第39話 その名はイリガ
カモーイを殺させてほしいという者が、降参した敵の中から現れた。
しかし安易にOKするわけにはいかない。
たとえどんな理由があろうと、コイツも誘拐を働く匪賊の一員だった。仮に上から強制されていたのだとしても、誰かしら一般民を不幸にしてきたことには変わりないはずだ。
カモーイを殺す権利は簡単にくれてやるわけにいかない。地下牢にいた被収容者の中に、自分の手でカモーイを殺したいという者がいれば、彼らが優先的にその権利を得るべきだ。
予想どおり三人の大男たちもぞれぞれ言ってきた。「俺に殺させてくれ」と。
オレは黒髪少女にも尋ねてみた。
「アンタは?」
「くだらない」
彼女の声を初めて声を聞いた。
口調とは異なり、透き通るような声質だった。
カモーイを殺す権利は要らないらしい。
オレは三人の大男たちに言った。
「正直なところ、自分の手を汚さずに済みそうなことには安堵している。カモーイの処刑方法については、地下牢にいた人たちで決めてほしい。それから降参したアイツらの処遇のことも、同じく任せたいと思う」
大男Aが自分の胸をポンと叩く。
「おう、任せておけ。カモーイだけは絶対に生かしておかない。例の娘たちが復讐に遭ってはマズいからな。それ以外のことは地下牢の皆と相談して決めたい。降参した連中の弁解も、聞くだけは聞いてみようと思う。ただ恨みに思っている者たちが多いだろうから、結果はどうせ……。まあ、そんなところだ」
黒髪少女がその場を去ろうとする。
オレは彼女を呼び止めた。
「待ってくれ。その老人といっしょに、マッチョな青年はいなかったか? 手紙の話に出てきたタハーンという人物のことだけど」
彼女は足を止めて振り返った。
「瀕死状態だったから、きっともう死んでいる。助かる見込みはない」
「そうだったとしても確かめたい。回復薬ならば誰かが持ってるはずだ。とにかく場所を教えてくれ」
黙って首肯してくれた。
降参したヤツらの中に回復薬を持っている者がいた。
オレは強引にそれを奪い、彼女のあとについていった。
シェム、ムアン、チャオプもいっしょだ。
ある広い部屋でタハーンを発見。
床に倒れているが、まだかろうじて生きているようだ。回復薬を飲ませてみる。
彼は目を開けた。自ら体も起こした。回復薬がこれほど効くとは……。信じられないくらいタフな男だ。まだ顔色は悪いが、一応ひと安心だ。
タハーンに伝えるべきことがあった。
手紙を読みあげようとすると、彼は首を微かに左右させるのだった。
複雑な笑みを浮かべている。
「手紙のことは知ってるよ。そこにいる黒髪のお嬢ちゃんに読んでもらっていたんだ。俺は知らずして、妹のカタキを討っていたのかもしれない……。あの男も組織の被害者だ。本当の加害者はまた別にいる。根本を叩かなきゃカタキ討ちは終わったことにはならない。二人の娘さんには悪いことをしたと思っている。今後、彼女たちには多少の援助をしていこうと思っている」
ゆっくり立ちあがり、ポンとオレの肩を叩いた。
「これだけのことはしたんだ。ギルドに報告すれば、間違いなく特別金が出る」
「でも特別金なんてスズメの涙ほどだと聞いてるけど」
「いいや、アジトの規模は半端じゃなかった。今回、それなりの額が期待できるかもしれないぞ」
どうだろう。
本当ならば嬉しいけど。
黒髪少女は黙って歩きだした。
去っていく彼女の背中に声をかける。
「キミ、仲間にならないか」
あれ? なんでいまオレは彼女を仲間に誘ったのだろう。
その答えはすぐ頭の中に出た。彼女は不器用っぽいと言うか、危なっかしいと言うか、俯きながら歩く姿を見ているうちに、放っておけなくなったのだ。
しかし黒髪少女は首を小さく横に振った。
「仲間なんて要らない。信じられない」
「どうしても信じなきゃならないなんてことはない。気楽に考えてりゃいいんだ」
「仲間に裏切られたことのない人は、そんなふうに簡単に口にできるのだろう」
「裏切られたことならあるぜ。パーティー仲間から売られたことがある」
「……」
息を呑むような音が微かに聞こえた。
黒髪少女はそのまま黙ってしまった。
「じゃあ師匠。お気に入りのシェムに裏切られても、そんなことが言えるのか」
チャオプが横から割り込んできた。
黙れ。大事な話の途中だぞ。
あどけない顔を見せている。
爪はもう鋭くなかった。髪も肌も真っ白ではない。
いつものチャオプに戻っている。
オレはシェムを抱えあげた。
「このシェムにならば、何されたって構わない。食われたっていいぜ」
黒髪少女がオレを見据えている。
しばらくして小さく口を開けた。
「わかった」
何がわかったのだろう。
仲間になるってことなのか?
