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第33話 アジトの地下牢


 チャオプは髪も肌も白色化した。

 半龍半人のチャオプが現われたのだ。


「やっと出てきてくれたか」


 彼女は無言の瞬きで首肯を表した。

 こっちのチャオプはどうも色っぽくて苦手だ。


「この布を切りたくて、わたしを呼びだしたようね」

「よくわかったな。話が早い。そのとおりだ」

「こちらのわたしには、もうひとり一人のわたしの記憶があるから」

「そっか。んで、切れるか」


 チャオプが力む。


「強い魔導が施されている。わたしの腕力では無理」

「なんだー。いまのチャオプでも無理かぁ」

「落胆するのはまだ早い。腕力では無理だと言っただけ」


 チャオプはくるりと背中を向けた。


 後ろに縛られている手――。

 オレはそれを見てハッとした。

 長くて鋭い爪が突きでている。

 スノードラゴンの爪だ。


 オレも後ろを向く。背中合わせになり、彼女の爪に布を引っかけた。

 布はスパッと切れた。さすがはスノードラゴンの爪だ。


 彼女は他の仲間たちの布も、順に爪で切っていった。

 問題は彼女本人だ。自分の手首まで爪は届かない。


「ここは俺に任せてくれ」


 タハーンがオレたちの前に出てくる。

 ずいぶんと自信ありそうだ。そんな彼に尋ねてみる。


「何をするつもりだ?」

「俺の剣があれば簡単なこと」

「いやいや、無いじゃないか。だって剣は……」


 地下牢に連れられてくる前に奪われたはずだ。


「あの剣は玩具のようなものだ。俺の特殊スキルを見るがいい」


 タハーンは深呼吸した。何も持たない両手を高くあげる。

 しかし振りおろしたときには何かを握っていた。

 布はスパッと切り裂かれ、チャオプが解放された。


「いまのって剣……?」

「幻妖剣だ。大抵のものは切れる」


 タハーンの手からふたたび剣が消える。

 おおおおお、これが彼の特殊スキルかぁ。

 なんかカッコイイぞ。


「さて、次だ。やることは決まってる」とタハーン。


 彼の目は牢の出入り口を見据えていた。

 オレはハッとし、念のため訊いてみた。


「まさか、タハーン。このアジトにいる匪賊の悪党たちを、さっそく皆殺しなんてことはないと思うけど」


「何を言っている? すぐやるに決まってるだろ」


 それはダメだ。


 誘拐された奴隷のフリまでして潜入した意味がなくなってしまう。ヤツらを確実に仕留めたいのならば、このアジトのことをきちんと把握しておく必要がある。


 タハーンに説明し、なんとか納得させた。


 まずは、牢内に捕らわれている人々に、話を聞くことから始めていく。しかしオレたちは胡散臭く見られているようで、なかなか相手にしてもらえず、聞き込みは予想以上に難航した。


 結局、いくつかの情報を入手できたものの、最も知りたかったことについては、誰からも回答を得られなかった。このアジトにいる匪賊の人数は不明。敵にどのような剣士や魔導士がいるのかも不明。これでは相手の戦力をいっさい把握できないままではないか。


 だが、有用な情報も得られた――。


 匪賊の幹部だという人物が、五日に一度ここにやってくる。

 そして牢内に拘束された者の中から数人を選び、連れ去っていくのだ。


「ならばここをブッ潰すのは、その幹部がやってくる日がいい」


 オレの意見にタハーンが首肯する。


「すぐ殺しに行かなくて良かったぜ。話は聞いてみるもんだな」


 ちなみに幹部の名はカモーイといい、三日前にやってきたらしい。

 すなわち次に来るのは二日後だ。それまで待たなくてはならない。



 ここに投獄されている者たちのほとんどが、ぐったりと横になっている。その中には死者も混じっているかもしれない。先ほど集めた情報によれば、長くここにいる入牢者ほど体が弱りやすく、ときどき亡くなる者も出るそうだ。死体が運びだされるのは、カモーイの来る半日前だと決まっているらしい。





