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第28話 <姉視点>


  කුකුකුකුකුකු  姉視点  කුකුකුකුකුකු



 話はずっとずっと遡る――。


 これは父から聞いた話だ。いまから十二年前のこと。

 わたしは五歳で妹は四歳だった。


 町医者だった父は治療中に誤って、旅の患者の片目を失明させてしまった。多額の賠償金を請求されたが、とても支払える額ではなかった。だが相手が悪かった。旅の患者は匪賊の幹部だったのだ。

 

 もしここがどこかの国に属していたら、問題は生じなかったのかもしれない。国であれば法律は整備されているだろうし、裁判制度も警察も軍隊もあるだろう。しかし現実として、ここは小さな町だ。治安維持はもっぱら民衆の良心に頼るしかなかった。


 したがって匪賊の幹部が相手ともなると、民衆は手を出せなくなる。

 そんなヤバいヤツらの横暴を、皆、見て見ぬフリしかできなかった。


 匪賊の幹部に目をつけられたのは、町では美しいと評判だった母だった。


 借金を抱えることになった父のため、母は匪賊に連れられて出稼ぎに行った。匪賊はカネを全額支払うまで戻さないつもりらしい。


 父は母が早く戻れるよう仕事に精を出した。医者としての仕事以外にも多数の副業を持つようになった。しかし現実的ではなかった。請求された金額にはとても及ばなかった。多くのカネを必要とする父に対し、ついには匪賊が仕事を斡旋するようになった。すべて匪賊の思う壺である。


 斡旋された仕事の内容は『誘拐』だ。人身売買の加担である。これが反道徳的な行為なのは承知のうえ。母を早く取り戻したいがため、父は悪に手を染めたのだ。


 誘拐の仕事において、初めのうちは匪賊の下っ端として雑用ばかりをしていた。だが分配金はあまり多いものではなかった。だから自分一人でその仕事をやり始めた。


 父はもともと中級魔導の使い手だった。それでも冒険者にならずに医者になったのは、戦闘を恐れたためだ。でも当時とは違う。場合が場合なのだ。ある特殊スキルを解禁することを決意した――医者の道へ進むにあたり、封印していたものだ。


 それは『魔物使い』としての特殊スキルだった。


 ところが久々に発動するスキルは、使い物にならなかった。最初のうちは子供のゴブリンくらいしか従わせられなかった。それでも努力に努力を積み重ねた結果、大きなオーガまでも操れるようになった。オーガを連れた父は無敵だった。さらには衰えていた中級魔導の力もほとんど取り戻していった。


 そして匪賊への支払金が賠償額の半分に達しようとしたとき、なんと母がひょっこり戻ってきた。はからずも匪賊から解放されたのだ。いまから四年前のことだった。


 しかし母は薬物漬けの廃人になっていた。美しかったときの面影はなく、実年齢より十は老けて見えた。匪賊から解放されたのは、このためだったかもしれない。おそらく彼女に価値がなくなったからだ。その十数日後、母は死亡した。


 一度染まった悪の道は、二度と引き返すことができない。

 それに母が返されても、支払金はまだ半分残っていた。

 次に彼らが目をつけたのは、わたしたち姉妹だった。

 彼らの目つきが怖かった。彼らの下卑た笑いが気持ち悪かった。


 父はわたしたち姉妹を必死に守ってくれた。

 しかし彼らのとんでもない要求を呑まなくてはならなくなった。


 罪のない人々の誘拐に関し、量も質もあげなければはならなくなった。

 いつしかわたしたち姉妹も、父を手伝いたいと懇願するようになった。

 もちろん初めのうち父は猛反対していたが、次第に現実と向き合っていった。


 父の仕事を手伝うことになってから、一年、二年、三年……と過ぎた。

 だいぶ度胸がつき、要領も良くなった。段取りにも工夫を重ねていった。

 気づいてみれば、ここ一年、失敗したことはなかった。


 きのうまでは……。



 その日もいつものように、馬車の車輪を道端の溝に填め込んでおいた。オーガの力があれば、造作もないことだった。父とオーガは、少し進んだ先で草木の茂みに身を隠した。この状態で馬車の通行を待つのだった。


 しかしやってきたのは馬車ではなかった。三人組の歩行者たちだった。


 この道を馬車に乗らずに歩いて通るとは珍しい。

 何はともあれ獲物が来てくれたのだ。しめしめ。


 にやけそうになる顔を引き締めた。

 彼らの前に姿を見せる。

 できるだけ困った顔をした。ただし自然に。


 獲物の三人組というのは、猫を抱えた男、帽子女、童女。

 こっちに歩いてくる彼らに頼み込む。


「すみません。力を貸してもらえませんか」


 三人組はわたしたちの馬車を見ている。


「そこの馬車、あなたたちのものですか」


 かかった!


