第4話 オレを救った奇跡
オレは売られた。仲間たちに売られたのだ。
仲間たち――子供の頃からいっしょにパーティーを組んできた連中だ。
それなのにバッサリと裏切られた。こんなやり方で。
くっそおおおおおおおお。アイツらめ!
悔しくて悔しくて、また無能な自分が情けなかった。
馬車に揺られながら、目から涙が溢れでる。
もし子供のときに神託がくだされなければ、こんな思いをせずに済んだのだろうな。この世に『特殊スキル』なんて存在しなければ良かったのに。その言葉を耳にするのもウンザリする。魔獣なんか二度と欲しがるものか。神託も召喚も懲り懲りだ。
しばらくして馬車が停まった。
ここでやっと目隠しや猿轡を解かれた。
足の縄も解かれた。しかし手は縛られた状態のままだ。
ガラの悪そうな大男が二人いる。
「さっさとおりろ」
馬車からおろされた。
そこは草原の果て。大河の岸辺だった。
がっしりした木製の柵の向こうに、家々が密集している。
ちょっとした集落だ。もしや山賊ないし盗賊の拠点なのか?
大男が言う。
「お前を高額で買ったんだ。しっかり働いてもらうぞ」
「高額なんて何かの間違いです。力は全然ないので、きっと役に立ちません」
ぽかっ。
オレは頭を殴られた。
「はあ? 何言ってんだ。魔導が使えるんだろ」
「でも初歩的な魔導だけです」
それに特殊スキルもない。
また頭を殴られた。
「だからこそ高値がつくんだろ。大魔導を使える奴隷なんて、抵抗されたらたまんねえ。怖くて所有できるかよ。初歩魔導しか使えないから価値があるんだ」
大男は『奴隷』と言った。
オレ、奴隷になるのか。
柵の向こうから、誰かが二人の大男を呼ぶ。
「おーい、早く来い」
「はい、ただちに」
大男がオレを引っ張る。
急だったためオレは転んでしまった。
「何やってる!」
そう言われても好きで転んだわけじゃない。
オレ、一生このまま奴隷なのか。
どうしてオレがこんな……。
素直に起きあがるフリをしながら、二人の隙をつく。
手を縛られたまま走った。ここから逃げだそうとしたのだ。
捕まってなるものか!
馬車の前を横切ったとき、車両の屋根から何かが跳びおりた。
オレは走りながら、思わずアッと声をあげた。
シェムじゃないか。
ソードマスターに放り投げられたはずだ。
まさかこっちの車両に来ていたなんて。
ちゃっかり車両の屋根に乗っていたのか。
賢い子だ。
オレの懐にシェムをもぐり込ませる。
逃げ切ってみせるぞ。シェムのために!
背後から大男たちの声が聞こえる。
「アイツ、逃げやがった」
「あの馬鹿、逃げられるとでも思っているのか」
「今後のためにも、痛い目に遭わせた方がいいかも知れん」
しばらくすると馬のいななきが聞こえた。
馬か? 馬で追いかけてくるつもりなのか。
畜生ぉーーーー。馬が相手じゃ逃げ切れない。
後ろを振り返って驚愕する。
あれは馬なんかじゃない。
角がある。ユニコーンだ。
ユニコーンといえば獰猛な魔獣だ。
しばしば人間を殺すこともあると聞く。
ユニコーンなんて飼っていたのかよ。
よほどカネのある悪党なのだろう。
駆け足が聞こえる。
走りながら背筋が凍りついた。
ダメだ、殺されてしまう。
ユニコーンは頭を低くさげ、細長い角を向けてきた。
この大事なときに、夕べの夢を思いだした。
ネコ耳の少女が出てきて、こんなことを言ったのだ。
『あなたには力があります。今後はピンチのとき、あなたの相棒が必ず助けます』
あれは夢だ。現実じゃ誰も助けてくれない。
そもそも相棒なんていやしない。
パーティー仲間はオレを裏切ったんだ。
どうしてあんな夢をいま思いだしたのだろう……。
だけど誰でもいい。助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ。
「助けてくれー」
まるでオレの声に呼応するように、懐からシェムが抜けだした。
彼女が広い地面を走る。
ユニコーンが追ってきているというのに!
