無価値な彼女と無関心な僕の物語。
頑張って描きました。よろしくお願いいたします。
僕の名前は白石亮。
僕には小さい頃から人の頭の上に数字が見えていた。
初めてその数字の意味を理解したのは中学二年生の頃だった。
中二の頃に担任の先生にかなり低い値が出たことがあり、その先生は麻薬取締法違反で捕まった。
その時に初めて、僕はその数字が何かを表していることに気がついた。
そうして辿り着いた結論は、その数字は人の価値であるという事だ。
ちなみに、この価値は人生を通して、例えばノーベル平和賞をとるであったりなどのキャリアや実績に応じて決められる。
これは不変的なものでこの価値の値が高ければ高いほど社会的地位も高くなる。
これを利用して、僕は大学や高校で片っ端から価値の高い人間とのコネクションを作った。
僕はその最強のコネクションを使い、わずか齢25にして営業部長にまで上り詰めた。
現代社会においては人脈は大きな武器となり得るのだ。
人生は順風満帆だった。
だが、たったひとつ問題があるとすれば僕に本当の意味での友人がいないことだ。
コネクションは僕の出世のための道具であり、友人ではない。
僕は孤独だった。でも、それを苦痛に感じたことは無い。
昔から否が応でも人を価値で判断しなければならない、使えるか使えないかのどちらかしかないそんな状態で人と接してきた僕は正直、友情とか愛とかが理解できなかった。
人間なんてチェスの駒と変わらない。そんな歪んだ思考をした僕の前に彼女は現れた。
僕と彼女が出会った日は土砂降りの大雨で風も強く、普通なら外に出ないような荒天だった。
そんな日に僕はコンビニへトイレットペーパーを買いに行った。
その帰り、近所の公園をちらりと見ると一人の女性がベンチに座っていた。
普段なら素通りだっただろう。
でも、僕はその女性に目が釘付けになってしまった。
それは美しいからとか綺麗だからとかではない。
彼女の頭の上には数字がなかったのだ。
僕の人生でレアケースとしてゼロというのは見たことがあるが無表示というのは一度もなかった。
僕は彼女に深い関心を持った。そして、我慢できずに彼女に声をかけた。
「あの、どうされたんですか?」
できる限り、優しい振りをする。すると彼女は俯いたまま
「帰る場所がない....どこへ行けばいいかも分からない」
と泣きそうな声でボソボソと答えてくれた。
僕は彼女の正体を暴くためにさらに一歩踏み込んだ。
「なら、うちに来ますか?」
彼女は驚いたようで「いいん......ですか?」と消え入りそうな声で僕に言った。
「えぇ」と僕はできるだけ爽やかに答えた。つもりだった。
そうして差し出した手を掴んだ彼女の手はびっくりするくらい冷たかった。
僕の家に上がった彼女に、僕はまずシャワーを浴びさせた。
自分の部屋をびしょ濡れにされてはかなわない。
僕の部屋は4LDKのタワーマンションで都内の一等地に立っている。
部屋には最低限のものしか置かれておらず、いかにも男の一人暮らしという感じの部屋だ。
彼女がシャワーを終えて、用意しておいた服に着替えて出てきた。
改めて見ると、彼女は端正な顔立ちをしている。
サラリと伸びた黒髪にシュッとした鼻筋、目は少しトロンとしている。
背は170くらいだろうか僕とあまり変わらない。
「どうでしたか?温まりましたか?」
「はい......ありがとうございました」
彼女は少し目を伏せ、声を震わせて
「どうしてですか......?」
と聞いてきた。
全く面識のない男から急に家に招待されたのだ。警戒して当然だ。
僕はできるだけ不信感を抱かせないように
「困っている人を放っておけないんです」という在り来りな答えを返した。
彼女が信じたかどうかがわからなかったので、話をそらすために本題を切り出した。
「ところで、あんな雨の中何をしていたんですか?なにか事情があるんですか?」
と聞くと、彼女は
「ごめんなさい、何も思い出せません。両親の顔も自分の名前すらもわからないんです」
僕は頭を抱えた。これは俗に言う記憶喪失ではないか。
これでは正体を探るも何もあったものでは無い。
だが、このまま路頭に迷わせて行方不明になるよりは手元に置いておいた方がいいのではないか。
僕はそう判断して、決断した。
「なら、記憶がもどるまでうちに居ますか?」
彼女は驚いたような様子で僕の方をじっと見ている。
「乗りかかった船ですし、このままじゃ生活の目処も立たないでしょう?なので、記憶を取り戻すまではここにいても構いませんよ。休みの日なら僕も家族の捜索とかを手伝いますし......」
