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第100話 おわり


「やーだよっ」




 オレは『村の意思』に対して言ってやった。

 大地が小刻みに震えている。



「どうしてだ……。なぜ拒否する」


「何度も言わせるな。仲間ムアンを殺せるわけがない。

 生まれた村よりも、仲間が優先に決まってるじゃん」


「この地を継ぐためには、村のカタキ討ちが必要なのだ。

 罪深き化け物には報いを受けさせなければならない。

 さもなければ、ここに残った村民の心が穏やかになれない」


「村なんて継がねえよ。誰が継ぐものか」


「この故郷が滅んでしまうのだぞ」


「故郷? そんなもん知ったこっちゃねえ」


「な、なんてバチ当たりなことを!」


「行こうぜ、ムアン、ムタ、ルアンナ、

 チャオプ、イリガ、それからシェム」



 こんなところにいつまでいたって仕方がない。

 オレは馬車の方へと歩いていった。



「ま、待て……。どこへ行く」

「とにかくここを出るんだ」


「行ってはならない。お前が去ってしまったら、

 誰が村を継ぐというのだ?」


「さあね。またあとから誰かが来るんじゃないのか。

 ビエン村からはたくさんの子供が連れられていったんだ。

 そのうち一人くらいは帰ってくるだろ」


「お前でなければならない。

 見たところ立派な召喚魔導士になれたようだ。

 お前なら最悪の化け物と対等以上に戦えよう。

 我々のカタキが討てる。

 お前にはビエン村を継ぐ資格がある。

 村を復興させてくれ」



 オレは歩く足を止めた。

 ふう。あんまりこういうことは、言いたくないが……。



「あのさ、勘違いしてないか。

 まだ子供だったオレを、よそに売ったんだろ?

 それで村にどのくらいのカネが入ったんだ?

 しかも五歳のときだぞ。五歳!

 親元から離れることが、とても恐怖に感じる年齢だ。

 なのになんだよ。勝手すぎないか?」




 ソンクラムに連れられていくとき、人々からは名誉なことだと言われた。

 その後、ビエン村が滅ぼされたことを知らされたのは、七歳のときだ。

 どうしようもないほどのショックを受けて、わんわん泣いたっけ。

 それからは闇の王を倒すことが、子供ながらに人生の目標となった。


 それでも成長しながら、少しずつ考えるようになった。

 オレにとってビエン村とはなんなのだろうと。


 枯れた泉の谷で闇の王を倒したとき、

 (実際には闇の王ではなかったが……、)

 なんとなくあっさりとした気持ちだった。


 そこには冷めた自分がいたのだ。

 長年の目標を達成できたのに何故だろうと、

 不思議な気持ちになった。

 そんな自分のことが理解できなかった。



 でも、いまさっき理由がわかった。



 なぜならここは故郷なんかじゃないからだ。心から故郷だとは思えないのだ。

 たまたまここで生まれただけ。故郷なんて名ばかり。形のうえだけだ……。

 両親の顔もあんまり覚えてない。だいたい一度も会いに来てくれなかったし。

 それどころか、いまは『村のために売られた』という怒りすら湧いてきている。


 そう、事実として村から出された。オレは村に捨てられたんだ。


 なのに……村を継げ? カタキを討て?

 じゃあ、どうしてオレを村から出したんだよ。

 それってオレに頼むことか? オレに託すことか?



