第38話 無敵の兵器
オレはシェム、ムアン、チャオプ、それから新しい助っ人の大男三人とともに通路を進んでいる。タハーンやファランはどこへ行ってしまったのだろう。匪賊のアジトは広すぎて、二度と再会できないような気がしてきた。
死体をたどりながらタハーンたちを探していく。
ある部屋に到着。だが部屋というには広すぎる。
一瞬、中庭に出たのかと思ってしまったほどだ。
オレたちは偶然、この場所に来てしまったのだろうか?
いいや、なんとなく誘い込まれたような気がする。
ここまで死体をたどってきたが、それらの発見場所が都合良すぎる感じだった。
つまり死体はワザと置かれていたとも考えられる。
中に大勢の人がいた。匪賊の連中だ。皆、武装している。
確信した。ここでオレたちを待ち構えていたに違いない。
匪賊の連中は果たして何人いるのだろう。
百人か、二百人か、あるいは三百人を越えるのか。
あまりに多すぎて見当もつかない。
前列の者たちは巨大な盾を並べていた。もはやそれは盾というより防壁だ。
巨大盾の向こう側から火球が飛んできた。
敵の中には魔導士もいるようだ。
ならばオレだって! それっ、得意な水流魔導で対応……。
しかし焼け石に水だった。火力は落ちることなく次々と飛んできた。
ここにいるのが半龍半人のチャオプでホッとする。もし普段のチャオプならばオレの得意技を嘲笑していたところだ。『師匠のゴミみたいな魔導が役に立つはずないだろ』などと。
しかも火球を消してくれたのは、彼女の吐く『スノーブレス』だった。
チャオプ、やるじゃないか。ずっと半龍化したままでいてくれればいいのに。
匪賊の連中は巨大盾に隠れたきり、前に出てくるようすがない。
チャオプが再度『スノーブレス』を吐く。けれども巨大盾に防がれてしまった。
なかなか強力な盾じゃないか。
背後に違和感を覚えた。
誰かいる? 敵の挟み撃ちか?
さっと振り返ってみる。
そこにいたのは片手のない黒髪少女だった。
オレたちより先に地下牢から出ていった者だ。
彼女は死体の毛髪を掴んでいる。
その死体をここまで引きずってきたようだ。
なんのためだろう。
「オレたちの手助けにきてくれたのか?」
返事はない。まるで半龍化したチャオプのように無表情だ。
彼女がパッと手を放すと、死体の上半身は床に落ちた。
「う……」
死体が喋った。いやいや、死体ではなかったのだ。まだ生きている。
意識を取り戻したこの男は何者だろう。その男の顔をのぞいてみる。
「ファラン?」
ファランに間違いない。黒髪少女はファランを連れてきてくれたのだ。
それにしても扱い方がかなり乱暴すぎるのではないのか?
返事のないファランに、もう一度声をかけてみる。
「ファラン、ケガでもしたのか」
訊くまでもないことだった。背中が真っ赤に染まっている。
このアジトにいる連中にやられたのか。
ファランからの応答はなかった。だいぶ弱っているらしい。
彼のようすではまったく戦力になりそうもない。
負傷者のことは後回しだ。いま集中すべきは前方の敵集団なのだ。
しかし煩わしいのは防壁のような巨大盾。
よしっ、オレがそいつごとブッ壊せばいいんだよな。
「喰らえ、風ネズミィーーーーー」
必殺技をブッ放した。
空気の塊が宙を走るように飛んでいく。
しかし巨大盾に当たると消えてしまった。
風ネズミで巨大盾を破壊することはできなかった。
伏したファランが頭をあげる。やっと意識を取り戻したか。
何故か薄ら笑みを浮かべていた。そして声を出す。
「ひひひひ。いかなる『物理攻撃』も『魔導攻撃』も無効にするという、超ミスリル合金でできた巨大盾だ。そんなワザが通用するわけがなかろう」
いま二つの意味で驚愕した。
一つは、敵の巨大盾に対して風ネズミが効かなかったこと。
もう一つは、ファランがまるで敵であるかのように喜んでいること。
あれっ? どうしてファランが敵の盾の素材を知っているんだ……。
黒髪少女がファランの頭を踏みつける。
彼の顔面は床に打ちつけられた。
わあ、痛そう。
再度、オレは風ネズミをブッ放した。
しかし結果は同じだった。
奥の壁が敵の連中によって開けられる。
これから何を始めようというのだ。
黒光りした巨大な物体がそこに見えた。
あれはなんだろう?
ぐおおおおおおおおおおおお
巨大な物体が轟音を発した。
人間の声のようにも聞こえた。
生物なのか?
うおおおおおおおおおおおお
今度はさっきのものとは異なり、敵の連中の声だった。
まるで勝利したかのような歓喜に満ちたものだった。
巨大な物体が動く。
なんと立ちあがったではないか。
「もしや巨大なゴーレムの一種……?」
満面の笑みを見せるファラン。
「驚け。あれこそ、この島にたった一体しかない『超ミスリル巨大人形』だ。巨大盾と同じ物質でできた無敵の兵器。ここの最終秘密兵器だ」
どういうわけか敵の事情に詳しい。
彼はまた黒髪少女に踏まれるのだった。
それにしても厄介なものが現れてくれた。
巨大盾と同等の防御力を持った人形なんて……。
風ネズミが効いてくれないのなら最悪だ。
ムアンがオレの顔を見据える。彼女の考えていることがわかった。
風ネズミが効かないのなら、やはり最低をやるしかないのか。
「脱いで」
言いたいことは伝わってる。だから口に出さずともいいのに!
