第57話 猫の呪い
オレはアーチャーに特殊スキルで狙われていた。
殺気に感づいたシェムがヤツを捕まえてくれた。
ひたすら詫びるアーチャー。
「ごめん、悪かった。謝るから許してくれ。もちろん急所は外すつもりだった。それに仕方なかったんだ。すべてプリーストが仕組んだことだ。俺はただ命令されただけなんだ。もしプリーストの命令に従わなかったら、俺はもう生きていけなくなる。プリーストが怖かったんだ。わかってくれるだろ?」
急所はともかく、弓で射ようとしておきながら許せだと?
奴隷として売り飛ばしておきながら、仕方なかった?
裏切っておきながら、わかってほしい?
よく言えたもんだ。
「オレは奴隷として一生を送らなきゃならなかったんだぞ」
「お願いだ。勘弁してくれ。ぜんぶ話すから」
「ぜんぶってなんだよ」
アーチャーはこれまでのことを話し始めた。
「実を言うと、プリーストはラングを裏切ることについて、半年くらい前から考え始めていたそうなんだ。特殊スキルを取得できなかったら、見捨てようって……」
もはやオレのことを、ウィザードとは呼ばなくなっていた。
半年も前から裏切りを考え始めていたことには、あらためてショックを受けた。
オレはプリーストのようすにまったく気づけていなかったのだ。
そのまま黙って聞き続ける。
「……ラングを売りにいくとき、馬車に乗ったよな? そのときの御者がプリーストの父だ。とんでもなくヤバい人なんだ。ソンクラム周辺の一帯を仕切る賊の頭をやっている。ソンクラム周辺の裏のトップと言っていいと思う。この島全体で誘拐が横行してるって話は知ってるかな。その裏には巨大な組織がある。大組織の名称は『山羊の左目』。彼はその大組織の幹部に、忠誠を誓っているそうだ……」
誘拐事件の裏にある巨大組織? そういえば思い当たることがある。
カモーイの顔が脳裏に浮かびあがった。ヤツらの組織のことなのか。
もしそうならば、ヘンなところで繋がりがあったものだ。
山麓の町にある冒険者ギルドは、誘拐組織の殲滅に動き始めた――そんなふうにタハーンから聞いている。いまはどうなっているのだろう。タハーンの活躍に期待しているが。
「……ラングがパーティーを外れてから、すぐに代わりのメンバーが入った。だけど俺はまだ顔を見たことがない。どんな人なのかもまったく聞いてない。もともと校内にいた生徒なのか、それともヨソからの転入生なのかさえも……」
新メンバーについては、ルアンナから聞いていた。あらためて思うが、代わりのメンバーがすぐに決まるなんて、タイミングが良すぎやしないか? あのスクールはパーティーメンバーの入れ替えには厳しいはずだ。どうして欠員の補充をあっさりと認めたのだろう。
しかもアーチャーがそいつの顔をまだ知らないなんて。
これはつくづく奇妙な話だ。
「……ラングは気づいていたか? ソードマスターとプリーストの二人はデキてたんだぜ。ハハハハハ。けれどもプリーストには他にも女がいる。ソードマスターはそのうちの一人だ。プリーストにぞっこんで、大抵の言うことなら聞くんだぜ。見ていて可哀想なくらいにな。ラングを裏切るときも、プリーストに嫌われるのが怖いもんだから、拒否などできるわけがなかった。俺と同じくイヤなんて言えなかったんだ。闘技場の試合に出るようになったのだって、勝利する姿をプリーストに見せたい一心だったに決まってる。でも幼い頃はさあ、ラングに気があるのかなって思ってた。お前にはいつも優しかったからなぁ……痛い、痛い!」
アーチャーを踏みつける足に、力が入ったようだ。
「黙りなさい。それは我が主に不要な情報!」
