第52話 罰ゲーム
アーチャーがやってきた。
厳密には『やってきた』のではなく『連れられてきた』のだ。
ヤツの腕と首を掴んでいるのは半龍半人の白いチャオプだ。
シェムを抱いたムアンもいっしょにいる。
「ミャーオ」
シェムがムアンの腕から飛びおりる。
オレの腕の中にジャンプ。
「よしよし。いい子にしていたか」
オレは彼女の頭を撫でてやった。
彼女は気持ちよさそうに、「ミャーオ」とまた鳴いた。
プリーストが立ちあがる。
「おい、アーチャー!」
腕を押さえられているアーチャーは、苦痛そうに顔を歪めていた。
白いチャオプの指先から鋭い爪が出ているためだ。
無色透明な視線をプリーストに向けるチャオプ。唇が小さく動く。
「お前はこいつの知り合いか? こいつは弓を構えていた」
黙ったままのプリーストに代わり、オレがチャオプに話してやる。
「そうさ。コイツはオレを裏切った連中の一人だ。てか、驚いた。よく探しだして捕らえることができたな。だっていままで面識はなかっただろ?」
するとムアンがオレの隣に立ち、この経緯を説明してくれた。
「シェムが知らせてくれたのよ。ラングから預かってたんだけど、急に膝からピョンとおりて、走りだしたの。チャオプといっしょに追っていったら、弓を構えてるこの人を発見して……」
ムアンは高い位置にある窓を指差した。
「……観客席ではなくてあそこ。通路の窓。そのときチャオプが教えてくれたの、『禍々しい矢を放とうとしている』って。わたしには矢なんて見えなかったけど」
なるほど。そういうことだったか。
ムアンの話にプリーストが驚愕している。
「おい、あの矢が見えたというのか?」
「普通の人間の見えない物体も、わたしには見える。わたしは普通の人間ではないから」とチャオプ。
席に残してきた仲間のうち、ムアンもチャオプもアーチャーの顔を知らなかったが、シェムだけは以前から知っていたのだ。それにしても、アーチャーによく気づいてくれたものだ。
よくやったぞ、シェム!!
あらためてシェムの頭を撫でる。
「本当にシェムは賢い子だな。いい子だ、いい子だ」
それはそうと……。
「やい、お前ら! またインチキしようとしてたんだな!」
プリーストが立ち去ろうとする。
「知らねえな」
「この状況で、しらばっくれるのか」
ヤツの足が止まる。オレを顧みた。
「二日後、ここで俺と勝負しろ」
「何が勝負だ! おい、待て、行くな」
オレはこの場で大勢のスタッフに取り押さえられた。
プリーストはそのまま行ってしまった。
アーチャーはようやくチャオプから解放されたが、その鋭い爪により、弓が握れないほどのケガを腕に負っていた。といっても世の中には回復薬というものがあるため、その程度のケガは仮初のものでしかない。その前に、プリーストにかかれば即刻完治だろう。
さて、観客にはオレたちの揉めごとなど眼中にない。
彼らが待ち焦がれているのは罰ゲームだ。
敗者となったソードマスターが、大勢の面前で丸刈りにされようとしている。
「やめてーーーーーーーーーーー。丸坊主なんて嫌ぁーーーーーーーーーーー」
ソードマスターが闘技台の上で騒いでいる。
「触らないで。そんな話、聞いてないから。やめてよ。どうしてわたしが。痛い、痛い、やめて。お願いだからやめて。いやよ。わたしはいや。許して。お願いよ。あああああああああああああああああ!」
悽愴たる悲鳴はやがて泣き声に変わった。
ソードマスターのツルツルになった頭が衆目に晒される。
別にこんなもので、オレの溜飲はさがったりしない。
丸坊主なんて一時的なものだ。髪は時間が経てば伸びてくる。
オレは奴隷として売られた。もしあのとき『スーパーハツカネズミ』が発動しなかったら、奴隷として一生を送らなくてはならなかったのだ。それに比べたら屁でもなかろう。
ただ、いまは勝利したイリガを褒め称えたい。
おめでとう、イリガ!
