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黒森教室  作者: 森林晶昌
第一章 高校教師、黒森篤と生徒たち
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 はたして、どれくらいの間気絶していたのだろうか。

 目を覚ましてみると、見えるのは満天の星空。

 と、それを囲む十人くらいの若者の顔だった。

「お! 石田ぁ! 目え覚ましたみたいだぜ」

 その中の一人が叫ぶ。俺は地面に寝転がっているみたいだ。体を起こそうとしてもうまくいかない。両手両足が縛られていた。それに口にガムテープが張られていて声が出せない。

 目の前の若者たちは俺の方を見てにやにやと笑っている。皆髪を派手な色に染めていて、ピアスをしている。あのとき廃ビルにいた奴らだ。

 さっきと同じ河川敷にいる。

「おはようございます、先生」

 よく知っている声が聞こえた。若者の中の一人が俺の髪をひっぱって無理やり体を起こした。

「先生には失望しましたよ。生徒に嘘をつくだなんて」

 声の主が俺の目の前に立つ。

 口のテープを強引にはがされた。痛い。

「どういうつもりだ、石田。いったい、これはなんの真似だ? こいつらは誰だ?」

 努めて穏やかに話しかける。

 柔和な笑顔で、穏やかに、穏やかに……。

「彼らは僕の友達ですよ、先生。前に話したでしょ? そして、これは『罰』ですよ。生徒を欺いた先生に対する、ね……」

 石田は今までに見たことのないような不気味な笑顔で俺を見下ろしている。

「俺が君を欺いた、だと? いったい何をしたっていうんだ?」

「とぼけても無駄ですよ。三週間ほど前からあなたは僕に一方的にかかわってきましたよね?

 すべてをお話ししましょう。

 最初の異変に気付いたのは、あの大きな自動車事故があった日です。僕たちは毎晩向こうの廃ビルに集まって遊んでいるんですが、ああ先生はもうご存知ですよね。あの廃ビルの裏出口が何者かによって破壊されたんです。外部からね」

「それと俺になんの関係がある? 第一君が毎晩どこに行って遊んでるだなんて俺は知らないんだぞ」

 今までの石田との会話でまだその話はしていなかったはずだ。

「もちろんその時点では先生を疑うようなことはしませんでしたよ。先生を疑い始めたのはもっと後のことです。でも、先生は見ていましたよね? 僕たちがそこで何をしていたのかを」

「何をしていたんだ?」

 本当に、実際に見ていたわけではない。俺が見たのは窓から外を見ている若者たちの後ろ姿だけだった。

「いえいえ、ほんのちょっと女の子と仲良くお話をしていただけですよ。気分がよくなる魔法のお薬を飲んで、ね」

 あの部屋に立ち込めていた臭い、あれはやはり違法なドラッグの臭いだったのだ。高校時代に他校の不良生徒が吸っている現場に行ったことがあった。そのときと同じ臭いがした。

「そして、その後です。僕の通っている塾に何者かが強盗に入りました。塾講さんの話によると何も盗まれていないということです。不思議ですよね、わざわざ窓をどろどろに融かして侵入したってのに。そのあと、僕は自分のロッカーが何者かによって荒らされていることに気付きました」

「荒らされた? 君のロッカーだけが、か?」

「荒らされた、という言い方は語弊があるかもしれません。というか、まさにその逆です。綺麗に整頓されていたんですよ。僕は毎日ロッカーをぐちゃぐちゃにしているのに、なぜか不自然なほどに綺麗だったんです」

 そうだったか? 石田のロッカーを開けた時、そんなに散らかってたっけ?