 猫男の問いに、姉妹そろって「「はい」」と返事する。

 説明は妹に任せた。


「山麓の町に帰る途中、このとおり馬車が動かなくなっちゃって」

「溝にハマった車輪をあげればいいのかな。喜んで手伝うよ」

「助かるわ。ありがとうございます」


 わたしもいっしょに頭をさげた。

 彼らとともに車両を持ちあげる。


「師匠! 男のくせに非力だな」

「うるせー。魔導士ってのはなあ、そもそも肉体労働はしないもんなんだ。むしろチャオプのような龍騎士こそ、肉体労働向きだと思うぞ?」


 彼らの会話の内容を聞き逃さなかった。

 魔導士と言った。龍騎士とも言った。


 魔導士ねえ……。もし上級魔導士だったら危険だ。

 それから龍騎士というのも危険な感じがする。

 大丈夫だろうか? うん、きっと大丈夫。彼らはまだほとんど子供だ。

 上級魔導士であるはずがない。龍騎士というのも冗談っぽい。

 

 けれども確認は必要だ。それを怠ってはならない。

 襲撃前のとても重要な仕事なのだ。油断は命取りとなり得る。


「ごめんなさい。決して聞き耳を立てるつもりはなかったのよ。でもさっき聞こえてしまったので……。あのう、そちらにいるは龍騎士様なの?」

「えへんっ。いかにもわたしは龍騎士様だ」

「まあ! 龍騎士様なんて、伝説の中だけに登場するものだと思っていたわ」


 もしかして本当に龍騎士? だとすればこの作戦は即刻終了だ。

 隠れている父に合図を送らなければならない。

 ところが、すかさず猫男が明かしてくれた。


「でもドラゴンがいないんで、龍騎士なんて名ばかりだ」


 龍騎士なんて名ばかり……。

 なーんだ。焦って損した気分だ。早くそれを言ってほしかった。


 いやいや、まだ安堵はできない。

 この猫男の魔導の実力は如何ほどなのか。


「あなたは魔導士様というお話のようだけど、その魔導で馬車を動かせないものかしら」


 さあ、この猫男。どう答える?


「無理無理無理。師匠は初歩魔導しか扱えないから」


 童女が猫男に代わって答えてくれた。

 初歩魔導しか扱えないなんて最高だ。

 返り討ちに遭わないどころか、高値で売ることができる。


 きょうはツキがある。帽子女もかなりの美人だ。

 そっちの童女だって顔立ちがキュートだから、その手のマニアには高値がつく。


 そうそう、最後に帽子女の正体も確認しなくてはならない。

 まさかの上級魔導士だったらすべて台無しだ。


「ところで、あなたはどんな冒険者様なの?」

「わたしは冒険者じゃないわ。冒険者に同行しているだけ。なんの特殊能力もない一般人よ」


 よっしゃー!



 何も知らない彼らの手を借り、車輪を溝から抜くことに成功。

 さあ、ここからだ。この獲物たちを逃すわけにはいかない。

 父の隠れているところまで、しっかり同行する必要がある。


 当初の計画では馬車二台でいっしょに進むはずだった。

 しかし彼らは馬車に乗ってこなかった。

 ならばわたしたち姉妹の馬車に乗せてしまおう。


「おかげで馬車を走らせることができるわ。もし山麓の町へ向かっているのなら、この馬車でいっしょにどう?」

「オレたちも乗せてくれるのか。それはとても助かるよ」

「そうだ。山麓の町に着いたら、ぜひわたしたちの家に来て」


 彼らはわたしたち姉妹の罠にハマってくれた。

 馬車が発進。父の隠れているところへと進んでいく。


「きゃあ! 賊よ、賊」


 父が現われた。ちゃんとオーガも連れている。


「おい! 皆、馬車からおりろ」


 父の悪役ヅラにはいつも笑わせられる。

 それから声。もう少しドスの利いた声は出せないのかしら。

 迫力がイマイチなのよね。


 わたしたち姉妹は怯えるフリをしながら馬車をおりた。

 あとから三人の獲物たちもおりてきた。


 父がガハハハと笑う。


「いまからお前らは俺の所有物だ。逆らったら命がないと思え」


 ところが獲物たちはあまり動じていないようすだ。

 あまりにも突然すぎため、眼前のことが把握できていないのか。


「あんなこと言ってるぞ、師匠。痛い目に遭わせてやろう!」


 この童女ったら馬鹿なの? オーガに勝てるとでも思ってるの?

 わたしがちゃんと認識させてやらなくちゃならないのかな。


「もう無理よ。こうなっては逆らわない方が賢明ね。ドラゴンのいない龍騎士、初歩レベルの魔導士、それと一般人でしょ? どう考えても勝ち目なんかないわ」


「それはどうかしら?」と帽子女。


 えーーーーーーーーーー!


