表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月のない夜は  作者: 麗華
23/28

温度差

 今夜は、半月。冷たい夜空に浮かぶ月は、強い輝きをまとっている。紅葉の角と同じ色の、月。

 ああ、紅葉が私を見ている。また、そばに来てくれる。何故か、私にはそれがわかった。

「他の方法が、見つかったみたいね」

「紅葉に見捨てられないために、必死だったの」

「私は麻衣を、見捨てたりしない。言ったでしょう? 」

 お祖母ちゃんのことは見捨てたのに? そう続こうとする言葉を必死に飲み込むが、紅葉には隠す事なんて出来はしない。

「見捨てたりなんてしていない。ただ、百合子は他の方法を考える事が出来なかったの」

 旦那さんに刺されて亡くなった桜子さん。その瞬間、桜子さんがいなくなる以外の方法を考えても無意味になった。願ってしまった事の重みに、お祖母ちゃんがどれだけ悔やんだか、よく知っている。あの痛みは、私の痛みとなって今も胸に残っている。だからこそ、私は必死に考えたんだ。


「美華に、優人の前から消えてもらう」

 とりあえずの目標は、そこ。


 工藤 雅。そこそこイケメン。遊びなれているのだろう、女性の扱いは丁寧で醸し出す雰囲気も柔らかく、話題も豊富。身に着けているスーツや時計などは嫌味の無い程度に高価な品だ。女性に不自由はしてこなかったのだろう、脈の無い相手にいつまでも執着するようには見えない。苦も無く手にはいる女性がいたら、そっちにいくタイプに見えた。

 マスターの言う通り私には合わない男性だが、美華なら? 美華が、雅さんに惹かれてくれたら。私が雅さんに近付かない代わりに、美華にも優人に近付かないでいてもらう事も出来る?

「美華は、雅さんに惹かれると、思う? 」

「さあ? 麻衣に夢中の男と、麻衣が夢中の男。あの娘のプライドはどっちに働くかしらねぇ」

 美華のプライド……。それならきっと、大丈夫。

 美華は、女としての私を完全に下に見ていた。そんな私が、優人よりもずっとハイスペックの男性と一緒にいたら、美華は自分の方が上だと示さずにはいられない、はず。

「紅葉も、一緒に来てくれるのでしょう? 最高の暇つぶしになるわよ」

「ええ、楽しみにしている」



 マスターが言った通り、私はちょっと雅さんが苦手だ。明るくて、自信があって、きっと仕事も出来るんだろう。話をしていると、自分のペースがつかめなくて思ってもいない方向に話が進んでいく事が多々ある。これだから、心配されたんだろうなぁ。

 それでも、何度も会ううちに話題の豊富な雅さんにつられて楽しく話が出来るようになっていった。以前よりもずっと話題が豊富になった私にマスターは時折渋い顔をしていたが、それ以上口を出すことはない。


「明日、仕事が早く終わるんだ。たまには、どこかにご飯食べに行かない? 」

「ごめんなさい。明日は私が残業で。残念なんだけど」


 『黒猫』以外で会おうとしない私に、雅さんが不満を持っているのに気が付かないわけではないが、ここ以外で会おうとは思えない。私が雅さんに好かれたいわけじゃないから。 

 何度誘われても都合が合わない私に、残念そうに顔をしかめるのを見ては胸が痛む。それでも、私は彼に『黒猫』で会う呑み友達以上を求めることはない。

 