 やばい。覚えてない。

「そして、その次です。ここで初めてあなたに行きつきました。その次の日、僕が家に帰ると母が居間のソファで寝てたんです。母いわく、黒森先生が来た、らしいです」

 石田と石田母って普通に会話するのか? もっとこう……断絶してるのかと思ってた。

「それで、その時点で俺がその廃ビルに忍び込んで君たちの行為を目撃し、塾に忍び込んで君のロッカーを開けたということを確信したのか?」

「いえ、その段階ではまだ疑惑ぐらいのものでした。廃ビル、塾。この二つをつなぐのは僕しかいません。そしてさらにその翌日、黒森先生がうちに来た。まあこの時点でかなり怪しいんですけどね」

「じゃあ、いつ?」

「あの後、僕は繁華街の方であなたに会いました。あなたは僕の後ろから声をかけてきて、これから銭湯に行く、と言いましたね。そしてもと来た道を帰っていった。そのあとグーグルマップで調べたんですけどね、ないんですよね。銭湯」

 嘘。

「ないってことはないんですけど、あそこに最も近い銭湯でも距離で七キロ。普通車とか自転車使いますよね」

 まじか。

「そして本当に奇妙だったのはあなたの言っていたことです。あなたは『この先の』銭湯に行く、と言っていた。じゃあ、なんで話し終えたら引き返していったんですかね? それも毎日」

 確かに。

「そして極めつけは、先生。僕は『友達に会いに行く』としか言いませんでした。でもあなたは『仲間』だとか『悪いやつらじゃない』とか、複数呼びしましたよね? 僕は『友達』としか言っていないのに、です。まるで複数いることを知っているみたいだった」

 しまった。

「こんなところですかね。先生。そしてさっき、あなたは僕に『隠し事をしてない』と言った。ショックでしたよ、なんていったって自分の担任の先生に裏切られたんだから」

 計画大失敗。なんだこれ。

「ということで……」

 石田の仲間たちが目の前で一斉に様々な武器を取り出した。ナイフ、ナイフ、メリケンサック、チェーン、ボーガン……。

「罰を与えます」



 袖に仕込んでおいた小型ナイフを取り出して手首の拘束を解く。そしてさながらキョンシーのように飛び跳ねながら、少しでも距離をとるため思いっきりその場を離れる。ほんの一瞬のことで敵は何が起こったか分からないという顔をしている。それはそうだろう。両手両足を縛って寝転がっていた標的があっというまに視界から消えたのだから。俺はその隙に足首の拘束も解いた。

「おい! 何をしている! やつはあっちだ!」

 石田が叫ぶ。俺を追わせる気だ。

 敵は我に返ったように俺めがけて走ってくる。

 ……うわっ! やばいやばいやばいやばいやばいやばい!

 どうする?

 ここから家まで走って逃げるか?

 だめだ。家がばれたらまずい。俺の生活の拠点だ。あんな不良どもに毎晩いやがらせとかされたら困る。

 じゃあどこか。別の場所に逃げる?

 俺は足も速い方だし、逃げ切る自身はある。

 でもどこに? 

 あれこれ考えている内に敵に囲まれてしまった。皆武器を持っていて、俺は素手だ。こんなときのために毎晩武器を持ってきていたのだが今日は持ってきていなかった。石田と会い続けるにつれて気が緩んでいたのだ。

 まさに最悪のタイミング。

 どうする?

 戦う?

 でも戦いたくない。

 いい歳だし。

 26だぞ? それも公務員、教育者なんだぞ、俺は。

 ケンカはもうしないってとっくの昔に決めたはずだ。

 更生したんだ俺は。

 じゃあこの状況を戦わずに切り抜けられるか?

 無理だ。

 だが切り抜けなければならない。

 でないと死んでしまう。

 それだけはダメだ。親にもらった命は粗末にしてはいけない。

 絶対に死にたくない。死んではいけない。

 ならば……。

 それならば!

 戦うしかない!

