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月のない夜は  作者: 麗華
12/28

願って 泣いて

『殺して』欲しかったのは桜子さんなのか、自分なのか。

 身を引きたかったのか、何を犠牲にしても手に入れたかったのか。

 誰よりもお祖父ちゃんを愛していたから、自分だけを見てほしいと願い、心から想う女性と幸せになって欲しいと願った。二つの願いの、どちらかが正しかったのかなんて誰にも分らない。

「馬鹿ねぇ」

 鈴が鳴るような声が、溢れそうになった涙を押しとどめた。

「百合子は、麻衣が思っているほど優しい純粋な女ではないわよ? 私が興味を持ったぐらいの女。弱いくせに欲しがりで、怖がりのくせに手を伸ばすの」

 クスクスと笑う紅葉が、誰よりも幸せそうに見えるのはどうしてなんだろう。

 私の手に握られた簪を差し、さらに嬉しそうに笑う。

「それ、どうするの? 」

 どうする? どうしよう……。

「とりあえず、持って帰って綺麗にする」

 紅葉にもらった簪と一緒にしてあげたい。桜子さんとお祖母ちゃんにおそろいの簪をあげたお祖父ちゃんの気持ちも、わかる。桜子さんとお祖母ちゃんは、きっとおそろいの物を持たせてあげたいと思うぐらいに仲が良かったのだろう。だから、もう簪くらい一緒にしてあげてもいいんじゃないかと思う。


「……雨が降るわ」

 いつのまにか、空には低い雲が広がっており、雨の匂いが迫ってきた。ここまで来るのにかかった時間を考えると、山を下りる前に雨が降り出すかもしれない。簪を手に立ち上がった私に笑うような溜息が聞こえる。

「送ってあげるわ」

 目も明けていられないほどの突風が吹いた。風が収まるのを感じ、目を開けた時には側にあった桜の木はどこにもなく、代わりにさっきまで腰かけていたベンチがすぐそばにあった。一瞬で、戻ってきた。これも、鬼の能力。やっぱり、鬼なんだよねぇ。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 穏やかに笑う美しい鬼は、何を望んで、何を欲して、何を愛しているのだろう。どうして、私に力を貸してくれるの? 聞きたいのに、聞いてしまうのが怖い。

「麻衣。百合子の側で、貴女ともっと話がしたい」

「昨夜と同じように、部屋で待っている」

 答えた時には紅葉はいなかった。聞いていたのかも不安なぐらいだけど、きっと聞く必要もなかったのかもしれない。だって、私が断るなんてことあるはずがない。それは、紅葉もよく知っていること。


 暗い空にあおられるように山を下りる。お地蔵様の前を通るころには、もう空は濃い灰色に変わっていた。動きたくないと訴える足を必死で動かして、家までの道を小走りで進む。


「ただいまぁ」

「おかえりなさい。遅かったわね」

「うん、友達に会って話こんじゃった」

 自分で言っておきながら、紅葉は友達に入るのかなんて考え込むあたり、私は結構真面目なのだろう。嘘も方便、というのは私には難しい。

「そう」

 それ以上なにも聞かれなかったが、お母さんの視線は、泥だらけになったトレーニングウェアに集中している。高校時代にダイエット用にと購入したトレーニングウェア。本来の目的で使ったのは数えるほどで、すっかり帰省した私の部屋着になっていた。たまには、運動に使ってあげるのもいいんじゃないかな。と心の中でどれだけ言い訳したって、泥だらけのトレーニングウェアを洗う人には通じないだろう。

「先にお風呂に入りなさい」

「……はい」

 服を汚して怒られるなんて……。


 いくら何でもこのままで洗濯機はないよね。脱いだトレーニングウェアをそのままお風呂場に持っていき、シャワーで泥を落とす。ついでに、掘り起こした紅葉の簪も、水で泥を落として綺麗にする。いや、したかった。実際は泥が落ちれば落ちるほど、簪はみすぼらしくなっていった。紅葉の葉は欠け、塗装は剥げていて元は何色だったのかもわからないぐらいになっている。これ、桜子さんの簪と並べたらかえってお祖母ちゃん傷つくかもしれない。


 簪とトレーニングウェアの泥を何とか落としたころには全身汗だく。そのまま自分もシャワーを浴びて上がればすでに食卓には素麺と天婦羅が用意されていた。

 何も考えなくても食事があるって、ありがたい。美味しい食事に心がほぐれて、会話も弾む。隣の市に最近できたアウトレットモール、近所のお姉さんに子供が産まれたとか、お父さんが今年張り切っている家庭菜園。田舎とはいえそれなりに変化もあって、両親も日々変わっていっている。当たり前なんだろうけど、何故か寂しい気持ちになる。自分だってたくさんたくさん変わっているくせに。


 午後は、窓を打つ雨音を聞きながらゆったりと過ごした。お祖母ちゃんの夢を見た時は、眠っていても頭が働いているのか一日中眠くて仕方がない。うたた寝を繰り返しながら、あっという間に夕食の時間が来た。何もしなくても食事が用意される。実家なのだから当たり前だと思っていたが、お母さんが私の年の頃には、もうすでにそんな環境は無かったんだろう。


 食事が終わるとお父さんは上機嫌でお風呂へと消えていき、お母さんは片づけを放り投げてビールを飲みだした。

「麻衣も飲む?」

「ううん、今日はいい」

 今夜は紅葉と約束があるの、なんて言えるわけはない。それでも、きっとお母さんにはわかっているんだろう。クスクスと笑いながら満足そうに私の顔を見ている。

「麻衣は、好きな人がいるのね」

「……」

「お祖母ちゃんはね、お祖父ちゃんが本当に好きだったのよ」

「うん」

 それは、お母さんよりも私の方がよく分かっている。お祖父ちゃんが好きで、好きで、どうしようもなかった。どうしようもない気持ちは、ねじれて、歪んで、桜子さんへの憎しみへと変わっていった。とても大切だった友人、憎んではいけないと思うのに止められない。自分の中に、こんなにも暗く汚く寂しい感情があることが悲しいと思うのに、止められない。ただ、お祖父ちゃんが好きだっただけなのに。

「それは、悪い事ではなかったの」

「うん」

 好きな人に振り向いて欲しいと、綺麗になりたいと願うのは女なら当然だ。鬼の力を借りたとして、何も悪いことなんてない。欲した男が自分以外を見れば、憎しみだって持つだろう。自分が欲したものを簡単に手にいれた女性に、消えてほしいと願うのは自然な事だと思う。

 ただ、それが叶ってしまっただけ。

「自分を見失うほど人を好きになれたお祖母ちゃんは、幸せだったの」

 手元のビールを見つめながら、お母さんが呟いた。真意がわからずに黙る私に、困ったように微笑む。

「鬼に魅入られて泣く事が無いように、お祖母ちゃんは貴女に麻衣と名付けた」

 いつもよりも少し低い声が部屋に響く。お祖母ちゃんがつけてくれた名は、何から私を守るのだろう。私は、何を望むのだろう。

「でもね、今鬼に魅入られて泣くことができるのは、麻衣だけよ」

 きっぱりと言い放ち、グラスを開けると台所に姿を消した。お母さんは、どこまで知っているのだろう。

 

 私は、優人が手に入るなら、泣くことなどない。




 昨夜と同じように、寝るには早い時間に自室に戻る私をお母さんは黙って見送ってくれた。まるで、紅葉に会える私を羨やんでいるようだ。

 細い細い月はとうに沈み、星だけが賑やかな空。紅葉は毎夜この空を一人で見つめ、お祖母ちゃんに呼ばれる月の無い夜を待っていたのだろうか。



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