「わ、わかってくれてありがとう」
ハッキリしないまま礼を言ってしまった。
とりあえず反応をうかがってみる。
だがそれ以上の反応はない。
立ち去っていくようすもなかった。
やっぱりさっきのって、仲間になるってことでいいんだよな?
ちょっと不安だ。ならば確認のつもりで……。
「じゃあ、いまからオレたちの仲間だ。名前は?」
「イリガ」
仲間ということを否定せず、名乗ってくれたのでホッとした。
◇
山麓の町へと戻る前に、念入りにアジトの中を調べた。
降参していない連中がまだいるかもしれないからだ。
さて、全員捕らえたようだ。もう隠れている残党はいないだろう。
捕らえた連中のことは、大男たちに任せることになっている。
このアジトには馬も馬車もたくさんあった。
オレたちを運んできた荷馬車も見つかった。
レンタルした荷馬車なので、早急に返さなければならない。
延滞料はどのくらいだろう? ちょっと怖いな。
荷馬車でアジトを出発。向かうは山麓の町。
誘拐を働く匪賊について、まだ完全に解決したわけではない。
あのアジトにいた連中は、組織の一部でしかなかった。
組織はそれほど規模が巨大であり、アジトは他にも各地に散在しているらしい。
荷馬車が揺れる。手綱を手にしているのはタハーンだ。
荷台にはオレ、シェム、ムアン、チャオプ、それからイリガが乗っている。
山麓の町に到着。
まずは冒険者ギルドへと足を運んだ。
ギルドの受付嬢に巨大アジトのことを話す。
受付嬢によれば「特別金は出るでしょう」とのことだ。
しかしそれはギルドの調査員による現場確認後となる。
特別金は出るとしても、最短で五日後らしい。
それまでは暇……というわけではない。
やらなくてはならない重要なことがある。
すこぶる辛い仕事だ。
それは姉妹たちへの悲しい報告だ。気が重い。
しかし訃報を伝えにいくのにイリガは関係ない。
彼女は姉妹たちと面識がないからだ。
町の中に宿をとり、イリガにはそこに残ってもらった。
それ以外のメンバーで姉妹たちに会った。
アジトで起きたすべてを彼女たち二人に話した。
例の手紙はオレたちに宛てたものだが、娘たちに渡すことになった。
二人の悲しそうな泣き声が、胸を穿つように痛かった。
◇
夜が明けてから山にのぼることになった。
山の中腹に住んでいる占い師コールワットに会うためだ。
その占い師がムアンの記憶を戻す方法を知っているかもしれない。
ちなみに山にのぼるメンバーは、オレとシェム、ムアン、チャオプのみ。残りの二人は山麓の町に残してきた。タハーンには大ケガの治療に専念してもらい、イリガには長い間の収容疲れを癒してもらうためだ。




