて驚け! 龍騎士だ」
少女は両手を腰に当て、どうだと言わんばかりの顔だ。
「龍騎士? カッコイイじゃねえか」
「へへーん、あたりまえだ」
「で、ドラゴンはどこにいる?」
首をすくめる少女。
「いない……」
「はあ?」
「いないものは、いない! 文句あるかーっ」
「なんだ、また嘘か」
彼女が目を血走らせる。
「嘘じゃない! 龍騎士としての特殊スキルを獲得するだろうって、五歳のときに神託がくだされたんだ。実際、龍騎士の特殊スキルは二年前に取得済みだ。名高い神官が言ってたから間違いない。だけど龍騎士は……たとえば召喚士などとは違うから、ドラゴンを呼び寄せることができない。そのため自分で探さなければならないんだ。この苦労わかるか」
「だったら探せよ」
「何言ってんだ。ドラゴンってレアなんだぞ。超レア。ツチノコみたいに、探すの難しいんだから。でもまあ……苦労の末に一度だけ遭遇したことはあったけど」
「すげえじゃん」
「甘い! 巨大なドラゴンを前にして、逃げない馬鹿がいると思う? 逃げたに決まってるだろ。咆哮を聞いただけで震えあがったぞ。あれが最初で最後のチャンスだったかもしれないのに」
「よくわからんな。龍騎士に関する特殊スキルは取得済みなんだろ?」」
「特殊スキルを持ってたって、あんな恐ろしいものに近づけるわけがない。ビックリするくらい大きいんだから。あれを見たら、マジ逃げるしかないぞ! 万が一、スキル発動に失敗すれば食べられちゃうんだし」
なるほど。そりゃまあ怖いよな。
「あっ、オレ、いいこと思いついたぞ」
「何、何、何――?」
ぐーっと近づいてきた彼女の顔を、右手でぐいっと押し返す。
「他で代用するんだ。ドラゴンは難しそうだけど、トカゲならいけるんじゃね?」
「トカゲなんて乗ったら、潰れて死んでしまう。可哀想だ」
「世の中にはいるだろ。オオトカゲとか」
コイツちんちくりんだから、イグアナにだって乗れるかもな。
まあ、さすがにそれはないか。
「そんなもの、どこにいる?」
「精肉市場に行ってみたらどうだ」
「えっ、そんなところで売っているのか。よし、行こう!」
「行こうって、オレもかよ」
◇
精肉市場ではたくさんの肉が売られていた。
屠殺前の生きたオオトカゲも見つかった。
少女と売り手との値段交渉が白熱。
その間、オレはイグアナ肉の串刺し唐揚げを食べて待っていた。
支払いを済ませた少女が歩いてくる。
大きなオオトカゲを連れていた。
「待ったか」
「いいや」
少女の目がキリリとする。
「よし、ドラゴンの代用も入手したことだし、勝負を始めるぞ!」
ああ、そっか。コイツ、オレと勝負したかったんだっけ。
「まったく、しょうがねえな」
「わたしが開始の合図をする…………ハジメっ」
「えっ、さっそくかよ」
戦いが始まった。
少女がオオトカゲの背中に乗る。
ガブリっ
オオトカゲが少女に噛みついた。
「痛い、痛い。マジ痛い」
少女がとんでもないことになっている。
オレは彼女の頭をポカッと叩いた。
「勝負あったな?」
「わかった、わかった、負けでいい。早く助けてくれーーーー」
半べそをかく少女。
オレはこの勝負に勝利した。