 いまさら いまさら いまさら いまさら いまさら いまさら いまさら……




「いまさら頼んだって遅いんだよ。オレは継がない。

 もう関係ねえし。お前ら『村の意思』とやらが、

 勝手にどうにかすればいいことだ。


 オレはお前らのカタキを討たない。

 お前らにできなかったからって、オレにやらせるなよ。

 ムアンはオレの大切な仲間だ。殺せるわけがない。

 殺すのならお前らがやってみろよ。

 オレはムアンを守って、返り討ちにしてやるけどな!」



「な……なんと……」



 何を驚いていやがる。

 当たり前のことだろ。

 これが自然な反応だろ。



    *



 前校長のもとへと歩いていった。

 彼はまだ体がよく動かないらしい。

 樽に体重をかけ、どうにか立っている。


 ムアン、ありがとよ。

 前校長コイツをここに連れてきてくれて。


 オレはじっと睨みつけた。



「ずっとオレを騙してきたんだよな。

 故郷を滅ぼしたのは闇の王じゃなかった。

 それどころか、アンタの指示、アンタの仕業だった。

 ぜんぶぜんぶアンタが元凶だった。


 まあ、いまは故郷を滅ぼしたことに恨んでるわけじゃない。

 でも悔しいよ……

 『枯れた泉の谷』の要塞のこともアンタの嘘だったじゃないか。

 嘘、嘘、嘘。本当に嘘ばかりだ。オレを馬鹿にして!」



「待ってくれ。『枯れた泉の谷』のことだけは言わせてほしい。

 あれが闇の王だというのは、確かに嘘だった。

 しかしその組織が、ソンクラムの人々を……いいや、

 全世界の人々を苦しめていたのは、事実なんだ。

 それだけは本当だ。あれが最悪の組織だったのは間違いない」


「その組織が最悪だったかどうかに興味はない。

 ただアンタはオレを利用するために、

 闇の王の名前を連発してきた。

 多くを嘘で固めてきた。最低な男だ」



 前校長が震え、怯えている。



「俺を殺すのか」


「騙されてきたことには腹が立つ。めちゃくちゃ腹が立つ。

 でもそれを理由に殺しはしねえよ。オレはアンタを殺さない。


 アンタが命乞いすべき相手は、ムアンだろ? ムタだろ?

 アンタはムタを利用し、ムアンを闇の王に仕立てあげた。

 そのため二人は、いまでも懊悩する日々を送っている。


 オレ、不思議に思ってるんだ。

 どうしてムアンは自爆未遂する前に、

 アンタを殺さなかったんだろうって。


 きっと優しいから、殺せなかったんだろうな……。


 ああ、ムアンとムタのために、オレが代わってやりたいよ。

 いまそれをグッと堪えてるんだ。殺すのを我慢してるんだ。

 アンタにはスクールで感謝すべきこともあったから。


 だけど、ここまでだ。きょうを最後に、

 二度とオレの前に姿を見せるな!」




 前校長に背中を向け、ムアンのもとへと歩く。



 ムアンの正面に立った。

 オレと初めて会ったときの姿ではない。

 いまは本来の姿……。やや小柄な少女だ。



「ムアン。お願いだから自分を責めないでくれ。

 お願いだからオレの手をとってくれ。

 またムアンといっしょに楽しく旅がしたいんだ……」



 しかし小さなムアンは首を横に振る。



「あなたに故郷への思い入れがなくなったとしても、

 わたしがあなたの生まれた土地を滅ぼしたのは事実。

 わたしは村のカタキ。人殺し。罪深き化け物。

 ごめんなさい。あなたとともにいる資格はないの」



 資格がないってなんだよ。ムアンが勝手に決めるなよ。

 オレはムアンがどっかの村のカタキでもいいんだ。

 ムアンが人殺しだろうと化け物だろうと構わないんだ。

 だってさあ…………。


 さっきムアンがやってみせたように、オレも首を横に振った。

 さらにはワザと笑ってみせた。



「資格ならあるだろ? 忘れたとは言わせねえぜ」


「何よ。なんのこと」


 ムアンが小首をかしげる。


 わからないのか、ムアン?

 覚えているはずだぜ。


「ムアンはさあ…………

 酔っ払うたび、あるいはからかうたび、

 しょっちゅうオレに言ってたじゃん。

 お姉さんに(、、、、、)なってあげる(、、、、、、)って」



 本当に姉のような存在だったんだよ。

 ルアンナと同じく、オレの姉なんだ。

 資格としては、じゅうぶんすぎるだろ?


 ムアンは「あっ」と口を開けた。



「自分で言ってたこと、思い出してくれたか?」

「…………」



 何も言えないでいるムアン。



「カタキじゃない。ほら、お姉さんだろ?

