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第36話 <黒髪少女視点①>

第34話と第35話に出てきた少女の話です。





  කුකුකුකුකුකු  黒髪少女視点  කුකුකුකුකුකු



 とある農村でわたしは生まれた。


 物心がつく前にわたしは左手を失っていた。

 大事故のためだと聞かされている。


 五歳のとき、近隣の小さな町の神殿で神託をくだされた。

 三つの特殊スキルを身につけるようになるだろう、とのことだった。

 特殊スキル名はそれぞれ白煙剣、峰打ち、千手剣というものらしい。


 三つのいずれもが剣士としての特殊スキルだった。

 剣士としての特殊スキルなんて、片腕のないわたしには皮肉でしかない。

 わたしが剣士になれるはずなどないのだから。

 両親の落胆した顔はいまでもよく覚えている。


 特殊スキルが与えられるのならば、農業や家事あるいは医療に関係したものが欲しかった。


 しかしそのことを不幸だなんて考えなかった。

 特殊スキル取得の神託はくだされない方が多いのだから。

 神託など何もくだされなかったと考えれば済む話なのだ。


 実際の不幸はその翌年やってきた。

 村が魔物に襲われたのだ。村人の半数近くが亡くなった。

 父も魔物に食べられてしまった。


 わたしと母は無事だった。

 けれども母娘が農村で暮らすのは難しく、近隣の町へと移り住むことになった。

 そのまた翌年、母はその町で再婚。わたしに義父ができた。


 義父は優しかった。だからわたしも義父を好きになることができた。

 温かい家庭ですくすくと成長していった。


 しかしわたしを見据える義父の目つきが、ときどき飢えた狼のように見えることもあった。もっと言えば、メスを狙うオスの目。わたしが自意識過剰だけなのだろうと、その度に思い直してきた。何故ならわたしは大人の女ではなく、まだ体が子供なのだから。


 ある日、優しかったはずの義父に襲われた。

 信じていた人に、いきなり押し倒されたのだ。

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。


 子供のわたしには大人の男を相手に抵抗する力がない。

 しかもその場には抵抗するための刃物も鈍器もなかった。

 ただ、どうにか逃げようと必死だった。


 わたしの頭はパニックを起こしていた。

 ふと気づいてみると、わたしの右手から白煙が生じていた。

 白煙は一直線に立ちのぼっている。

 これには義父も驚いたようだ。

 わたしを押さえつけていた義父の手が離れた。


 白煙のあがった手が怖かった。

 これって病気? 呪い? もう治らないの?

 とにかく気味が悪い。だから無我夢中で手を振った。

 すると白煙は義父の左手を切り落としてしまった。


 床に落ちた義父の左手。

 真っ赤に染まっていく床。

 なおも揺らめく煙の柱。


 ほとんど忘れかけていたものを思いだした。

 神託でくだされた特殊スキルのことだ。

 その中に『白煙剣』というのがあった。


 これがそうだったのか。この煙が剣なのか。

 煙の剣はやがて消えてなくなった。


 義父は一命を取り留めた。

 しかしわたしと同様、左手はもう戻らない。

 肉体労働者だった義父の仕事に支障が出てきた。

 家族は一気に貧困に(あえ)ぐようになった。


 わたしは売られることになった。自分でも納得していた。

 子供を兵士として買いとる国がある。義父に連れられ、その国を訪れた。


 だが買われることはなかった。


 左手がないため兵士には向かない、と思われたのだろう。

 義父がわたしの特殊スキルについて必死に説明した。


 結局、窓口の職員には聞き入れてもらえなかった。


 しかし職員から提案があった。奴隷として売ってみてはどうかと。

 そこの国では、いまどき珍しく奴隷売買が合法だったのだ。

 子供のわたしなど二束三文にしかならないのは、父も承知していた。

 それでも背に腹は代えられない。父は職員に奴隷商の紹介を求めた。


 ここで『待った』がかかった。


 わたしを冒険者見習いとして預かりたいという青年が現われたのだ。父と職員の話が聞こえていたらしい。青年はわたしの特殊スキルの話に興味を持ち、また左手を失った親子に同情したようだ。


 青年は義父にカネを支払い、わたしを連れていった。


 彼はある冒険者パーティーの中心人物だった。メンバーからは『リーダー』ではなく『マスター』と呼ばれていた。ややワンマンなところはあったが、メンバーにとても好かれていた。


 この冒険者パーティーは大規模なものであり、わたしを含めると十七人にもなった。ただしそのうち十四人が女という極端な偏りがあった。


 この偏りには、ちゃんと理由がある。


 マスターに可愛い妹がいたのだ。あまり男を近づけたくなかったらしい。このメンバーの男は、真夏でも彼女の前で薄着になることは許されず、また少しでも卑猥な言葉を口にしたら即クビになるのだとか。ちなみに彼女はメンバーから『ヒメ』というアダ名で呼ばれていた。


