十八話 ミア視点
「ミア様、冒険者の方が一人来ました」
「いい加減にしなさいよ! いったいこれで何人目だと思ってるの!?」
私はシスターを怒鳴った。
聖女の仕事はできないけど、少しでもイオンの役に立つために私から申し出た治療の仕事。
最初はイオンの役に立てて、私も頑張ってる感が出る簡単な仕事だと思った。
実際、最初は簡単だった。
教会で魔物と戦って怪我をした騎士団員や冒険者、魔物に襲われて怪我をした民間人を無償で治療するだけ。
王都に侵入した魔物はすぐに討伐されるし、騎士団員や冒険者は常日頃から戦いに身を置いているからこんな王都周辺でそう簡単に怪我をしたりはしない。
一番最初は一日に二十人ほどの人間が治療を受けに来た。
聖女の資格を持っている私は魔力量も多かったし、魔力が回復するスピードも早かった。だから一人で二十人に治療魔法を使っても苦ではなかった。
だけど、治療を受けにくる人数は日に日に増加。
今日なんてまだ昼を回ったくらいなのにもう、100人以上の治療をした。いくら私でもこの人数を治療するのはとても辛い。
そして、治療に来る人数よりも私をイラつかせたのは冒険者だ。
「うっ……腕を切り落とされてしまって、治療をお願いできますか?」
腕を切り落とされた。足を切り落とされた。腹をえぐり取られた。お腹に穴が空いた。
治療を始めてから日が経つごとに重傷を負う冒険者が増加していっている。
魔物との戦いは慣れているはずなのに、何故ここまで重傷を負うのよ! 自分の実力くらい把握しなさいよ!
まさか、私に治してもらえるからって実力に見合わない魔物と戦ったんじゃないでしょうね。
「私だって無限に魔力があるわけじゃないのよ! なんで貴方達はそうやって何度も何度も重傷を負ってくるわけ? 冒険者には学習能力ってものが無いのかしら?」
「す、すいません。何時もなら普通に勝てる相手だったんですが、何故か身体が思うように動かなくて……」
重傷を負って来る冒険者は必ず決まってそう言う。何が身体が動かなかったよ。自分の実力が分かってないだけじゃない。
あーあ、こんなの治療したってどうせすぐ死ぬんだから今回で死んどけばよかったのに。
「それは貴方が実力を把握出来てないだけでしょう? そんなことでよく今まで冒険者をやってこれたわね?」
「い、いえ……本当に、身体が、動かなかった……」
ぼとっ
若い少年はくっつけてもらうために持って来ていた自分の腕を地面に落とす。
見ていてもわかるほどにフラフラしているから意識が朦朧としているんだと思う。
切り落とされている腕から血が落ちる。
はぁ…汚いわね。汚すんじゃないわよ。
「ミア様! 早く治療を! 腕をくっつけるために包帯を巻いた程度でなんの治療もされていません! このままでは大量出血で死んでしまいます!」
腕など損傷が大きい場合、超高度な治療魔法技術を持つ人間以外は一度治療されてしまった腕をくっつけることは不可能。
だからこの冒険者は応急処置もせずに来たらしい。
「うるさいわね。そんなに大きな声で言わなくても分かってるわよ」
私は冒険者の少年の顔をよく見る。
ベテランの域には程遠そうな冒険者。王都周辺の魔物討伐でここまでの重傷を負うようなら私が治してもどうせすぐに死ぬわね。
遅かれ早かれ死ぬのなら今ここで死んでも変わらないわよね。
あぁ、強いて言うなら貴方を治療しない方が私の負担が軽くなるわね。
私はそう思ってこの冒険者と私の負担を天秤にかけた。
当然天秤は私の負担の方に傾く。
この冒険者に私が疲れている中わざわざ治療魔法をかける価値はない。
えーと、名前なんだったかしら?
「そこのシスター、私は疲れたから今日はもう治療はお休み。明日からは重症者は一日十名までしか治療しない。分かったわね?」
「な、何を言っているんですか!? 今すぐこの冒険者の治療を!」
シスターの言葉と同時に冒険者の少年がうつ伏せに倒れる。
「黙りなさい。私が決めたことよ。
それじゃ、死体は処分しておいてね」
「……お、おねがい……しま、す……」
「あぁ、まだ生きてたの?」
貴方には疲れている私がわざわざ治療魔法をかける程の価値が無かった。
恨むなら無価値な自分を恨むか、髪飾りのことも言わずにこの国を出て行ったお姉ちゃんを恨んでね?
そもそもお姉ちゃんが髪飾りの件を伝えるか、結界と加護を維持したまま王都を出て行けばこんなことにはならなかったんだから。
「……この、くに……を、まも、り……」
「イオンが騎士団を総動員して対策をとってくれているのよ? 貴方程度いてもいなくても大差ないわよ」
それから冒険者の少年が言葉を発することは無かった。
それにしても、なんで私がこんなに大変な仕事をしなくちゃいけないの?
本当ならイオンと楽しいデートを毎日して、少しの魔力を髪飾りに流すだけで聖女と言われる幸せな日々になるはずだったのに……