 私と優人の関係も、ずっとそうだった。優人とは、どうしてそれ以上になりたいと思ったのだろう。どうして、優人はそれ以上になりたいと思ってくれないのだろう。

 これ以上、優人以外の男性と二人で会うのは、嫌だ。




「金曜日、ここで友達と呑むんですけど、雅さんも来られませんか?」

 週末はあまり出たがらない雅さんを誘うのは申し訳なかったけれど、美華が来るのは週末のみ。すでに美華には優人から連絡をしている。

「来れるけど、麻衣ちゃんの友達ならみんな若いでしょう? 俺、場違いにならない?」

「雅さん、いつも私と喋っているじゃないですか? 大丈夫ですよ。私の親戚の子も来るんですけど、すごく綺麗なコですから、楽しみにしててくださいね」

 大丈夫。マスターを含めたって最年長は紅葉ですから。

 雅さんが来れることにホッとした。明日は休みだからか、雅さんも機嫌がよくいつもよりも少しだけ長く話し込んでしまった。

「麻衣、そろそろ帰らないと、明日きついんじゃないか?」

 マスターの声に時計を見るとすでに11時を回っていた。まだ水曜日で、これはまずい。

「今日はもう帰ります。また連絡しますね」

 慌ててコートを着て会計を済まそうとすると、マスターが首を振った。


「今日は奢るし、駅まで送る」

「あ、でも」

 雅さんは、休みの前日に来るときは終電前に帰ることはないとマスターから聞いていた。週末に向けて、出来れば今日は機嫌よくゆっくり飲んでいて欲しい。

「送る」

「……ありがとうございます」


「今日は、どこか別のお店にも行くんですか?」

「……なんで?」

「だって、明日お休みですよね? お休みの前にこんな時間に帰るって、珍しいから」

「……たまには、送ろうかと思っただけ」

「……ありがとうございます」

 溜息交じりの声に、失敗したと思った。この後の予定なんて聞かれたくなかったのかもしれない。今、雅さんの機嫌を損ねるわけにはいかないのに。

 『黒猫』から駅までは5分弱。それが、とても長い時間に感じた。何を間違ったんだろう。週末、急に呼び出したのが嫌だったんだろうか。この後の予定を聞かれたのが嫌だったんだろうか。不機嫌な雅さんを見たことがない私は、どうしていいのかわからなくてただ無言で足を動かすしかなかった。

「麻衣ちゃんが『友達』に会わせてくれるなんて言うから、浮かれているんだ」

「え?」

「俺とは『黒猫』以外で会おうとしないだろう? だけど、友達と、親戚の子にまで合わせてくれるって言われて、嬉しかった。だから、調子に乗って一緒に歩きたいと思った。この後、また『黒猫』に戻る予定だよ」

 困ったように嬉しそうに笑う雅さんに胸が痛む。

 一人じゃ行きにくいからと言って優人が映画に誘ってくれた時、飛び上がるほど嬉しかったのをまだ覚えている。あの時、私と優人の温度差に一人で勝手にがっかりして凹んだもの覚えている。軽い人だとおもっていたけれど、それでも雅さんも私との温度差にショックを受けているのかもしれない。

「楽しみに、していますね」

 このぐらいしか思いつかない、自分が情けない。


 私は、間違いなく雅さんを傷つける。。

 それでも、私は私の恋心を守ってあげたい。

 もうすぐ月が満ちる。きっと、金曜日は綺麗な満月。お祖母ちゃんは、月の無い夜に鬼の力を借りた。私は、月の満ちる夜に鬼の魅力を手に入れる。


「私は、食事は遠慮するわね」

「え? どうして? 」

「その方が、麻衣にとって楽しい食事になるから」

 意味が分からない。今夜は優人と美華、紅葉と4人で食事をしてから『黒猫』に行く予定なのだ。紅葉がいなければ、以前のように自信に満ちた美華を見つめることになる。それは避けたい。

「いいから行っていらっしゃい」

 楽しそうな笑顔を見せた紅葉に、それ以上何かを聞くのは諦めるしかなかった。



「麻衣、久しぶり」

「優人、お疲れ。美華は?」

「仕事、もう少しかかりそうだっていうから、『黒猫』で合流することになった」

「そっかぁ」

 単純な私は、どんな理由であれ優人と二人でいられる事を喜んだ。紅葉はわかっていたのかな、流石、なんて素直に感動する。


 久しぶりの二人の食事は切なかった。美華に振られてしまったかもしれないと自棄になっていた優人は、私の願望が見せた幻なんじゃないかと思うぐらいに元気で、美華に会えるのを楽しみにしているのが伝わってくる。私じゃない女性を欲してる優人。優人に望まれている美華が、羨ましく妬ましく、憎い。素直な私の心は、自分でも呆れるぐらいに醜い。


「マスター、美華は?」

 元気よく『黒猫』のカウンターに座った優人に、マスターは不機嫌を隠さなかった。

「来ていない、今日はお前達が最初だ」

 金曜日の9時前。BARが混み合うのは、もう少し遅い時間だろう。ただでさえ忙しい週末に加えてこれから来る美華と紅葉、雅さん。今夜はマスターにとって、疲れる夜になることは間違いない。ごめん、と心の中で謝るけど、今更取りやめる事なんてできない。私の恋心を応援してくれていたマスターに見守って欲しいなんて自分勝手な気持ちで優人の横に並ぶ。

 カウンターの中から、押し殺した溜息が聞こえるような気がした。


「麻衣ちゃん、優人。遅くなってごめんね。紅葉さんと一杯呑んできちゃった」

 すでにほろ酔い、ご機嫌にドアを開けた美華とは対照的に冷静な紅葉が後に続いた。紅葉が食事に来なかった理由は、美華に興味を持ったから? 美華と、何を話したの? 


 いい。美華がたとえ紅葉の魅力を手に入れたとしても、どれだけ美しくなっても、私は優人が手に入るならそれでいい。むしろ、今夜は最高に綺麗な美華でいてほしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