第2話 期待されていた過去
「ああああああああああああああああああ!」
せっかくの召喚魔獣が……。
もう、どうしてくれるんだ。
信じられない。
現れてすぐに丸呑みなんて。
咀嚼すらしなかったよな?
あのネズミ、なんのために現われたんだよ。
とにかくこれでオレの人生は台無しだ。
怖い顔をシェムに向ける。
「めっ!」
彼女はミャーオと鳴いた。
もちろん反省など見られない。
遊んでほしがっている無邪気な顔。
…………かわいい。
駄目だ。これ以上は叱れない。
オレの負けだ。思わず頬ずりしてしまった。
さて、最後の試みは終わった。
石の神殿をおりていく。
階下ではパーティ仲間たちが待っていた。
「召喚魔獣は?」
最初にきた質問はやはりそれだった。
シェムが丸呑みしたとは言えない。
彼女が恨まれてしまうからだ。
それで「失敗した」とだけ答えた。
仲間たちの口から溜息が漏れる。
皆、踵を返していった。
実は仲間たちに話があった。
だけど失敗したあとでは、言いだしにくい。
それでもちゃんと言わなくては。
前々から内緒で準備してきたんだし。
彼らの背中に呼びかける。
「待ってくれ。オレはこんな結果になっちゃったけど、このパーティーは明日から単独で冒険に出られるだろ? オレを最後に全員が齢十五になるんだもんな。そういう意味で記念すべき日だ。実はさあ、きょう祝賀会を開こうと思って、ずっと前から準備してたんだ。皆ケーキは好きだよな。ちゃんと人数分の用意があるんだ」
三人とも振り向きもせず、そのまま行ってしまった。
◇
この大きな島には約三百もの都市国家が存在する。
オレの故郷『ビエン村』はどの国にも属していなかった。
しかしそこは小さいながらも、周囲の国々から注目されていた。
これまでに多くの有名な魔導士を輩出してきたからだ。
魔導村などという異名までとるほどだった。
そのため神託の儀式の際、多くの国からスカウトがビエン村を訪れたものだ。
優秀な魔導士の素質がある子供たちは、そのときに青田買いされる。
オレもそうだった。
いまから約十年前のこと――。
当時五歳だったオレは、村の儀式で神託がくだされた。
魔獣召喚という特殊スキルを得るだろうと。
魔獣召喚といえば最高魔導の一つとされている。
だから周囲からの期待は半端なものではなかった。
その神託により拍手喝采を浴びた。村人たちは驚愕しつつ喜んでくれた。
将来どんな魔獣を呼びだすのか、と多くの人々から注目された。
そんなオレを好条件で競り落としたのは、軍事都市国家のソンクラムだった。
さっそくオレは親元を離れ、ソンクラムに移り住むことになった。
ビエン村からソンクラムまでは長い道のりだった。
まだ五歳のオレにとって、この移住は期待よりも不安でしかなかった。
ある場所で馬車が停まった。同行している老婆とともに下車。
乗車していた間、この老婆とは一度も会話がなかった。
老婆に連れられて、眼前の大きな建物に入る。
さらに建物を抜けたところに、広い中庭があった。
中央には花壇に囲まれたオシャレな四阿がある。
その向こうに建っているのは四軒のコテージだった。
いままで無言だった老婆が、ここで初めて口を開く。
「到着しました。左から二番目のコテージがあなたの部屋となります」
「ええと、ところであなたはいったい……」
「ここの寮母代理です」
それをどうして早く言わなかった?
いまの寮母代理の口調から、オレは子供ながらに確信した。
ああ、彼女は子供嫌いなんだなと。
四阿で誰かが手を振っている。
それを見た寮母代理が言う。
「夕食については彼らに聞いてください」
彼女は踵を返していった。
本当に無愛想だ。
オレは四阿へと歩いていった。
「ようこそ。話を聞いているわ。あなたがラングね?」
少女が興味深そうな目で見つめている。
オレは首肯で返した。
他にも大きな少年と痩せた少年がいる。
三人ともオレと同い年だった。
皆、笑顔で迎えてくれた。
将来はこの面子でパーティーを組むことになる――そう教えてもらった。
この決定については否が応でも従わなければならない。
翌日から通う冒険者スクールによる指示だったのだ。
オレたち四人は皆、将来を有望視されていた。
冒険者スクール内ではエリート集団扱いだった。
だからこそ一人一人に立派なコテージを与えられた。
ちなみに一般の生徒たちは、粗末な長屋を寮としている。
このパーティーにはこんな役割の仲間がいた――。
・ウィザード
オレのことだ。なんとパーティーのリーダーに指名されてしまった。
ただしリーダーなんて名目だけ。
・ソードマスター
のちに『美しすぎる女剣士』などと言われるようになる。
・アーチャー
なかなかのイケメン。父親も有名な弓使いらしい。
・プリースト
やんちゃで困るが実質的なリーダー。彼だけが地元ソンクラム出身だ。
成人したらこのメンバーで冒険することとなる。入れ替えは認められていない。
オレたちはいつの間にか役割名で呼び合うようになった。
◇
話は戻る。
あっという間に召喚魔獣を失ったオレだったが、落ち込んでいる暇はなかった。
祝賀会の準備をしていたのだ。サプライズとするため、ずっと内緒にしてきた。
明日、オレが齢十五に達するのを最後に、仲間の全員が成人したことになる。
プロの冒険者パーティーとして正式に認められるのだ。
もちろんこれについては、メンバーの『特殊スキルの有無』は関係ない。
ああ、いよいよ明日から冒険に出ることが許される。
しかも冒険に出ている間、冒険者スクールの授業は公欠扱いだ。
むしろ積極的に冒険へ出ることが推奨されている。
待ち望んでいた冒険の旅……。
皆、さぞかしワクワクしていることだろう。
リーダーなんて望んでなったものではないが、なったものは仕方がない。
もちろん肩身は狭い。しかしリーダーは強ければいいというものではないはず。
仲間をまとめ、仲間を引っぱり、仲間のために尽くすことが大切なのだと思う。
皆のためにケーキも用意しておいた。
たまにはリーダーらしいことをしたかったのだ。
ケーキといえば超贅沢品だ。きっと喜んでくれるに違いない。
寮に戻った。
四阿のテーブルにケーキやジュースを並べる。
それから各コテージを回り、仲間たちを連れだしてきた。
皆の顔を見回す。
「オレたち明日から冒険に出られるね。それでいまから祝賀会を開こうと思うんだ」
オレは両手を大きく広げて見せた。
だが皆、シーンとしている。
「ほら、ケーキもあるんだぜ。さあ、みんな早く座った、座った」
するとプリーストがテーブルをドンと蹴る。
「何が祝賀会だ。ふざけんな」
「ホントくだらない。恥ずかしくないの?」
プリーストとソードマスターが、それぞれのコテージに帰っていく。
残ったアーチャーがオレに言う。
「皆がどれだけ怒っているのか、いいかげん気づけよ。お前のせいで俺たちの夢はブチ壊しだ。この島でトップのパーティーになることを目標に、皆で頑張ってきたんじゃないか。お前みたいな『特殊スキル無し』がメンバーにいるのは、とんでもなく不利なことなんだぞ。パーティーメンバーの入れ替えは、残念ながら認められていない。国やスクールの方針だからな。こんなことになっているのに、お前はどうして笑っていられるんだ!」
そりゃ、わかってるさ。よくわかってるよ。
特殊スキルを得られなかったオレが悪いって。