第53話 ルアンナの妹
皆でルアンナの妹の見舞いに行くこととなった。
ルアンナの妹とは面識がない。本来ならば、皆、無関係だ。
ここでルアンナの妹とムアンのことを、いったん整理しておく――。
ルアンナの妹は、かつて冒険者スクールの生徒だった。
学年はオレより一つ上。幼い頃から冒険者としての才能が開花。
早くも十歳で冒険に出たのだが、普通ならば年齢的にあり得ない。
三年前の十三歳のときに事故に遭い、それからずっと入院している。
多くの人々からは死んだと思われている。
一方……。
ムアンについては、失った記憶を取り戻すため、ソンクラムへやってきた。
ルアンナの妹にそっくりで、ホクロの位置までいっしょだということだ。
(もちろん全身まで調べたわけではない。目立つ場所のホクロについてだ)
頭に角が生えていることは、まだルアンナに話してない。
以前、スケルトン兵に矢を射られたが、不思議なことに自然回復してみせた。
このムアンについても謎が多い。
◇
病院の受付で面会手続きする。
ルアンナの妹の病室は、廊下の奥にあった。
ドアを開けるとハーブの香りが漂ってきた。
小さな窓が一つしかないため、薄暗い部屋だった。
ルアンナがベッドの脇に歩いていく。
ベッドには病人が眠っていた。ルアンナの手がその頭を優しく撫でる。
「この子がわたしの妹よ。名前はムタ。事故以来ずっと目を覚まさないの」
ということは三年もの間、ずっと眠っているのか。
それなら飲食や排泄はどうしているのだろう。前者は魔導で生命力を送ればなんとかなるかもしれないが、普通に考えれば膨大な費用がかかるはずだ。後者も病院の職員がやるにしたって、人件費は決して軽視できないだろう。
この病室に居たのは、ムタだけではなかった。
病室の隅にもう一人、少女が立っている。しかしずっと動かない。
表情もなかった。オレが視線を送っても、目すら合わせてこない。
よくできた大きな人形か? なんだか不気味な感じもする。
そう思った瞬間、少女は瞬きした。
生きた人間だったようだ。
ルアンナはその少女のことを気にせず、またオレたちに紹介もしなかった。
どうせ、たまたま居合わせた病院関係者だろう。たとえば清掃員だとか。
オレも少女のことを気にするのはやめた。
ベッドで眠っているムタの顔を覗いてみる。
「本当だ。ルアンナの言ったとおりだ……」
ムアンそっくりだった。姉のルアンナよりもずっとムアンに似ている。
まるで同一人物。完璧すぎる『瓜二つ』だった。
しかし帽子のないムタの頭には、角など生えていなかった。
外見で違うところと言えば、その部分しか見つからない。
突然、ムアンは背中を丸め、両手で帽子の上から頭を抱えた。
何をやっているのだろう? 彼女に声をかけてみる。
「どうした、ムアン?」
「痛い……痛い……」
顔をひどく歪めている。
かなりの激痛のようだ。
今度はルアンナが声をあげた。
「ムタ!」
呼んだのは妹の名前だった。
ベッドのムタが瞼を開けたのだ。
事故以来の三年ぶりということになる。
しかも自力で上半身を起こしたのだ。
姉のルアンナは彼女を抱きかかえ、むせび泣いた。
一方、ムアンは病室を飛びだしていった。
オレは心配になった。彼女を追って廊下に出る。
彼女はドアの数歩先でうずくまっていた。
「大丈夫か、ムアン」
無言でコクっと首肯するが、大丈夫ではなさそうだ。
しばらくするとルアンナも廊下に出てきた。
しゃがみ込んでいるムアンの前に立つ。
「無理に見舞いに連れてきちゃったことを謝るわ。ごめんさない。あなたがわたしの妹の目を覚ますきっかけになる……そんな気がしてならなくて。だからここに来てもらったの。その結果、本当にわたしの妹は起きあがることができた。あなたのおかげのような気がしてならないわ。うん、きっとそう。でも、あなたの具合が悪くなるなんて。わたしが呼んだせいで、迷惑かけてしまったのかもしれないわね」
ムアンは顔をあげ、首を小さく左右させた。声の出せる状態ではなさそうだ。
それでもルアンナには小さな笑みを作ってみせるのだった。
ルアンナの妹ムタは、ふたたび眠りに入ったとのことだ。
結局、ムタは口を開くことも、姉に視線を合わせることもなかったらしい。
◇
オレたちはルアンナと別れて病室を出た。
ムアンはまだ体調が悪そうだ。足がふらついている。
ところが病院の敷地を出た途端、嘘のように元気になった。
さっきはなんだったのだろう?
