三十六話 騎士団員視点
外が騒がしくなってから2時間ほどが過ぎた。
今のところ街の中に魔物が入ってきていないので、なんとか持ちこたえているらしい。
王都からの救援があとどれくらいで到着するのか分からないが、それまで持ち堪えてくれよ。
祈るような気持ちでそう思っていると、妹が震えた声で窓の外を指差した。
「お、お兄ちゃん、あれ」
俺たちが今いる部屋は街の道がよく見える。
そして、そのよく見える街の道の真ん中に狼の魔物が一匹確認できた。
「まさか、防衛線が崩壊したのか!?」
いや、いくら冒険者と騎士が魔物を食い止めているからと言っても一匹くらい街の中に入ってきてもおかしくはないか。
見たところ侵入してきた魔物はウルフで間違いないだろう。
ウルフ一匹くらいなら街に入られてもそう被害は無いだろうし、他の強力な魔物にでも気を取られていてウルフの侵入を許したんだろう。
流石に防衛線が崩壊したわけがない。
そう思っていたが俺の口に出した予想の方が的中していた。
騒がしかった金属音は悲鳴や叫び声にかき消された。
聞こえて来るのは門の方向。
防衛線、なのか?
「大丈夫だ。大丈夫」
悲鳴と叫び声を聞いてビクッと身体を跳ね上がらせ、恐怖に怯えているエレナを抱きしめる。
横目で窓から外の様子を見る。
門から近いこの場所はすでに数匹の魔物が確認できる。窓から覗いただけで数匹確認できるという事は、しっかりと確認すればもっと多くの数がいるんだろう。
これだけの魔物が街に侵入したなら残念だけど認めざるを得ない。
恐らく防衛線が崩壊したか、崩壊が近いか。
街に侵入した魔物は、家の扉を体当たりでこじ開けたり、窓を破ったりして家の中に侵入してくる。
魔物が侵入した家からはすぐに悲鳴が聞こえてくる。
「お兄ちゃん、逃げた方がいいんじゃない……?」
「そうだな。とりあえず家を出よう。俺の近くから離れるなよ」
「うん」
魔物がこれ以上増える前に逃げるため、俺たちは家の外に出る。
何処へ逃げればいいかなんて分からない。だが、とにかく門から近いこの場所からは離れた方がいい。
剣を抜き、周りにいる魔物がいつ襲ってきてもいいように準備をする。
幸いと言っていいのか分からないが、他の住民も逃げ出そうと家から出てくるので全ての魔物が俺たちの方へ向かってくると言うことはなさそうだ。
エレナをかばいながら街の中心部へ向けて移動を開始する。
周りではなんの武器も持たない住民が魔物に襲われている。
魔物に襲われながら助けを求める住民を無視して走る。自分の安全すら確保できないのに見ず知らずの他人を助ける余力などあるはずがない。
走って移動していると、前からウルフが飛びかかってくる。
「お兄ちゃんッ!!」
前に踏み込み、ウルフの腹部めがけて剣を振る。
「大丈夫。問題ないって」
絶命とまではいかずとも腹部に致命傷を負ったウルフがそれ以上襲ってくることはなかった。
少し崩してしまったペースを戻して、走ろうとした時、後方から今までに聞こえていたよりももっと大きな悲鳴が聞こえてきた。
その悲鳴と共に何か大きな足音も聞こえるような気がする。
振り返ると、狼の魔物が住民を切り裂き、嚙み殺し、そして先の尖った氷の造形物を放ちながら迫ってくる。
ウルフと同じ狼型の魔物だがその大きさは比べ物にならない。大型犬程度のウルフに比べて、この氷魔法を使っている狼は三メートルをゆうに超えている。
「エレナ! 走れ!」
エレナの手を離し、少しでも時間を稼ぐために剣を構える。
たかが俺程度ではどうにもならないことは、理屈ではなく本能で理解できる。見ただけでも自分より遥かに強いということも。
だが、それでもこのまま二人揃って死ぬよりは少しでもエレナが生き残れる確率の高い方がいい。エレナが生き残る確率が少しでも上がるなら命をかける価値がある。
「だめ、だめだよ!
お兄ちゃんじゃ勝てない!」
「そんなこと分かってんだよ! 早く行け!」
「私だって戦える! 魔法だって使える。だからせめて一緒に——」
「駄目だ! そんな事したって無駄だ! 早く逃げろ!」
エレナと言い争っている間にも白い狼の化け物が近づいてくる。
時間がない。
「私、一人は嫌だよ……」
「———ッ」
家族を失って一人になる。
両親を失ったから、家族を失う辛さは分かっているつもりだ。エレナにとって俺が最後の家族と言うことは、両親を失った時よりも辛いのかもしれない。
だけど、それでも俺は生きて欲しかったな。
時間切れだ。
「グルァァァァァアアアアアア!」
「来いよ化け物! ここより後ろには何があっても行かせねぇ!」
妹を守る為に、勝ち目のない戦いに挑む少年。
英雄の物語が今ここから始まる——わけがなく、突如として十数メートル上空に出現した数本の氷の剣が一瞬で落下し巨大な白狼を串刺しにした。
「……え?」
「多分この魔物ですよね、街の外にいた冒険者さんたちが言ってたのって」
「ホワイトウルフと言っていましたから間違いないでしょう。この魔物なら短時間で作った防衛線など簡単に突破できますしね」
俺の目に男女の二人組が映る。
こんな化け物をたった一瞬で……
言葉を発せずにいると、後ろにいたエレナが口を開いた。
「ま、ま、魔法使いのお姉さん!」