 このパーティーにおいて、女同士が本名で呼び合うことはなかった。

 アダ名として序列で呼び合っていたのだ。

 ファースト、セカンド、サード……という具合に。


 ちなみにヒメは序列の対象外。下っ端のわたしはサーティーンスだった。

 実は、わたしとヒメの二人はパーティーの正式メンバーではない。

 いわゆる準メンバー。それは単に年齢による理由にすぎなかった。





    ◇





 ヒメは同い年のためか、とても仲良くしてくれた。マスターもわたしにとても優しかったが、それが原因で周囲から嫉妬を買うようになっていった。マスターに特別な思いを寄せるメンバーが大勢いたからだ。


 剣術の特訓は厳しかった。

 初めのうちは、どうにもならないほどの落ちこぼれだった。

 片手しかないので、重い長剣が持てない。短剣を片手に持つと、盾が持てない。

 特殊スキル『白煙剣』についても、義父に対して発動したときの一回きりだ。

 その後、発動に成功したことがなかった。


 それでも努力を積み重ね、先輩たちとの差を徐々に縮めていった。

 嫉妬深い先輩たちのシゴキが、かえってわたしの剣術を上達させてくれた。

 こうしてわたしの実力は、マスターからも認められるようになった。



 あるときマスターからの依頼という形で、遠くの町まで行くことになった。実はヒメがマスターに申しでた仕事だった。これまでヒメが行くところには、必ずマスターが同行していた。ヒメはそのことに辟易していた。それで今回ばかりは『兄』の同行を頑なに拒んだのだった。


 マスターがヒメの同行者を選定した。

 まずは序列ファーストからフィフスまでの五人。

 それからもう一人、ヒメと仲の良かったわたしだ。


 町へ行くには大きな森を通るが、危険な魔物の出現は報告されていなかった。


 前日に雨が降ったせいで、道はすこぶる悪かった。

 沼のような水溜まりも通らざるを得なかった。

 さらには強い風まで吹いてきた。


 わたしは泥沼の深みにはまってしまった。


 皆、わたしに気づかず先へと進んでいく。わたしとしても、すぐに深みから抜けだせるだろうと思っていたので、大声で助けを求めることはしなかった。しかし殊のほか手こずってしまい、結局一人、はぐれてしまうことになった。


 どうにか深みから抜けだした。


「皆ぁー」


 呼んでも返事はない。仕方なく一人でまっすぐ進む。歩行ペースをあげたので、そろそろ追いついてもいいはずだ。それなのにまだ皆の姿が見えてこない。方向がズレてしまったのか?


