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第一話 らぶらぶ道!

安定は情熱を殺し、不安は情熱を高める。――マルセル・プルースト

「あの、良かったら……つ、付き合ってください!」


 校舎の裏で、男子の声が響く。向こうの木の裏で、私の友達がくすくすと笑う声が聞こえた。おいおい、なにコソコソ見てんの、あんたら。大事な、“私への”告白だってのに。盗み見すんな!


 ま、でも、もちろん答えはOKだわ。こんな機会、そうそうないもの!


「い、いいわよ……私も、あんたのこと嫌いじゃないから……」

「本当ですか、エミさん――いや、エミ!」


 エミ――とその男子が名前を呼んだ瞬間、私は若干胸のあたりに違和感を覚えたが、細かいことは気にしない。折角告白されたのよ。今度こそ私、らぶらぶカップルを目指すんだから!


「君のそのぱっちりとした二重まぶた、ツンと立った鼻、触りたくなるようなピンク色の唇。イルミナカラーで綺麗に染め上げた銀髪のロングヘア―。君のどれもが美しくて――きれいだ」

(キモッ――)


 なんだこいつ、告白がオーケーになったら急に饒舌になっちゃって。――まあ、わ、悪い気分じゃないけど。私の容姿を褒めてくれる男子に悪いやつはいないわ。


「ありがとう。ええと、なんだっけ――」

「リョージ、リョージって呼んでくれ!」


 そう言って、彼は私の手を握った。冷たくて、水分の少ないカサカサした手だ。

 ――大丈夫。手がカサカサしてたって、関係ないわ。大事なのは見た目じゃない、中身よ。私は、人間の心をまっとうに評価できる、いい女なんだから!


 そう言って私はリョージの手を引っ張り、校舎裏から出た。その瞬間、木の裏でくすくすと笑っていた友達が三人、顔を出して、ヒュー、ヒューと私を冷やかした。

 ふふ、これよこれ。これで晴れて、私はらぶらぶ道を歩むのだわ!



 ***



 ハァ――私はため息をついた。

 机に、ぐしゃぐしゃの「二年B組だより」を広げる。毎回、先生が配っている配布物だった。

 高校生にもなって、なにが「だより」よと思わなくもないけど、先生の書くコラムがおもしろいので、私はいつも丁寧にファイリングしている。今だって、カバンの中にちゃんとしまってある。


 つまり、ぐしゃぐしゃに丸められていたそれは、私のものではないのだ。それは――


 リョージのものだった。


 この紙は、リョージがぐしゃぐしゃに丸めて投げつけてきたものだった。広げてみると、裏面に文章が書いてある。


 “二度と俺に近寄るな、ブス!!!!!”


「どうしたのエミ、また溜め息?」

「カオリ――」


 後ろからカオリに話しかけられた。カオリは付き合って二年目の彼氏がいる、人生の勝ち組だ。放課後はいっつも彼氏と帰っていて、カラオケだの、満喫だのと狭いところでいちゃいちゃこらこらしているらしい。

 なんだそのきれいな茶髪のショートカットは! 大きな胸は! それでいてすらっとしたプロポーション。小柄の癖にそれをすべてポジティブの方向に活かしきってやがる!

 許せん!


「なんでエミはいつも、私を鬼の首を取ったように睨むの? この前彼氏できたんじゃ?」

「いやさ、これ見てよ」


 私は机の上に広げていた紙を指さす。カオリはそれを見て大爆笑した。こ、こいつ――


「ちょ、少しくらい慰めてくれたっていいじゃない! 友達でしょ!」

「だってエミ、そんなきれいな見た目してんのに、ブスって! 今度はなにをどうしたらそんなこと言われんのよ。しかも彼氏に!」

「え、いや、それは――」



 ――少し前の、ある日の学校帰り。


 私とリョージは、駅の近くの商店街を一緒に歩いていた。繋がる手はびっしょりと手汗がにじんでいる。彼が握ってきたのだ。彼の手は相変わらずカサカサしている。

 お互いほとんど会話もなく、寂れた商店街を静かに歩いていたが、唐突に彼は私に叫んだ。


「なあ、エミ。ちょっとカラオケ寄らないか?」

「カラオケ! いいわね!」


 カラオケと言えば――私は歌がそこまで得意じゃないし、普段はあまり行かないけど、今回は男子と二人という絶好のシチュエーション。これを逃す手はない。

 私のラブリーチャーミングなポリリズムを披露するしかないわ!