 もっともっといっしょに旅がしたいんだ。

 弟のワガママを聞いてくれよ!」


「でもそれは……」



 オレは恥も外聞もなく、大声で叫んだ。




「ムアーーーーン! オレはお姉さんがほしいんだ。お姉さんがほしい。お姉さんがほしい。お姉さんがほしい。お姉さんがほしい。お姉さんがほしい。お姉さんがほしい。お姉さんがほしい。お姉さんがほしい。お姉さんになってほしい!!!」




 息が切れた。声がかれた。汗をかいた。

 やっぱりちょっとだけ恥ずかしかった。


 ムアンがうなだれる。

 前髪で顔を隠している。



「嘘よ」

「嘘じゃない」

「理解できない」

「できなくても真実だ」



「どうしてわたしを殺さないの?」

「オレが弟だからだ」


「どうしてわたしを憎まないの?」

「オレが弟だからだ」


「どうしてわたしを嫌わないの?」

「オレが弟だからだ」


「どうしてわたしといてくれるの?」

「オレが弟だからだ」


「わたしは世界の敵よ?」

「オレはムアンの弟だ」


「わたしは人類の敵よ?」

「オレはムアンの弟だ」


「わたしは呪われるべき存在なのに」

「オレはムアンに弟にされる存在だ」


「わたしほど罪深い化け物はいないわ」

「オレほどムアンの弟に相応しい人物はいないぜ」



 ムアンの肩が小さく震える。



「どうして……どうしてラングは……そんなに優しいの」

「何度でも言ってやる。オレがムアンの弟だからだ。お姉さん大好きっ子なんだ」

「…………」



 震えが大きくなった。

 だらりと俯くムアン。


 とうとう泣きだした。


 溜まったものが一気に破裂したように、声をあげて泣いた。

 こんなムアンを見るのは初めてだった。


 まったくお姉さんっぽくない。

 小さな小さな女の子だ。


 オレは彼女の頭に手を乗せ、胸元に引き寄せた。



「たまにはこうして、弟の胸の中で泣くのもいいもんだろ?」



 小さな頭がコクリとうなずいた。



「だけどこれは“貸し”だぞ。あとでお姉さんに、百倍甘えさせてもらうからな」



 ムアンはしばらく泣きやまなかった。

 どれくらい長く泣いただろうか……。



 ようやく涙も泣き声も枯れ果ててしまったようだ。




「なあ、ムアン。オレたちさあ、

 いままでのように仲の良い姉と弟でいられるよな?

 ううん、間違えた。いままで以上に」 



 胸元からムアンの頭が離れた。

 彼女が顔をあげる。


 涙の跡は消えていない。

 目の周りが真っ赤だ。



「本当に……本当にわたしが傍にいてもいいの?」

「ムアンがいないとダメなんだ。オレ、駄目な弟だから」



 彼女は微妙なくらい小さくうなずいた。



「わかったわ……」



 いま『わかった』って言ったよな。

 オレの聞き間違いじゃないよな。



「ホントに?」

「ええ、あなたのお姉さんになってあげるわ」



「やったぁーーーーーーーーーーーーー!」



 ムアンが微笑む。

 オレも笑い返した。


 彼女はオレの頭に手を乗せた。

 さっきとは真逆だ。



「ラングは甘えん坊さんね」



 姉の手は温かかった。





「師匠ぉーーーー」



 背中に体重がのしかかった。

 オレに乗っているのはチャオプだ。


 なんだ、コイツ……。

 まだ話の途中だというのに。



「師匠はお姉さんが欲しかったのか。な……ならば、

 わたしも……お姉さんになってやってもいいぞ?