言い終わらないうちに、彼女は堰を切ったように泣き出した。
僕は柄にもなく、彼女の背中をずっとさすっていた。
こうして僕たち二人の同居生活が始まった。
1ヶ月後。
だいぶ彼女との生活にも慣れてきた。
この1ヶ月、僕は彼女の記憶への手がかりを探し続けた。
顔写真を警察に送り、行方不明者のデータベースに照合したり、情報を集めたりしたが、全て空振りだった。
流石に1ヶ月で手がかりゼロというのはなかなかきついものがあった。
そういうわけで名前もわからなかったので便宜上「リサ」と呼んでいる。
ちなみに、リサはかなり優秀だった。
料理だってお手の物だし、洗濯や掃除なども高水準でこなす。
これに関しては、本当に助かっている。
最近は、よく笑っているのも目にするし、そこまでここも居心地が悪い訳では無いのかもしれない。
そんな日々を送るうちに、案外、彼女と過ごすのも悪くない。
そう思い始めていた。
ある日のこと。
僕は彼女と一緒に夏祭りに来ていた。
どうしてこんな事になったかというと、彼女が夏祭りがあるという僕の何気ない発言に対して
「夏祭り......なにか重要な記憶が目覚めそうです....!」
と言ったので、鼻で笑い一蹴したが、その後もしつこく夏祭り夏祭りと言うので連れてきたのだ。
全く、まるで小学生みたいなやつだ。
だがまぁ、暗く沈んでいるよりは幾分かマシだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、部下とばったり出くわした。
「どうも、白石部長。こんばんは」
「やぁ、川越くん。君も祭りに来てたんだね」
「そうなんです。僕の家がこの辺なので」
それだけ言って少し間を開けたあと、彼はチラチラとリサを見て
「えーっと、そちらは部長の彼女さんですか?」
と恐る恐る聞いた。
何が怖いのだ。さっぱり理解ができない。
とはいえ、リサのことを説明するのは面倒だ。
ここは川越くんの勘違いに乗っかろう。
「あぁ、僕の彼女のリサだ。彼女がお祭りに来たいって言ってたから連れてきたんだよ」
彼女は驚いたような表情をして下を向いてしまった。
そんなに嫌だったのだろうか。後で謝らなければなるまい。
「なんか意外ですね。部長って淡々と効率を求める現実主義者ってイメージだったので…...あ、でもそういえば、最近はなんか丸くなったって女子社員達が噂してましたね。なるほど彼女さんの影響ですか」
と川越くんは一人で納得していた。
そして満足そうに笑って手を振って人混みの中に消えていった。
「いい部下をお持ちなんですね」
「あぁ、私には勿体ないくらいさ。ところで先程は嘘と彼氏だと嘘をついてしまってすまなかったね」
僕は深々と頭を下げた。
「え、あぁそうですね」
謝ったが彼女はまだ怒っている。
しょうがないので、近くにあったクレープ屋を指さし「食べますか?」と聞くと目を輝かせて頷いた。
チョコバナナクレープを食べ終わる頃にはすっかり機嫌も直っていた。
そうして祭りをある程度楽しんだ僕らは家に向かって二人で歩いていた。
すると、彼女はおもむろに口を開いた。
「亮さん」
「なんですか?」
「私、記憶が戻らなくてもいいかもしれません」
「どうして?」
「さぁ?なんででしょう?」
彼女はイタズラっぽく微笑んだ。
人間と本気で向き合ったことの無い僕には難しすぎる問いだった。
だが、不思議なことに僕も同じことを考えていた。
どうしてだろうか。僕はまだこの感情を言語化することは出来なかった。
結局僕は「わからないですね」と曖昧に笑い、彼女と家に帰った。
その日は綺麗な満月だった。だが、その分僕らの影はいつもより濃く写し出されていた。
コンコンコン、時計は深夜12時、こんな夜遅くに誰だろうか。
そう思って寝ぼけ眼でドアを開けるとそこには白衣を纏った男性が数名たっていた。
明らかに普通ではない。僕は震える声で
「どちら様?」
と聞いた。
「我々はある国の研究職員です。ここにARW-54があると聞いて回収にきました」
ARW-54?そんなもの一切覚えがないし、聞いたこともなかった。
「うちにはそんなものないと思いますが?」
「そうですか。隠すというのであればそれ相応の手段を取らせていただきます」
そう言うと彼らは僕に拳銃を突きつけた。
どうせ偽物だろうと思ったがここで違和感を覚える。
こいつらどうやってここまで登ってきたんだ?
一度下で認証しないと入れないはずなのに......
