第3話 夢の中のネコ耳少女
最後にアーチャーも自分のコテージに帰っていった。
中庭の四阿に残っているのはオレだけだ。
テーブルには四人分のケーキや飲み物が並べられている。
ニャーオ
シェムがオレに脛に絡みつく。
慰めてくれているのか? 優しい子だな。
でもオレは大丈夫だよ。
そう、大丈夫……。
自分にも言い聞かせた。
この程度で落ち込んでちゃならない。
オレはやるべきことをやる。
何があろうと諦めるつもりはない。このパーティーを島でトップにしてみせる。
オレには別に最終目標があり、トップになれないようでは達成なんて無理だ。
そのための努力は惜しまない。
たとえ特殊スキルがなくとも、戦力になれないわけではない。
仲間をうまくサポートすることで、魔物の殲滅に貢献できるはずだ。
悪しきものを滅ぼし、この世を平和にする。
―――オレにとっての最終目標は、闇の王に復讐すること――
この目標があるからこそ、いままで厳しい特訓に堪えてこられた。
くじけそうなときは、いつもそれを口にしていた。
闇の王への復讐がモチベーションになっていたのだ。
オレの半分は『シェムへの愛情』でできている。
残りの半分は『闇の王への憎しみ』だ。
◇
闇の王について聞いたのは七歳のときだった。
すなわち冒険者スクールに通い始めてから二年後のことだ。
冒険者スクールの校長から連絡があった。
オレの故郷ビエン村が滅ぼされたと。
生き残った村人はいなかったらしい。
村を滅ぼしたのは闇の王だという。
闇の王には謎が多く、正体は不明。
ただし人間でないことは確かなようだ。
闇の王に滅ぼされた町や村はいくつもあるという。
人類にとって最大の敵なのだ。
オレは連絡を受けて泣き崩れた。
冒険者スクールの校長は励ましてくれた。
人類の敵は優秀なソンクラム軍がいつか成敗すると。
このときオレは心に誓った――。
闇の王を倒すのはオレだ。
◇
祝賀会はなくなった。
その夜、夢を見た。
不思議な感じの夢だった。
一人の少女が出てきた。
彼女は何故かケモ耳だった。
つけ耳なのか本物なのかは不明。
サファイヤブルーの瞳が見つめている。
「おめでとう」
彼女が言った。
はあ? 何がめでたいのか。
思い当たることなどない。
彼女がまた言う。
「あなたには力があります。今後はピンチのとき、あなたの相棒が必ず助けます」
なんなんだ。相棒って誰のことだ。
夢の中で気づいた。これは夢に違いないと。
それにしても可愛い女の子だった。
◇
朝、目が覚めた。
夕べの夢について、まだ鮮明に覚えている。
夢の続きをもっと見ていたかった。
あの少女が出てきたからだ。
上体を起こすと、シェムが跳び寄ってきた。
両手を彼女の前足脇に添えて高くかかげる。
「おはよう、シェム」
シェムはミャーと返事した。
可愛いなあ。
彼女を抱きしめ、頭を撫でる。
「オレ、ヘンな夢見たんだ」
またミャーと返事がきた。
朝メシを食べに食堂へと向かう。
中庭中央の四阿を通っていった。
四阿のテーブルにはケーキが置きっぱなしだった。
結局、誰も手をつけなかったのだ。
寮の食堂にはもう仲間三人がそろっていた。
オレに気づいたプリーストが立ちあがる。
他の二人も立ちあがった。
彼らは三人で互いに目配せすると、オレの方へと寄ってきた。
そして思いがけないことを口にするのだった。
おはよう、と。
こっちから声をかけるつもりだったのだが……。
嬉しかった。「おはよう」と笑顔で返した。
プリーストが言う。
「きのうは悪かった。俺たちどうかしてたんだ。本来はスキル取得を失敗した仲間に対し、元気づけなくてはならない立場だったのにさ」
「わたしも謝るわ。ごめんなさい」とソードマスター。
「ウィザード、俺からも言わせてくれ。すまん」とアーチャー。
温かな気持ちになった。
やはり仲間はいいものだ。
「オレも言わせてほしい。召喚魔導に失敗したことについて、申しわけなく思っている。オレには特殊スキルがないし、基礎魔導だってまだまだ未熟だ。それでも魔導力を高めるために努力する。全力で皆をサポートしていくつもりだ。いっしょに冒険を頑張ろう」
オレはさらに努力し、頑張らなくてはならない。
皆のためであり、闇の王に復讐するためである。
「で、さっそくだけど」
プリーストは何やら話があるようだ。
「どうしたんだ、プリースト? やけに嬉しそうな顔だな」
彼は笑顔で首肯した。
「これから冒険に出るぞ。パーティーの単独冒険がやっと解禁になったからな」
えっ、これからすぐに?