とりあえず、もうムアンについては安心してよさそうだ。
皆で街を歩いていると、シェムがオレの足をひっかいてきた。
何をしているのだろう。小さな彼女を見おろすと、ぴょんとジャンプ。
オレの腕の中に収まった。しかしようすがおかしい。
全身の毛を逆立て、尻尾を立てている。
シャーという威嚇するような鳴き声。
シェムを抱えたオレは、突如としてよろけた。
足で踏みしめた地面が、ぐにゃっと柔らかくなったからだ。
しかも微弱な光を発している。そこに魔法陣が浮きあがった。
おかしいぞ。こんな馬鹿なことって。怪しすぎる。
誰かのイタズラか? それともオレを殺そうと狙っている?
くそっ、いったいこれはなんなのだ。
仲間たちはオレに気づかず、どんどん先へと歩いていく。
おーい……皆を呼ぼうとした。しかし声が出ない。
どうしたことだ。何者かによる魔導の仕業か。
一瞬、目の前が闇に包まれた。
ふたたび明るさを取り戻すと、オレは別の場所に立っていた。
シェムを抱いたままだった。さっきまで威嚇モードだった彼女は、すっかり穏やかになっている。
ここはどこだ? 建物と建物の間……とても狭い路地だ。
ぽんと肩を叩かれた。誰だ? 振り返って確認する。
「あ、あなたは……」
「久しぶりだね、ラング君」
「校長先生でしたか」
「いまは違うけどね」
彼は冒険者スクールの前校長だった。
「お久しぶりです」
「ご無沙汰だったね」
「あの……いまオレは」
前校長はペコっと頭をさげた。
「驚かしてしまったことは謝るよ。ラング君と話がしたくてね」
「でしたらこんな方法ではなく……」
「内緒話なんだ。だからこうするより他に手段がなかったんだよ」
内緒話?
それにしても冒険者スクールの校長をやっていただけのことはある。
歩いているオレをこうも簡単に拉致できてしまうのだから。
この拉致魔導は結構な魔力を消費するのではなかろうか。
「そうそう、おめでとう。特殊スキル以上の技を取得したんだって? 特待生として期待されながら、なかなか芽が出ずに苦労していたのは知っていたけど……本当に良かった」
「ありがとうございます」
内心では素直に感謝できなかった。
この再会があまりにもヘンだったからだ。
オレは気を引き締めた。
前校長の顔から笑みが半分くらい減った。
「ラング君が仲間の裏切りに遭って、奴隷として売られたという話を聞いたよ」
「どうしてその話を? ああ、もしかして学年主任の先せ……」
「しっ、声に出さないで!」
慌てたように周囲をキョロキョロする。そして小声になった。
「誰からかという推測は、明言を避けてほしい。その人物の立場が危うくなる」
「すみません。気をつけます」
実質的にオレを退学させた教頭や、その上にいる現校長に聞かれたらマズいのか。
「実はその人物から相談があったんだ。でもラング君のことについて、彼にはもう関わらないように言ってある。非常に危険だからね。きっと退職だけでは済まされなくなる。それでいっさいをわたしが引き受けることにしたんだ」
「そうでしたか」
「念のために確認するけど、ラング君が教員たちに話したことは真実なんだね?」
「はい、嘘ではありません。だけど退学になったことは、もういいんです。実は最近知り合った仲間たちと、正式にパーティーを組もうと思っていまして」
まだ皆の了解を得ていないが。
「それはいい! 新たなパーティーを作って、スクールのことはさっさと忘れるべきだ」
「ですよね」
「もう一つラング君に話しておきたいことがある。いままでの話とは別件だ」
オレは無言で首肯した。
「キミの故郷ビエン村を滅ぼしたのは『闇の王』だったよね。我が国ソンクラムはその『闇の王』討伐にようやく本腰を入れ始めたらしい。きっとカタキは討てる。また何か新しい情報が入ったらラング君に知らせるよ。その代わり、わたしのことは誰にも話さないように」
「わかりました。秘密にします」
できることなら、ぜひともカタキ討ちに参加したいものだ。
そのためには冒険者として実績をあげる必要があるのだろう。
ここで前校長と別れ、仲間たちを追いかけた。
ヤバいな……。
皆、はぐれてしまったオレを探しているに違いない。
怒ってなければいいのだが。とにかく急がなきゃ。




