第40話 チャオプの変態
日に日にチャオプの能力に変化が見られるようになった。
以前ならば、半龍化したときの記憶はいっさい残らなかった。
しかし最近はうっすらと覚えているらしい。
この日、さらにもう一つの変化があった……。
オレたちは山道を歩いていた。もう三日目だ。
占い師を探している。占い師の名はコールワット。
小ぶりな山であっても、人を探すとなると途方もなく大きい。
山に村や集落はない。
だったらその人は、どんなところに住処を構えているのだろう?
人が住むというのならば、近くに川があるに違いない。
山の生活に川は重要なものだと考えられるからだ。
それと勾配が緩くなっていることも大切だろう。
しかしたったそれだけでは、範囲を絞れたことにはならない。
探す範囲をさらにもっと狭めなければ、見つかりそうもない。
ではどうしよう……。いくら歩いても手掛かりすら見当たらない。
「師匠、何かを探すときって、上から全体を眺めるのが基本だぞ」
「てっぺんまでのぼったとして、そんなんで見つかるわけがない」
「そうじゃなくてさあ……。飛べばいいんじゃないのか」
「「はあ?」」オレとムアンは声をそろえた。
まあ、いまのはチャオプの冗談だろう。
「じゃあ、飛んでみろよ」と彼女に返す。
「飛べない……。どうしてさっきあんなことを言ったんだろう」
小首をかしげるチャオプ。
オレは彼女を見ながら、ふと思った――。
「あのさ、チャオプ。また半龍化してくれないか」
そう頼んだ途端、彼女の髪や肌が白くなっていく。
以前より変化のスピードが速い。
艶っぽい方のチャオプと化した。
半龍半人の彼女に問おうとする。
だが彼女はオレより早く口を開くのだった。
「もしかすると可能かもしれない」
「オレの言おうとしていたことがわかったのか」
「話の流れから、割と簡単に」
「それなら話が早い」
真っ白な彼女の体に異変が起きた。
足が長く伸びだした。胸部が大きく張りだした。
小さな彼女が大人に変化していくのか?
「ストップ、ストップ、ストーーーーーーップ!!」
彼女を慌てて止めた。
「チャオプの服が破けてしまう。マズいだろ。一応はオンナなんだし……」
「それもそうね」と横からムアン。
オレを両手で目隠しし、チャオプに言う。
「続きはぜんぶ脱いでからよ」
ゴソゴソと音がする。服を脱ぎ始めたようだ。
もちろんオレには何も見えない。
ムアンの手でしっかりと目を覆われているのだ。
少し間を置いて、またムアンが声を出す。
「まあ、すごーい」
「えっ?」
何が凄いんだ!
「とっても綺麗。魅力的よ」
くそっ、気になる。
ムアンがくくくと笑う。
「見たいでしょ、ラング」
「いや、別に……」
「見たいくせに」
ああ、そうか。ワザと言ってるんだな。
人をからかいやがって。
「ちょっとだけ見せてあげる」
えっっっっっ! いいのか?
目隠しの指の間が開く。
生唾をゴクり。
見えてしまった。
てか、ドラゴンじゃん……。
待て待て待て待て待て待て。
ドラゴンじゃん! ドラゴンじゃん! ドラゴンじゃん!