 遠方から誰かの悲鳴が聞こえた。


 きっと皆がいるに違いない。でも何があったのだろう。悲鳴の方へと急いだ。

 ずっと先に魔物を発見。超巨大なオウムガイだ。仲間たちを襲っている。


 仲間たちは泥に足をとられて逃げにくそうだ。

 ファーストが転んだ。全身が泥まみれに。


 魔物が大きな貝殻を引きずりながら這っていく。

 逃げられなくなったファーストが獲物として狙われたようだ。

 起きあがろうとするが、慌てたためにまた足を滑らせた。

 万事休すの場面で彼女に手が差しだされた。


 ヒメの手だ。ファーストを助けに引き返してきたのだ。


 両者の手はガッチリと掴み合い、ファーストが起きあがる。

 なおも魔物は迫ってくる。二人は全力で逃げ続けた。

 その先ではセカンドたちが逃げている。


 といっても足場が悪い。早くも魔物はファーストとヒメのすぐ後ろ。

 魔物が多数の触手を伸ばす。捕らえられたのはヒメだった。


 ファーストとヒメの手は握り合ったままだった。だがファーストは巻き添えなどゴメンだと言わんばかりに、ヒメの手を振り(ほど)こうとしている。


 ヒメはずるずると魔物の口へと引きずられていく。

 手を放さないヒメの頭を、ファーストはかかとで蹴った。

 蹴って蹴って蹴って突き放そうとしている。


 とうとう両者の手が離れてしまった。



「ヒーーメーーーー」


 わたしは叫んだ。必死に走っていく。

 しかしヒメがいるのは遙か向こう。


 ヒメの体が魔物に呑み込まれた瞬間、わたしの手底から白煙があがった。

 これまでにたった一度しか発動しなかった特殊スキル――白煙剣だ。

 何故いまになって現れた? こんなときに出てきても無意味なのに。

 魔物はまだ遠いし、それにヒメはもう……。


 とにかく魔物に向かって白煙剣を投げつける。

 白煙剣は驚くような凄まじい速さで飛んでいった。小石を投げても届かない距離なのに、猛スピードで魔物の殻に突き刺さった。


 魔物はヒメを吐きだし、逃げていった。


 わたしはヒメのもとへと駆けつけた。

 しかしヒメはもう不帰の客となっていた。


 傍らでは茫然とファーストが立っている。

 わたしは彼女に向かって声を荒げた。


「ヒメはファーストを助けるために戻ってきたのよ。それなのにあなたはどうして彼女を突き放したの! 冒険者でしょ?」


「何よ! 冒険者でも自分の命が最優先に決まってるでしょ」


 セカンドたちも集まってきた。


「ファースト、大丈夫?」「ケガはなかった?」「無事で何よりね」


 皆、ヒメよりファーストのことを心配していた。


 わたしはヒメの亡骸を背負って歩くことにした。その分だけ歩きは遅くなる。

 だが誰も待ってくれなかった。皆、そのまま先へと歩いていってしまったのだ。


 もはや、わたしは目的地へ向かう気にはなれなかった。

 ヒメがこんなことになってしまったのだ。だから一刻も早く帰ろうと思った。


 ヒメの亡骸を背負ったまま引き返す。


 あまり進んでいないのに、時間はかなり経ったことだろう。

 それでもようやく泥濘(ぬかるみ)はなくなり、道らしい道になってきた。

 といってもここは森の中。草木が生い茂っている。


 矢が飛んできた。


 わたしの右足を掠った。傷口から血が垂れ落ちる。

 山賊? いいや、現われたのは仲間たちだった。

 遠い町で仕事を終えた皆が戻ってきたようだ。


 でも、どうしてこんな酷いことをするのだろう。

 ああ、そうか。理由がわかった。


「ヒメを見捨てたことをマスターに告げ口されたくないから、わたしを生かしておけないってことになったのね。マスターから嫌われるのが怖いんでしょ?」


 返事はない。図星だったようだ。


 殺気を感じたわたしの右手に、ふたたび白煙剣が生じる。白煙剣を振れば振るほど体が軽くなっていった。まるで矢による負傷も感じられないほどだった。そして序列上位のファーストからフィフスまでの五人を相手に、なんと勝ってしまった。彼女たちには軽傷を負わせてしまったけれど、回復薬ポーションを所持しているはずだから、たぶん問題ないだろう。





    ◇





 一人で戻ってきた。ヒメの亡骸をマスターに届けようとしたが、彼は見つからなかった。こんなときにどこへ行ったのだろう。ヒメの亡骸を渡すことができたのは翌朝だった。


 ヒメのことをすべて話した。ところがマスターはわたしに激怒した。何を言っても話がまったく噛み合わない。理由は簡単。ケガを回復したファーストたちがわたしに先回りし、マスターに嘘を報告していたのだ。わたしがヒメを見捨てたことになっている。わたしの話は最後まで信用されなかった。


 わたしはパーティーから追放された。

 しかしわたしの不幸はまだ終わらなかった。


 追放を言い渡されたこの場所は、とある都市国家の馬車ターミナル付近。所持金なんてない。馬車に乗るおカネもない。一人で旅立つことになったわたしは、国境ゲートを徒歩で越えることにした。


 国境ゲートの外で待ち構えている者たちがいた。ファーストたちだ。

 しかもトゥエルフスまですべての女メンバーがそろっている。

 皆、剣などの武器を構えていた。ファーストが言う。


「あんたのこと、入ってきたときからずっと気に入らなかったのよね」


 はいはい、追放リンチですか。


 彼女たちがわたしのことを嫌っているのは、ずっと前から知っていた。

 マスターにいつも特別優しくされていたからという理由も知っていた。

 だけどそのマスターから追放を受けたのだから、もういいのではないか?


 どうにでもなれ、という気持ちで白煙剣を右手に生じさせる。

 なんと……白煙剣を自由に出せるようになっていたようだ。

 これは皮肉にも彼女たちのおかげだ。


 すると誰かがやってきた。


「こんなところで喧嘩?」


「ちっ、邪魔が入ったか」とサード。


 ところが……。

 やってきたその人物は、セカンドの姿を見て言った。


「先輩?」

「あっ、あなたは……」


 二人は知り合いだったらしい。思い出話を始めだした。


 その人物とセカンドの会話を聞く限りでは、二人とも超有名な冒険者スクールの生徒だったらしい。二人は学年が違っても仲が良く、その人物はセカンドの妹分のような存在だったようだ。


 しかしセカンドは親が借金を抱えたため、途中で授業料を支払えなくなり、冒険者スクールを中退することになった。そのとき声をかけてくれたのがマスターとのことだ。


 そのあとはヒソヒソ話になったため、声はわたしの耳に届かなくなった。

 セカンドの元妹分は顔をあげ、わたしを憎らしそうに睨んでいる。

 さて、何を吹き込まれたのやら。そしてこう言ってきた。


「酷い人。ねえ、わたしと剣で勝負しない? こてんぱんにしてやるわ」


 まったく無関係な人と、どうして勝負しなくてはならないのだ。

 でも十二人にやられるより、一人にやられた方がずっとマシというもの。

 わたしはこう答えることにした。


「ぜんぶ終わりにしてくれるのなら」


 ファーストが首肯すると、セカンドも首肯した。残りの皆も首肯した。

 勝負の場所と時間について、元妹分がこう言い渡す。


「じゃあ決まり。今夜、闘技場で」


 そこにまた別の人物がやってきた。

 目つきの悪い大柄な男だった。

 その男は元妹分の仲間のようだ。


「おーい、ソードマスター。そんなところで何やってる?」


 元妹分はソードマスターなんて呼ばれているらしい。


「プリースト! 試合よ、試合。今夜、剣で勝負するの」


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