こっちに来い、危ないぞ。
いいや、かえってこの方がいいのかもしれない。
オレが囮になりさえすれば彼女は生き残れる。
ここで奇跡が起きた――。
オレは光に包まれた。
みるみるうちに体が小さくなっていく。
なんだ?
体が小さくなったため、両手が縄から抜けた。
まだまだ小さくなっていく。
衣服まで脱げてしまったほどだ。
意識が朦朧としていく。
オレ、どうしちゃったのだろう。
何かが眼前に現れた。
巨大な猫だ。
食われる……。
猫好きのオレが、猫に恐怖を覚えた。
頭がぼんやりする中で、恐怖だけは強く感じた。
目の前にいる巨大猫から逃れたい。
百八十度の方向転換し、真後ろへと逃げた。
なんだか自分が自分ではないような感覚だった。
必死な自分を遠くから傍観しているような自分がいる。
一直線に走って、大きくジャンプする。
真正面にユニコーンがいるのに何故だろう。
このままではぶつかってしまうではないか。
跳びあがったオレは、ユニコーンの角に当たった。
頭が混乱しているためか、痛みなど感じなかった。
どうしたことか、ポキッと折れたのは硬いはずのユニコーンの角だった。
そのままオレは着地した。
ところがまだ終わっていない。
巨大な猫が正面に回り込む。
オレは恐怖のあまり、またもや方向転換。
獰猛なユニコーンよりも、巨大猫に恐怖を抱いていた。
ここでも無我夢中でジャンプする。
激突したのはユニコーンの胸部あたりだ。
ユニコーンの体に穴を開けた。
一気に巨体を貫いていく。
抜けだしたオレは、全身ベトベトだった。
頭の中で音楽が鳴った。
そして眼前に表示が現れる。
『レベルが4にアップしました』
またこれか。
こんなときに、なんなのだろう。
着地したところは馬車の近くだった。
あり得ないほどデカい馬車だ。
デカい? いいや、違うぞ。
オレが小さくなっただけではないか。
ボーっとしていて、あまり頭が回らなかった。
巨大猫にしたって、決して巨大などではなかった。
小さくなったオレが勝手に思い込んでいただけだ。
ぼんやりしていた意識が、少しずつ正常に戻っていく。
おや? 両手がヘンだぞ。
よーく確認してみる。
これは手じゃない。動物の前足だ!
小さな体で車両を這いあがる。
爪がカギ型なのでのぼりやすい。
車両の中で鏡を見つけた。
これはいい。全身を確認できそうだ。
さっそく鏡面をのぞいてみた。
なんだ、これは!
鏡に映っていたのはハツカネズミだった。
しかも血まみれだ。
さらにその後方に何かがいる。
なんだろう? さっきの猫だ!
本能的な恐怖に駆られた。
食われるっ。逃げなくては。
慌てて一歩を踏みだそうとする。
しかしその刹那、小さなオレは猫に呑み込まれてしまった。
「うぎゃーーーーーー」
◇
目が覚めると、オレは馬車の下で寝ていた。
しかも素っ裸ではないか。
さっきの夢はなんだったのだろう。
そういえばユニコーンに襲われたんだよな。
んで、猫が出てきて……。
あの猫って!
そうだ。シェムにそっくりだった。
どうして夢の中でそのことに気づかなかったのだろう。
てか、オレはいま何をやっている?
どうしてこんなところにいるのだろう。
早く大男たちから逃げなくては。
馬車の下から這い出たところで、ハッとする。
大勢の男たちが馬車を囲んでいた。
オレを馬車で連れてきた二人の大男もいる。
ああ、もうダメだ。
「お、おい……」と大男。
驚愕したような顔つきだ。
オレが素っ裸だからか。
大男が腕を伸ばす。
何かを指差しているようだ。
指のずっと先にいたのはユニコーンだった。
草地に倒れている。胸部の辺りが真っ赤に染まっている。
血だ。ユニコーンは死んでいるのだ。
まさか……さっきのって夢ではなかったのか?
大男がまた口を動かす。
「やい! これは、お、お前……あなた様が倒されたのですか」