十五話 イオン視点
「殿下! イオン殿下!」
執事であるルファルスが大声で叫びながら私の寝室のドアを開けた。
「おい、ルファルス! ノックもなしに私の寝室に入るとは何事だ!」
私はルファルスを怒鳴りつけた。
ノックがないこともそうだが、一体何時だと思っているんだ。もう日が回っているんだぞ。
ただでさえミアとのデートの後に予定にない仕事をさせられて気分が悪いと言うのに。
「も、申し訳ありません!」
ルファルスはすぐに膝をつき頭を下げた。
「はぁ……まぁいい。長い付き合いだ、今回のことは忘れよう」
ルファルスが王城で執事として働き始めたのは私が生まれるよりもずっと前らしい。
私が生まれてからは、私の専属の執事になり毎日のように仕事を完璧にこなしてくれている。身の回りの世話だけでなく仕事のサポートまでしてくれるのだから本当に優秀だ。
こんな優秀な執事なのだからちょっとくらいのミスは許そう。だが、そもそもルファルスがノックをし忘れるなど本当にあるのだろうか?
「ルファルス、何があった? お前が冷静でなくなる程のことがあったんだろう?」
「はい、殿下。殿下のご命令で王都周辺の魔物を騎士団に討伐させていました……」
「それは知っている。続きは?」
続きを話すように促すととても言いにくそうにしながらルファルスが口を開いた。
「討伐に参加していた騎士団長が……戦死致しました」
なん、だと……
あまりの驚きに言葉が出なかった。
騎士団最強戦力が戦死?
聞き間違いではない、よな。
「……他に被害は?」
「傷を負ったものが数人おりますが今のところ戦死の報告が入っているのは騎士団長のみとのことです」
「そうか……」
騎士団長を殺せる程の魔物が出たということは騎士団にも決して小さくはない被害が出ていると思ったが、杞憂だったか。
騎士団の被害が騎士団長だけだったことに少し私は冷静になることができた。
他に被害がなかったということは騎士団長と魔物が相打ちになったか、騎士団長が魔物に致命傷を負わせたことは間違いないだろう。
魔物は生きていれば間違いなく人を襲う。他の騎士団員に死者が出ていないなら恐らくそのどちらかで間違いないだろう。
だが、それにしても今回の作戦は最近王都によく侵入する魔物の討伐がメインだったはずだ。最近王都に侵入していたのはゴブリン、ウルフ、コボルド。どれも普通の大人が何か武器を持って真剣に戦えば問題ないような魔物ばかりだ。そんな魔物に騎士団最強の男が負けるはずがない。
一体何がいた?
「騎士団長を殺した魔物は何か分かっているのか?」
「はい、近くにいた騎士の報告によるとオーガだったとのことです」
オーガ、か。
確かに強い魔物ではあるが騎士団長が負けるとは思えない。
「それは変異種か何かか?」
「はい、騎士の報告では赤い肌をしたオーガだったとのこと。体長は三メートル程とのことです。
騎士団長との戦闘後、森の中に消えて行ってしまったそうなのでそれ以上の情報は……」
「そうか、赤い肌か」
普通のオーガの肌は緑色。変異種とみて間違いなさそうだな。
……ん? 待て、森の中へ消えて行った?
「おい、ルファルス! 騎士団長は赤いオーガと相打ちになったのではないのか!?」
「いえ、相打ちにはなっておりません。騎士が見た限りではオーガの身体には傷一つなかったと」
「では何故その場に居た騎士が無事なんだ!?」
「騎士団長を殺した後、赤いオーガは残った騎士を嘲笑うような表情をしてから森の中に入って行ったそうで、他の騎士は襲われませんでした」
魔物が人間を襲わなかった?
ありえない。
ゴブリンなどの下級の魔物が高ランク冒険者を襲わないという話は聞いたことがあるがそれは、ゴブリンでも勝てないと理解しているからに過ぎない。
森を縄張りとしている魔物が街まで来て人間を襲うことはほぼないが、森の中で出くわせば確実に襲われる。
騎士団長に無傷で勝てるような魔物が他の人間を襲わないなど……ありえない。
……現時点ではただの気まぐれと思うしかないか。
「ルファルス、全騎士団員を全て引き上げさせろ。全騎士団員を魔物の討伐ではなく、王都の警備に当てろ。王都に近づこうとする魔物を一匹たりとも見逃すな。
それと、必ずベテランの騎士を含めた五人以上のグループを作って警備に当たれ。赤いオーガに遭遇した場合一人を報告に回し、残りで足止め。出来ないなら全員撤退し、全騎士団員で迎え撃て。
一応同じことを近隣の街にも伝えておけ」
とりあえず、当分の警備はこれでいいだろう。
もし今後も王都周辺で姿をあらわすようなら早急に討伐隊を作る必要があるだろう。
危険な魔物を野放しにはできない。遅かれ早かれ討伐隊は作る必要があるが準備をできるに越したことはない。できればもう少しの間森の中にとどまってもらいたいものだ。