◇
プリーストに闘技の試合を挑まれた。日程は二日後だとか。
こっちの了承を確認しないまま、プリーストは立ち去った。
実のところ、プリーストたちが関わるイベントに、貢献などしてやりたくない。
仮にボコボコにできたとしても、それくらいでは満足なんてできない。
当日、バックレてやろうか。
少なくともオレは困らない。
ただヤツとしては、やりたいだろう。
無類の戦闘狂だからな。
もちろんヤツの特殊スキルは、剣術や攻撃魔法などではない。
戦闘には直接関係しないものだ。それでもヤツは強い。
ヤツの回復魔導は超一流だ。
特に回復スピードにおいて、ソンクラム随一とも言われている。
そのうえ回復魔導使いとは思えないほど、全身の筋力を鍛えている。
身体能力だけで冒険者としてじゅうぶんやれるほどだ。
さらには金縛り魔導などの特殊スキルまである。
最も厄介な点は、鍛えあげた肉体と回復魔導を合わせた戦い方ができること。
それは回復魔導を自分に施しながら、殴り合いで戦うというものだ。相手から攻撃を喰らうと同時に回復がなされるため、見た目にはダメージを与えられたように思われない。しかも痛みすら感じないのだとか。
ヤツはオレに勝てると確信しているのだろう。
オレが以前のオレとは違うことを、ヤツは知っているのだろうか。きのうオレがスクールに顔を出したことは耳にしているらしいが、八体の土人形を一気に倒したことまでは聞いていないのか。だからこそ勝負を挑んできたのだろうか。
ヤツの勝負を受けるのも悪くない……かな。
◇
深夜、宿で大火事があった。寮から移ってきたばかりだというのに!
原因は不明。前夜のスケルトン兵といい、災難が続いている。
もしやオレたちは狙われているのだろうか。
日が昇ってから、別の宿に移った。
今度は結界魔導によるセキュリティ万全の宿だ。当然だが、宿代は高い。しかしチャオプが『冒険者ギルド登録証明書』を持っているので、冒険者割引が可能。そのためオレたちでもギリギリ泊まることができた。
四人用の部屋をとった。しかしちょっと珍しいスタイルの部屋だった。室内にはさらに四つの狭い個室があり、その中央に広い共有スペースがあるのだ。つまり部屋の中に個室があるため、実質的には一人ずつ個室に泊まったような感じになる。
火事でバタバタしていたため、朝メシを食い損ねていた。だから昼メシは早めに食べることにした。何を食べようかと、皆で街をあるく。
「ラングっ」
声をかけられた。
かつての寮母ルアンナだ。
「ルアンナ、偶然だね」
昼メシをいっしょに食べることとなった。
もちろん仲間たちも快く承知してくれた。
入った店は一般的な大衆食堂だ。
ルアンナには、昨晩プリーストやソードマスターが闘技場の試合に出場していたことを話した。本当は口にも出したくない名前だった。それでも寮母である彼女の耳に入れてやりたかったのだ。
ちにみに、いま同席しているイリガがソードマスターと対戦したことまでは話さなかった。
オレの話にルアンナはかなり驚愕したようすだった。そりゃ当然だ。ヤツらは寮に帰りもせず、国内のどこかに泊まっていることになるのだから。
これまでルアンナにはなんの連絡もなかったそうだ。顔くらい見せてやればいいのに。
それにしてもヤツらはどこで寝泊まりしているのだろう?
もしかして闘技でガッポリ稼ぎ、超高級ホテルにでも泊まっているのか?
◇
食事中、ルアンナはムアンをちらちらと見ていた。
ムアンはそれに気づいているのだろうか。
少なくともオレは気になって仕方なかった。
ムアンがどうかしたのか? そっくりな妹のことと関係することか?
思いきって話を聞いてみよう。極力さりげなく、やや婉曲に……。
「妹さんの具合はどう?」
「ずっと変わらないわ……」
ここで話を終えてはダメだ。
なんとか話を繋ごう。
「オレに何かできることとかないかなあ」
オレはルアンナの妹とは接点がまったくない。
だからこういうことは、普通ならば言いださないものだろう。
ちょっとヘンに思われたかもしれない。
ルアンナがオレの顔をじっと見据えている。
「お願いしてもいいのかしら」
あれっ? 食いついてきたぞ……。
やっぱり何かあるんだ。
「もちろんだとも」
オレは精一杯の笑顔をルアンナに見せてやった。
「こういうお願いをするのは、ちょっと気が引けるけど……。これから妹の見舞いに来てもらえないかしら」
なんだ。見舞いか。
思ったより簡単なことだった。
「構わないさ。行くよ」
「ありがとう、ラング。それから……是非あなたもいっしょに」
彼女の視線はムアンに向けられた。
「ええ、喜んで」