そんな誤解されるような言い方はやめてほしいものだ。
だっていまファランや黒髪少女や大男たちのいる前だぞ。
オレはすべて脱いだ。
できれば脱ぎたくなかった。
脱いだものを折りたたみ、ムアンに預かってもらう。
何を考えているのか三人の大男たちも、顔を赤く染めながら脱ぎだした。
「コイツら、恐怖で頭がイカれたか」
そう言ったのはファランだった。
ずいぶんと愉快そうだ。
でも何故そんな言い方をするのだろう。
いまアンタも危機的状況にあるんだぞ?
黒髪少女がまたもやファランの頭を踏む。
もしかしてファランは黒髪少女に踏まれて喜んでるのか?
だからさっきあんなことを、楽しそうに言ったのか。
大男たちといい、ファランといい……ここはヘンタイばかりだ。
そんなヘンタイたちのことは無視しよう。あまり相手にしてはダメだ。
素っ裸のオレは敵の集団に向いた。
「いくぜ、見てろよ」
「ラングのどこを見ればいいの?」
「ムアンに言ったんじゃない! てか、見ないで」
とにかくネズミ化した。
最近はシェムが近くに居さえすれば、自分の意思でネズミ化できるのだ。
前足を床につく。
「なんてことだ。ガキンチョの姿がネズミに……」
目を丸くするファラン。またもや頭を黒髪少女に踏みつけられた。
飽きずに繰り返し繰り返し……。ファランは余程それが好きなのだろう。
踏まれるってそんなに気持ちいいものなのか?
だったらオレも一度くらい……いや、なんでもない。
「ネズミになったぞ!」と、大男Aが騒ぐ。
「とんでもない魔導士だ……」唖然とする大男B
「こりゃ俺には不可能」大男Cは肩をすくめた。
三人の男たちは脱いだものを、ふたたび着ていくのだった。
オレは四本足で走りだした。まずは巨大盾に向かっていく。
そして勢いよくジャンプ。この小さな体は巨大盾を貫いた。
ほら見ろ、ファランの爺さん!
いかなる『物理攻撃』も『魔導攻撃』も無効だとか言ってたよな?
でもこのとおり、ちゃんと貫いてみせたぞ。
巨大盾はいったん穴が開くと、一気に脆くなってしまうようだ。
開いた穴の部分からパリパリッと崩れていった。
ああ、この水溜まりに張った氷のような壊れ方……。
見てて気持ちがいいし、音も心地がいい。
オレは次々と巨大盾に穴を開け、ボロボロに壊していった。
匪賊の連中が慌てふためいている。
続くターゲットは奥にいる『ミスリル巨大人形』とかいう敵だ。
大きく手を広げて歩いてくる。だが一歩一歩があまりに遅い。
ファランは無敵だとか言っていたが、その話は本当だろうか。
ジャンプで体のド真ん中を穿った。
たった一撃でヤツの巨躯がゴーッと音を立てて崩壊。
スーパーハツカネズミの前では実に呆気なかった。
何が無敵だよ。肩すかしを食らったような気分だぞ。
巨大盾も巨大人形もなくなれば、もうこっちのものだろう。
ここでいったん仲間のもとに戻る。
ムアンが両手を伸ばして待っていてくれた。
彼女の手底にぴょんと飛び乗った。
するとシェムがオレを口の中へ。
いつものようにシェムに吐きだされる。
人間の姿に戻った。
大男たちとファランがここでもまた驚く。
「猫が少年ネズミを食った……」と大男C。
「なんと少年が生き返ったぞ」と大男B。
「俺たち、いま猫に化かされているのか」と大男A。
「超ミスリル合金が砕かれるとは!」とファラン。
巨大盾を失った匪賊の連中に、チャオプが『スノーブレス』をぶちかます。
大きな悲鳴があがった。バタバタと人が倒れていく。
敵側の死者については不明だが、少なくともすっかり戦意を失ったらしい。
ヤツらは武器を床に捨て、力なく両手をあげている。
オレはムアンから脱いだものを受けとった。
それらを着る前に、シェムに礼を言う。
「また勝ったぞ。シェムのおかげだ」
彼女の頭を撫でてから着衣した。
そのあと黒髪少女から手紙を渡された。
読めばいいのか? 目を通してみる。
オレたちに宛てた手紙だった。
仲間の聞いている前で読みあげる。
すべて読み終えると、溜息が出た。
同時にショックも受けた。
このファランという男こそ、誘拐組織の幹部カモーイだったのだ。
コイツについては、いま必ず殺さなければならない。
そうしなければ、姉妹の生命が危険に晒されるからだ。
黒髪少女に踏みつけられているカモーイを見おろす。
「お前にはここで死んでもらうからな」
いいか? 命乞いしても無駄だぞ。
両手をあげた匪賊の一人が恐る恐る近づいてくる。
オレは警戒しつつ尋ねた。
「なんの用だ?」
「俺は死ぬことになっても構わない。だけどカモーイは俺に殺させてくれ。そのあとで俺を好きに殺してくれ。そいつには絶対に許せない恨みがある。そいつのために、こんな組織で働かなけりゃならなくなったんだ。頼む!」