    ◇





 二日後――。

 匪賊の幹部カモーイの来る日だ。



 まず監視員が地下牢にやってきた。

 牢内の死者を確認する。

 今回、死者はいなかったようだ。


 監視員は出ていった。


 そして半日が過ぎた頃、また何者かが地下牢におりてきた。

 顔全体を覆う兜を被り、鎧も着ている。数人の部下を引き連れていた。

 彼がカモーイに違いない。ならば、いよいよ……。



 カモーイは何も知らずにここへやってきた。

 これから殺されるなんて思ってもいないだろう。


 カモーイに手をかけるのはタハーンの役目だ。

 事前の打ち合わせで、彼が自ら名乗り出たのだった。



 カモーイの部下がオレたちの顔を確認していく。

 たぶん売りに出す奴隷を選定しているのだろう。

 さて、きょうはどんなタイプを連れていくつもりだ。

 美女か? 怪力男か? それとも魔導士や錬金術師のような特殊能力者か?


 カモーイは部下の仕事ぶりをじっと眺めていた。

 その背後でタハーンがニヤリとする。

 何も持たないはずの彼の両手に剣が生じた。

 一度目にしたことのある特殊スキル「幻妖剣」だ。



 あっと言う間のことだった。

 カモーイの首が落ち、床に転がる。


 タハーンはそれを顧みることなく、次々と部下を斬り殺していった。


 オレはこの男(タハーン)のことがなんだか少し怖くなった。いくら相手が誘拐を行なう匪賊の幹部だとしても、ヒトを殺すことにまったく躊躇がなかったからだ。


 もちろん彼は間違ってない。躊躇は自分の命を危うくする――冒険者スクールではそのように習ってきた。オレにしたって悪しき連中を屠るつもりでここに来たのだ。しかしヒトを斬り殺したあとで、そんな涼しい顔ができるものだろうか……。


 タハーンが天井を仰ぐ。


「カタキを討てたぞ! いや、まだだな……。皆殺しにするまでは、カタキを討ったことにはならない」


 彼の横目がオレを一瞥する。


「どうした? 顔が引きつってるぞ。怖くなったか。だったらやめておけ。無理する必要はない。汚れ仕事は俺がやる。すべて任せておけ」


「そういうわけには……。あのさ、オレたちのやろうとしてることって、正義なんだよな?」


「さあな。それについて、あーだこーだ語るのは好きじゃないが、正義ってものはそれぞれの心の中にあるんじゃないのか。だから人によって違うもんだし、人と比べるのも難しい。結果、社会的に間違っていることもあるだろう。じゃあどうするか? 自分の思ってる正義を信じて貫くしかない。少なくともそれで自分自身を納得させることができる」


 彼は背を向け、最後にこう言い残した。


「そんじゃ先に行ってるぜ。もう一度言うが、お前は無理するな。ここで解散だ」


 地下牢から走って出ていった。

 彼の目は生き生きとしていた。


「おーい、待たぬかぁ。ワシも行くー」


 ファランも彼を追っていく。


 オレはタハーンやファランの背中を、ただポカンと眺めていた。

 二人は階段を駆けあがり、視界から消えていった。


 オレにカモーイを殺す勇気があっただろうか。

 もしかすると殺すことにビビって何もできなかったかもしれない。

 きっとオレなんかに匪賊壊滅なんてできるわけがなかった。

 できもしないのにここに来たんだ。

 できもしないのに協力者を募ったんだ。

 自分を正確に把握できない口先だけの冒険者……。


「師匠、どうしたんだ。師匠らしくなく考え込んじゃって」

「うるせ、オレが考え込むとオレらしくないのかよ」

「少なくとも似合わない」

「お前だけには言われたくなかったぞ!」


 思わず大声を出してしまった。


「さすがはチャオプね。ラングに元気が戻ったわ」とムアン。


 チャオプは褒められて嬉しそうだ。偉そうに胸を張っている。

 その笑顔……なんだかすっげぇームカつく。



 とにかく前に進もうか。

 できるところまででいいさ。



「そんじゃ、タハーンに続いていこうぜ。なあ、我がリーダー」

「わ、わ、わ、『我が』って! 師匠の(我が)……わたし(リーダー)……。師匠のもの?」


 急に顔を真っ赤にするチャオプ。


「どうした、チャオプ」

「なんでもなーーーーーーい」


 彼女は両手で顔を隠しながら、逃げるように走りだした。

 ところが死体につまずき、すってんとコケてしまった。


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