 よし、仕方がないなあ。きょうから師匠のお姉さんだ。

 弟のために楽しく旅を続けてやる!」


「なんだよ、その強引な流れは。

 てか、弟が師匠ってなんだよ」



 体が軽くなった。背中のチャオプをシェムが剥がしとったのだ。

 シェムは前方から抱きつき、オレの胸元に頬をすりすりしてきた。



「わたしが我が主(わがあるじ)の一番のお姉さんになります。

 好きなだけ甘えてください。好きなだけ甘えさせてあげます」


「いやいや、お姉さんはそんなにたくさん要らないから」

「なります! わたしがお姉さんになります!」

「お姉さんって言うんだったら……。そろそろ敬語をやめないか?」




 今度はルアンナがやってきた。



「わたしはずっと前から、ラングを可愛い弟だと思ってたわ」



 知ってた。



「オレもルアンナを優しい姉のように思ってきたし」




 距離を置いて眺めていたのはイリガだ。

 そのイリガもこっちに寄ってくる。


 オレはいったんシェムを引き剥がし、イリガに向いた。

 イリガの足が止まる。



「わたしはこういう流れは嫌い……」



 うんうん、正常だ。

 やっぱりまともな子だ。



 どてっ。



 オレは前のめりに転んでしまった。

 犯人はシェムとチャオプだ。そろって同時に背中に乗ってきたのだ。

 二人で押し合いながら、背中に顔をすりすりしている。


 この伏した恰好のまま顔をあげる。

 イリガはオレを見おろしているが、話の続きがあったようだ。



「……だけど、その……小さな子供の頃から、実は弟が欲しかった」

「おいおい」



 まさかイリガまで?



「そうやって土下座までされると……姉になることについて考えざるを得ない 」



 これ土下座じゃねえし。


 イリガは言うだけ言って、赤面しつつ走り去ってしまった。



 ほふく前進しながら、背中の二人を振り落とす。

 なんとか立ちあがると、ちょうどムタがいた。

 ムタと目が合う。


 彼女は身を縮めながら首を左右させた。



「絶対にイヤ……」



 オレ、まだ何も言ってないんだけど。

 ただお姉さんという言葉、最もしっくりくるのが彼女だ。


 その外見の人物が、何度オレに「お姉さん」という一人称を使ってきたことか。

 酔うとしょっちゅう「お姉さん」「お姉さん」って言ってたよな。

 ただ、こんな姿でも中身は別人だ。彼女はムアンではない。


 ムタが怯えるように後退する。


 そんなムタを姉のルアンナが背後から受け止めた。



「ほーら、ムタ。あなたがイヤなんて言うから、

 弟が寂しそうな顔になってるじゃない?」



 オレの顔をじっと見つめるムタ。



「じゃあ……きょうだけ」



 まさかのOKが出た~。

 さすがは実姉ルアンナの力。



 バチンっ



 いてえ。

 誰かがオレの背中を叩いた。

 叩いたのはまたチャオプだ。



「ムタが少し心を開いてくれたみたいだな。

 良かったじゃないか、師匠……じゃなくて弟のラング」


「何が良かっただよ! まったく皆……悪ふざけばっかり」



 でも良かったよ。ありがとう。



 無邪気な顔をこっちに向けているチャオプ。

 オレに飛びかかるタイミングをうかがっているシェム。

 優しい眼差しで包み込んでくれているルアンナ。

 こっちを気にしながらチラチラと視線を送っているイリガ。

 少し心を開きかけているムタ。


 そして泣き虫なお姉さんのムアン。



 オレは思いっきり声を張りあげた。



「皆、お願いだ。今後もいっしょに旅を続けてくれ!!!」




 仲間たちとともに馬車に乗り込む。

 さあ、出発だ。





「待て、村の子よ。行くな」



 村の意思とかいう声だ。

 まだ言ってるのかよ。


 あんなものは無視だ、無視。

 無視に決まっている。



 オレたちは村を離れていった。

 もちろん前校長も置き去りだ。




 きょう、オレにはたくさんのお姉さんができたみたいだ。

 なんと六人もいる。ちょっと増えすぎだよな。



 馬車がガタガタ揺れている。

 誰かが耳元で囁いた。




「ねえ、愛弟ラング。次はどこへいく?」




―― 完 ――




 最後まで読んでくださりまして

 本当にありがとうございました。


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