あまりにも急すぎるのではないか。
でも気持ちはよく理解できる。
「わかった。食べたらすぐに支度するよ」
朝メシを急いで食べた。
道具庫から鞄と武器をとってくる。
ウィザードであるオレの武器は杖だ。
寮の出口では馬車が待っていた。
「プ、プリースト……。驚いたよ。馬車まで用意していたとは」
「さあ、乗ってくれ」
大きな馬車だった。しかし普通の冒険にしては立派すぎる馬車だ。
これは遠出するという意味じゃないのか? 初めての冒険なのに。
「御者もチャーターしたんだ」
確かに御者の姿もあった。
御者はプリーストと同様、ガタイのいい大男だった。
本来、冒険の計画や段取りは、リーダーのオレがやるべきだ。
しかし口を出せる立場にない。とりあえずプリーストに従おう。
できることならば、このままリーダーを代わってほしいものだ。
彼は普段からリーダーになりたがっていたようだし。
あっ、しまった!
とても重大なことを思いだした。
長旅となるのなら、鞄と杖だけでは足りない。
「ちょっと待っててくれ」
慌ててコテージに戻り、シェムを連れてくる。
彼女を残して長旅に出られるわけがない。
プリーストが顔をしかめている。
「猫は置いていけ」
「いや、それは無理だ。シェムはオレの命なんだ」
「はあ? 馬鹿なこと言うな」
するとソードマスターが、指でプリーストを突く。
「いいじゃない。だって……」
「そうだな。気にしないでおこうか」
プリーストはシェムの同行を認めてくれた。
だがソードマスターの『だって』とはなんなのだろう。
皆、馬車に乗り込んでいく。
最後にオレが乗り込むと、馬車は走りだした。
◇
馬車の中で二泊した。どこまで遠出するつもりなのだろう。
目的地を教えてもらったが、初めて耳にする地名だった。
まあ、冒険の経験を積めるところだったらどこでもいい。
きちんと無事に帰ってこられるのならば。
突然、馬車が停まった。
草原のド真ん中だ。ここが目的地なのか?
魔物なんて現われそうな感じではないが。
前方に別の馬車が停車している。
あの馬車は何をやっているのだろう。
もしや故障とかで、立ち往生しているのか。
向こうの馬車から人が歩いてくる。
こっちのガタイのいい御者と話を始めた。
二人はずいぶんと親しそうだ。以前から面識があったのか。
ガタイのいい御者がチラリと車両の中を見る。
同じくガタイのいいプリーストと目を会わせた。
プリーストの視線がオレに流れる。
「なあ、ウィザード。面白いものを見せてやる。それまで目を瞑ってくれ」
面白いものとはなんだろう。
彼の指示に従って目を閉じた。
そのままじっと待つ。
えっ?
後ろから羽交い締めされた。
振り向かなくとも、腕の太さでわかる。
プリーストの腕だ。でも何故?
かなり力が入っているので、ふざけているようには思えない。
オレは目を開けた。
アーチャーが正面に来て、オレの足を押さえ込む。
ソードマスターはシェムを捕まえ、馬車の外へと放り投げた。
「おい、何をするんだ! 許さないぞ」
ソードマスターがニヤリとしながら寄ってくる。
片足を振りあげ、オレに踵蹴りを食らわせた。
「いてっ、なんのつもりだ」
必死にもがいて抵抗していると、アーチャーからも蹴りがきた。
プリーストに羽交い締めされたままなので、しばらくやられ放題だった。
「お前ら、いま何をやってるのか、わかっているのかっ」
ゲボッ いまのアーチャーの蹴りは強烈だった。
「黙れ、無能のスキル無し! お前が悪い。お前が悪い。お前が悪い」
アーチャーに布で猿轡をかまされた。
縄のようなもので手と足も縛りつけられる。
さらには布で目隠しまでされてしまった。
なあ、オレたち仲間じゃなかったのか?
いっしょに魔物を倒すんじゃなかったのか?
なんだよこれは!
いくら特殊スキルを持てなかったからってさ。
いままでずっと信じてきたのによ……。
くそー、覚えてろ!
目隠しの状態で担がれ、どこかへ運ばれていく。
たぶん向こう側に停まっていた馬車に移されたのだろう。
プリーストの笑い声が聞こえる。
「ハハハハハ。お前は役立たずだけど、カネにはなるんだよな」
「しかも驚くほどの大金だぜ。これでミスリル防具が買えるぞ」
いまのはアーチャーの声だ。
続いてソードマスターの声。
「あなたはパーティー仲間を守るため、身を犠牲にしてトロールに殺されたってことになるの。ふふふ。ウィザードったらわたしたちの英雄様ね。これでパーティーに欠員が出たわけだから、新しいメンバーの補充がないかなあ。今度こそ特殊スキルをちゃんと持ったウィザードがいいわ」
「ソードマスター、アーチャー。俺たちはすぐ出発する。さあ、急いでくれ」
プリーストの声を最後に、辺りが静かになった。
仲間だったヤツらが、こっちの車両をおりたのだろう。
ガタゴトと音を立てながら揺れた。
オレを乗せた馬車が走り始めたようだ。