 帽子女も頭がおかしい人なの?

 さっき一般人だって言ってたでしょ。


 父も呆れている。


「お前ら、もしや馬鹿なのか。ならばこれを見て、泣き叫ぶがいい!」


 どうやら父は得意魔導『煉獄の炎』を見せるようだ。

 これを見ればさすがに恐怖を抱くだろう。


 ほら見たことか。童女が震えている。

 可哀想だけど、大人しく誘拐されるしかないのよ。


 ところがヘンだ。


 童女のようすがおかしい。全身が真っ白になっていく。

 顔も半分別人のようだ。子供っぽさがなくなった。

 冷ややかな目……もはや炎も怖がってなさそうだ。


 童女がヒューっと息を吐く。

 真っ白な息は『煉獄の炎』を吹き消した。

 しかも二度までも。


 なんなの、いったい?


 次は猫男の番。彼の体から風が生じた。白みを帯びた半透明な風だった。

 いいや、風というより空気の塊と言った方がいいかもしれない。

 なんとなくネズミの形をしていた。


 空気の塊はオーガの巨躯を吹っ飛ばした。どれほどの衝撃なのかは見当もつかないが、オーガが即死だったのは間違いなさそうだ。


 父が逃げていく。


 なんなの、この人たち……。


「あのう、あなた方はいったい?」

「冒険初心者と一般人よ」


 嘘でしょ。


 そういえば、彼らにヘンな約束をしてしまった。

 この馬車で彼らを町まで送らなければならない。

 家にも連れていかなければならない。



 こうして我が家に泊めることになった。

 ああ、こんなことになるなんて。




   කුකු කුකු කුකු කුකු




 レストラン&バーから帰ってきた彼らは酩酊していた。

 都合のいいことに、寝つくのもかなり早かった。


 その夜、父と娘の三人で家族会議を始めた。

 父は彼らに憤慨していた。可愛がっていたオーガを殺されたからだ。

 だから彼らをただで返すつもりはなかった。


 いま彼らは熟睡している。チャンスだ。

 しかし猫男と童女は危険すぎる。さすがに手は出さない方がいい。

 ならばターゲットは帽子女となる。彼女は一般人だ。


 せめて彼女だけでも誘拐して売りに出すことにした。


 眠っている帽子女を『隠し部屋』まで運んできた。

 この帽子女は何故か寝ている間も帽子を被っている。

 気になったので帽子を脱がせてみる。



 あっ!



 一瞬、体が震えた。

 ふたたび帽子を被せる。


「どうしたの?」妹が問う。


 わたしは首を横に振った。


「なんでもないわ」


 妹には黙っていよう。驚かせてはならないような気がしたのだ。


 さて、朝になったら、また一芝居を打たなくてはならないだろう。

 猫男や童女の前では、帽子女の失踪について知らないフリをする必要がある。

 そのときには注意が必要だ。落ち着きすぎても騒ぎすぎても怪しまれる。



 わたしたちが話し合っているうちに、帽子女が目を覚ましてしまった。

 議論の声が大きすぎたか。でも構わない。足はちゃんと重りに繋がれている。


「あなたたち、これはいったいどういうこと!」


 帽子女が騒ぐ。それでもわたしたちは彼女を無視した。

 経験上、じっと無視していれば、やがて大人しくなるのだ。


 実際、すぐに静かになった。

 というよりも早すぎる。諦めの早い人だ。


 しかししばらくしたのち、彼女は突然声をあげるのだった。



「きゃっ」


 なんだろうと思い、振り返ってみる。

 帽子女の膝にネズミが乗っていたのだ。


「きゃあああああ」「ネズミぃー」


 妹とともに悲鳴をあげてしまった。

 姉妹そろってネズミが苦手なのだ。


 ネズミを見据えながら小首をかしげる帽子女。


「もしかして、あなたラング?」


 ネズミは膝の上で後方宙返りをして見せた。


「やっぱりラングだったのね」


 帽子女はそう言うと、信じられない行動をとった。

 膝の上のネズミをパクッと口に入れたのだ!



 わああああああああああああ



 衝撃的なほどグロい光景を目にしてしまった。


 イカレている……。気持ち悪くないのか。

 わたしは吐き気を催した。


 実際、帽子女はすぐに口の中のネズミを吐きだした。

 ネズミが床に転がる。



 このとき不思議なことが起きた。



 ネズミが次第に大きくなっていくではないか。

 そしてなんと! 一糸まとわぬ人間の男と化した。



「変質者!!!!」



  කුකුකුකුකුකු  姉視点終わり  කුකුකුකුකුකු


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