 ――しかし、受付を済ませて、二人で扉に入ると、リョージは豹変した。


「なあエミ――ちょっといい気分じゃないか?」

「いい気分って何よ……セブンイレブン?」

「そうだな、二人でコンビに――なっちゃう?」


 そう言って彼は私の胸に手を乗せてきた。そういうことか――理解した刹那、私の奥底に眠っていた胸の違和感が、瞬時に爆発した。私は電モクを掴んで、リョージの空っぽそうな頭蓋骨目がけてぶつけた。

 彼は、ひぎい――という声を立てて私を突き飛ばす。


「痛い! なんだよ、胸を触っただけじゃないか!」

「触っただけですって――国宝級の私の胸を! あんたのそのカサカサな手、貧相な髪の毛! あなたは――人間枯れ木よ!」


 人間枯れ木よ!


 人間枯れ木よ!


 ――私の大声は、カラオケの店内に響いた。

 たまたま同じカラオケ屋にきていた同級生が、私の罵声を聞き付けて、それを友達の間で拡散したようだ。次の日から私の彼氏は、色んな人から人間枯れ木とバカにされていた。


「――それで怒った彼が、この紙を投げつけてきたってわけだね」

「ええそうよ。ねえ、これ別に私悪くなくない!? 悪くないよね!?」

「悪くないけど――ぷぷ、やっぱおもしろ(笑)」


 くっ、こいつ。他人事だと思って、まったく、こっちは災難だっつーの。

 あいつ、私の悪口も触れ回ってるみたいだし――もうこの学校じゃ彼氏無理かなあ。


「返して、私のらぶらぶ道――」

「なんだっけ、らぶらぶ道って。ええとぴゅちゃ――」

「ピュアっピュアなイチャイチャでラブラブロマンちゅっちゅ! ――祖母の遺言よ。そろそろ覚えて」

「……言ってて恥ずかしくないの?(笑)」


 恥ずかしいけど――子供のときにたくさん遊んでくれたおばあちゃん。繰り返し言ってくれたわ。女の夢は、らぶらぶ道に尽きるんだって。

 ――でも、おばあちゃん、もうくじけそうだわ。

 男には煙たがられて全然仲良くなれないし、たまに告白されてもすぐ別れるし――全然ピュアな恋愛なんてできそうにない。もう、出会い系に頼っちゃおうかしら。ピュアから程遠いけど、真剣に付き合ってくれそうな男はいそうだ――


「そういえばさ、エミ。あそこはいったの?」


 カオリが笑い終わって、とぼけた顔で言ってきた。


「なに、どこ」

「え、知らない? この高校の――恋愛部」


 ……? え? 今なんて? 恋愛部?

 部活か?


「いやさ、私もよく知らないんだけど、人の恋愛を助けてくれる部活らしいよ。うさんくさそうだけど……」

「え、いいじゃん。行く。なに、どこ? 放課後、連れてってくんない?」

「いいよ、確か曜日が決まってるはずだけど――」


 そう言ってカオリはスマートフォンを取り出して、何か文字をうっていた。多分メールだろう。ポヨン、と音が鳴った。何よ今の音。スマートフォンまでかわいい音たてちゃって。

 カオリはとても学校内で顔が広い。学年どころか、クラスメイトの名前すら覚えきっていない私とは対照的だ。腹立つ。


「あ、今日やってるみたいよ」

「へぇ~、何今の、下僕?」

「違うよ! 友達に聞いたの!」

「よし、行くよ!」


 カオリは、立ち上がる私を、「今はまだ昼休みでしょ!」と言って止めた。

 うう、うずうずする。恋愛部。いったい何者なんだ。私のらぶらぶ道を本当に手助けしてくれるというのか!


 ゴーン、と、昼休み終了のチャイムが鳴った。私は窓を眺めながら、自分の運命の人を想像していた。

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