急に目の前の銃に現実味が増す。
足が震えてガクガクしている。
どうか勘違いでありますようにそう天に祈った。
しばらくすると、拘束されたリサが男達に連れられて出てきた。
その目は完全に怯え切っていた。
僕は堪えきれずに叫んだ。
「おい、その娘に何をする気だ。お前が探していたのは、ARW-54とかいうものじゃなかったのか?」
すると白衣の男は少し呆れたように僕を見た。
「なんだ、何も聞かされていないのか?こいつは私たちが開発したアンドロイドだ」
言葉はわかるが脳が理解しようとしない。
「将来的にこいつらを奴隷のように働かせれば労働力の問題も一挙に解決だ。こいつはその労働型アンドロイドの中で唯一の成功品だったのに逃げ出しやがったのさ、全く」
なるほどそういうことか、彼女に価値が表示されなかった理由は単純に人ではなかったからだ。
俺の目ではモノの価値を見ることは出来ない。
直ぐに受け入れることはできなかったが、そう考えると全ての辻褄が合う。
「全く、世話をやかしやがって。研究所から脱走して男に匿ってもらうとはな、GPSも自分でジャミングしてたのか機能しなくて探すのに苦労したぜ。」
そういうと白衣の男は彼女の髪をつかみ前後に揺らした。
「機械の分際で、人間のようにとか夢見てたのか?身の程をわきまえろよ」
そう言ってリサを平手で打ち、大きな声で笑った。
僕の中で何かが切れた音がした。
拳銃を突き付けた男がリサの方に気を取られているうちに僕はその男から拳銃をひったくった。
そしてそれを白衣の男に向けた。
「早く、リサを離せ」
「リサってこの機械のことか?」
男がせせら笑う。僕は危うく引き金を引きそうになってしまった。
「なんで、こんなものに執着するんだか......」
「黙れ、二度は言わない。早くしろ」
彼には僕の本気度が分かったようでこちらにリサをドンッと押し出した。
彼女をキャッチしたと同時に大きな銃声が響いた。
「なんで拳銃持ってんのが一人だと思ったんだよ馬鹿かお前?」
男達が大爆笑している。
あぁ、胸が熱い。僕の上には同じく胸を撃ち抜かれた彼女が倒れ込んでいる。
僕はリサの髪に触れて息もたえだえになりながら小さく「ごめん」と呟いた。
リサは泣いていた。
この場にいる誰よりも人間らしく。
「私は、チップさえあれば復活できますけど亮さんは......」
そう言って僕の胸に顔を填めた。
そうしている間に僕に走馬灯が流れ出した。
出会いや初めて行った夏祭りなど走馬灯は彼女との思い出でいっぱいだった。
ここでようやく気づく。
僕は自分で思うより、人間と触れ合うのが好きだった。
今までは、全部この目のせいにして人との関わりを意図的に断ち、人を道具として使えるように必死で自分を押し殺して冷酷な自分を演じているに過ぎなかったのだ。
なんと愚かなことをしたものだ。
人と関わって生きていくのはこんなにも楽しいことなのに。
それを教えてくれたのは、たまたま出会ったアンドロイドだった。
来世では二人とも普通の人間として生まれて普通に出会いたいな。
それに、今ならあの時の気持ちを言語化できるな。あれは「愛」だ。
恋をすっ飛ばして愛なんておかしな気もするけど。
フッと笑って目を開くと夢は覚めた。
僕は長いようで短い走馬灯を見終えて、彼女の頬に手を伸ばしそっと撫でた。
「さよならリサ」
掠れた声でそれだけ言うと、僕は静かに眠りについた。
僕らの長い眠りから数十年後。世界は劇的に変化していた。
リサを作った国は戦争により滅び地図から消え失せていた。
結局、その国は労働型ロボットを実用化するに至らず、リサの復元は実現されなかった。
そんな中、彼女の記憶の詰まったチップは一人の科学者の手に渡った。
彼はそれを解析し、中のデータを閲覧することに成功した。
その中にあったのは彼の求めていた国家機密ではなく、二人の男女の生の記録だった。
科学者の努力は水の泡と化し彼はデータを資料室の奥深くに仕舞った。
なんで、その科学者は彼女を生き返らせなかったかって?
それには理由があり、彼女の復活プログラムにだけ非常に強固なロックがかかっていたのだ。
これはどの科学者も解除することが出来なかった。
何故そのロックがかかっているかも謎のままだ。
そのおかげで、僕は土に彼女はどこかの資料室の片隅でひっそりと眠ることが出来ている。
いつか二人で目覚める日が来ると信じて。
評価や感想ぜひどしどしお願いします。