正面に真っ白なドラゴンがいた。
これには驚いた。チャオプだよな。
オレから目隠しの手が完全に取り除かれた。
ムアンが笑っている。
「残念でしたー」
うっさいなあ。
ムアンを無視して、あらためてチャオプの姿を眺める。
うっとりするほど美しい白龍だった。翼を広げている。
ドラゴンとしてはとても小さいが、人間よりは一回り大きい。
チャオプに近づいていった。
「変わり果てた姿……まるで“蝶の変態”みたいだな。喋れるのか?」
いまの彼女は完全なドラゴンだ。返事は「グォー」だけだった。
足下に脱がれたものが散乱している。ムアンはそれらを拾いあげた。
「ラングのエッチ」
「見てねえし」
目をすがめるムアン。
「嘘つく気?」
「だから、ちらっとしか……」
「見たのね。チャオプが元に戻ったら、報告が必要かな~」
「やめてくれ!」
さて、あらためてチャオプに向く。
「オレの言葉がわかるか? オレたちはこの山に住んでいる占い師を探している。上空から民家のような……」
話し終わらないうちに、彼女は「グォー」と鳴いた。
言わずともちゃんと把握しているのか。
元のチャオプのときの記憶はあるんだな。
白くて美しい翼を羽ばたかせるチャオプ。
地面を蹴り、山腹から飛びあがった。ドラゴンが飛んでいく。
視界から消えたり現われたりと、広範囲を飛ぶのだった。
しばらくして別のドラゴンが現われた。
赤みを帯びた巨躯が大空を飛んでいる。
なんてことだ? おかしいぞ。
この山には強い魔物なんかいないはず。中級冒険者向きの山じゃないのか。
それなのにどうしてチャオプ以外のドラゴンが出るんだよ!
ムアンも目を丸くして空を見あげている。
「もう一体のドラゴンってどういうこと? 情報ってあまり役立たないものね」
「確かに。情報なんてものは、参考程度にしておくべきなのかもな」
いま現れたドラゴンはチャオプよりも遙かに大きい。
赤いドラゴンが白いドラゴンを追っている。
もしかして雄ドラゴンか? だとしたらモテるんじゃん。
ずっとドラゴンの姿でいた方が幸せじゃないのか。
なんて冗談を考えていたが、何やらようすがおかしい。
遊んでいるようには見えない。チャオプが攻撃されているのでは?
赤いドラゴンに尻尾を噛まれた。
「チャオプ!」
いますぐチャオプを助けてやりたいが、空高く飛んでいる状況だ。風ネズミも役に立ちそうにない。あまりに遠すぎる。仮にあの距離まで届いたとしても、チャオプに当たってしまうかもしれないのだ。
ところが赤いドラゴンはチャオプの尻尾に噛みつきながら、オレたちのいる斜面にグッと近づいてきた。チャンスだ! ここぞとばかりに風ネズミを喰らわす。
やったぞ。命中した。
赤いドラゴンが口を開けて鳴く。
チャオプが落下。
オレは道なき斜面を駆けおりた。勾配がきついうえに足場も悪い。
木の枝や幹に手を掛けながら駆けおりていく。
いっしょに走っているのはシェムだ。
猫が身軽な動物なことくらいオレだって知っている。
しかしシェムはその動きを完全に超越していた。
まるでこの世の生物ではないように、すいすいと斜面をおりている。
やはり普通の猫ではないようだ。
チャオプを発見したのもシェムだった。
「お手柄だ、シェム」
チャオプは白いドラゴンの姿のままだった。
ムアンはオレたちに追いつけていない。
たぶんまだ斜面のずっと上だ。姿もまったく見えない。
上空には赤いドラゴンがまだ飛んでいる。こっちに向かってきた。
どうやらヤツに見つかってしまったらしい。
ミャー、ミャーとシェムが鳴く。
赤いドラゴンが怖いのか? そりゃ怖いよな。
さっそく風ネズミを喰らわす準備をする。だが悠々と飛んでいる赤いドラゴンの姿を見る限り、さっきの風ネズミはあまり効いていないようだ。あの大きなドラゴンに致命傷を与えるのは無理なのか。これはかなりヤバいぞ。
さっきからシェムが鳴きやまない。異様だ。
そのとき微かに人の声が聞こえた。
「雨」
誰の声だ?
ムアンはまだ到着していないし、声質もぜんぜん違う。
もちろんチャオプもシェムも喋れないはずだ。
しかし雨という言葉が気になった。
「雨…………?」
オレがそう口にした途端、シェムが鳴きやんだ。
空を見あげる。赤いドラゴンはすぐそこだ。
頭に浮かんだ言葉のまま叫ぶ。
「雨ぇーーーーー!」
空から白い雨が降ってきた。