「すみません、すみません。わかりました。次の話に移ります。実はきのうも三人でスクールに顔を出したんだ。そのときラングの話を聞いたぞ。授業で土人形を八体も倒したんだって? しかも一瞬だったとか。俺もプリーストもソードマスターも驚かされたよ。ラングは特殊スキルを取得できなかったはずだからな。今夜、闘技場でプリーストと勝負するんだろ? 彼は勝つ自信があったようだけど、さすがにちょっと警戒を始めたよ。もしかすると厄介な相手かもしれないって。それで俺に命じたんだ。きょうの昼までにラングと遊んでこいって」
きょう出場するとはまだ決めてない。
オレが闘技場に行くものだと確信しているのか。
それはそうと、話を聞いてますます不快に思えてきた。オレが喋らせたことだとは言え、どうしてコイツは簡単に仲間の秘密をペラペラと漏らすんだ? オレは仲間を裏切る行為が好きにはなれない。たとえそれが敵側だったとしても。
とりあえずアーチャーの話は終わったようだ。
「我が主、こいつをどうしますか。殺しますか。奴隷にして売りますか」
「頼むから許してくれよー、ラング」
まず考えたことは『目には目を』だ。
オレを奴隷として売ったんだから、同じことをしてやり返したい。
しかし実際には不可能だ。
奴隷を売りたくとも、買ってくれるような相手がいない。
そんなコネクションはいっさい持っていないのだ。
そもそも持ちたくもないし、そんなヤツらと関わりたくない。
奴隷を買うようなヤツらはロクデナシなのだ。
「とりあえず償ってもらおうか」
「俺は何をされるんだ?」
「いっしょにスクールへ行ってもらう。そこですべて話せ。話して退学になれ」
アーチャーが目に涙を溜める。
「それはできない! 退学はイヤだ。勘弁してくれよ。それにプリーストとソードマスターに消されてしまう」
退学はイヤだと? オレが除籍となったきっかけは誰にあると思ってるんだ。
プリーストとソードマスターに消されるだと? 知ったことか。
「我が主、わたしに任せてくれませんか」
「任せるって、何をするつもりだ」
「わたしなりのやり方で、スクールに連れていって白状させます」
「わかった。シェムに任せるよ」
二人でアーチャーを連れて一階へとおりた。
シェムが目を細めてアーチャーに笑いかける。
「さっきお前に呪いをかけた。わたしに従わなければ、災難が降りかかる。嘘だと思う? 逃げたいのなら、逃げても構わない。でもその分だけ、死が近づいていくことになる。いまからわたしと我が主は、ゆっくりとスクールに歩いていく。すべて吐く気になったら来ればいい」
シェムがアーチャーから手を放す。
オレもヤツから手を放した。
ヤツは警戒しながらオレたちの顔をうかがった。
そして一気に走り去ってしまった。
オレがアッと声をあげると、シェムがオレの手を掴む。
首を小さく左右させた。つまり問題ないと無言で言っている。
建物から勢いよく飛びだすアーチャー。
ちょうどそこへ荷馬車が走ってきた。
アーチャーは車両の角に衝突し、地面に転がった。
ああ、こりゃダメだ。もう立ちあがれまい。
しかしヤツは立ちあがった。オレたちを顧みるや、ふたたび走りだす。
ただうまく走れていない。右肩と左足を庇うような走り方だった。
だが石畳の溝に足を取られて、ふたたび倒れた。
さらには路肩に立っていた老婦人が驚いて悲鳴をあげると、連れていた獰猛そうな犬がヤツに噛みついた。ヤツは犬を振りほどいて再度ダッシュ。オレたちの視界から消えていった。
「いったいなんなんだ?」
「あれは特殊スキル『猫の呪い』です。この呪いからは逃れられません。わたしに従わなくてはならなくなります。あの男は堪えられなくたって、わたしたちの前に戻ってくるでしょう」
「へえ、それならば拷問とかに使えそうだな」
「発動するためには必須条件があるのです。我が主だけに内緒で教えますね」
「必須条件なんてものがあるのか」
「あります。第一にわたしに負けを認めること。あの男は許しを請いました。第二にわたしの足裏で踏まれること。あの男の背中を踏んでやりました」
そういえば踏んでたな。
スキル効果を信じてみることにした。
シェムと二人でスクールに向かう。