 敵は十人以上。俺を囲み、全員こっちを見てにやついている。石田本人は少し離れたところで立っている。あそこから観察するつもりなんだろう。

「おい! まずは俺からやらせてくれよお!」

 敵の中の一人が近づいてくる。右手にナイフを逆手持ちしている。「ひひっ」と笑いながらナイフをなめる。

 やばい。目がイッてる。そういやこいつら薬やってるんだった。

 額を汗が流れた。

 しかしどうしてこんなことになっているんだろう。俺はただ石田を学校に来させようと思っただけなのに。

 どうして僕たちはこんなところに来てしまったんだろう。

 さっきの石田の言葉が反響する。

 石田の笑い。石田の宣告。そして石田の裏切り。

 なんだよ……俺。

 結局俺は石田を学校に来させるどころか非行の道から救い出すことすらもできなかったんじゃないか。

 信頼関係なんて築けなかった。

 言葉じゃ、俺の気持ちは伝わらなかったのだ。

 会話じゃ、俺の思いは届かなったのだ。

 それならば、仕方がない。分かってくれないなら、仕方がない。

 また汗がたれる。唾を飲み込む。

 前を見ろ。俺の前を。目をそらすな。この状況を。その目で見て。

 覚悟を決めろ。

 目の前の危機に対して立ち向かう覚悟ではない。

 信念を曲げる覚悟だ。

 教師になることを決意した日。俺は決して生徒に体罰を振るわないと誓った。そう、あの金ザモ先生のように。言葉と愛情だけで生徒を救ってみせる。

 しかし、あれは結局ドラマで、フィクションに過ぎなかった。

 あのときの誓いを破って、もう教師を続けられないかもしれない。

 だが、今はもうそんなことはどうでもいい。

 これが生徒の、石田のためになるのなら……。

 たとえ暴力に訴えてでも……。

 息を深く吸う。そしてゆっくりと吐く。膝に手を当てる。そう、ゆっくり、ゆっくり、少しずつ、少しずつ。震えを止めろ。

 戻ってこい。

 戻ってこい、俺。

 そうだ……教師の俺をいったん殺せ。生ぬるい俺をいったん殺せ。

 戻って……。

「君たちにケンカのこつを教えてあげよう……」

 俺はメガネをはずして放り投げた。別に高いものではない。そもそも伊達メガネだし。

 何年ぶりだろうか。勘も大分鈍っていることだろう。

 髪をかき上げる。軽く飛び跳ねて、首を回す。

 踏み出す。歩き出す。右足、左足、右足……さっき前に出てきた敵の真ん前に立つ。

 そして、そいつの目に肘をねじ込んだ。

 ……。

 突然の事態に場が静まり返った。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 目を潰された敵が悲鳴を上げてうめき、うずくまる。そいつが落としたナイフを素早く奪う。

「素人がケンカに武器を持ち出すのは、大体威嚇のためなんだ。武器をちらつかせることで相手をひるませる、それが目的だ。だから実際の戦闘では使わない、いや使えない。ケンカはするけど相手に重症を与えてしまうかも、最悪殺してしまうかも……なんて考えてな。だからナイフなんて持ってても右手がふさがるだけで、不利になるだけだ」

 右手でナイフをしっかりと握った。構える。

「君たちに本当のケンカを教えてやろう」

「何ほざいてやがる、この野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 激情した敵が一人襲いかかってきた。メリケンサックをつけた右手で殴りかかってくる。俺はそれをかわすとそいつの首筋にナイフの刃を当てて、押し込み、切り抜く。敵の反動も利用して深く、深く。切り抜き抜ける。

 場が静まり返った。

 のどぼとけを切り裂いたようで、そいつは悲鳴を上げることもできずに首から大量の血をまき散らしてしばらくよろめいた後、倒れた。

 絶命。

 俺は目がつぶれてうずくまってうめいている敵に優しくのしかかり、同様にナイフを突き刺して、始末する。

 また静まり返る。そしてしばらくして……。

 場が急にあわただしくなった。怒号、悲鳴、絶叫。ありとあらゆるむき出しの感情が沸き起こり、空気が震える。

 背後に気配がした。俺はとっさにその場を離れる。どうやら敵の一人がレンガで殴りかかってきたようだった。振りかぶり、振り下ろす。その反動でよろめいているそいつにもナイフを突き刺そうとして、とっさに右によける。そうである。敵は一人ずつ襲い掛かってくるわけではない。協力して、同時に来るのだ。

 よけた反動を利用して一回転し、左手で敵の一人の首をつかんで地面に叩きつける。地面は草むらなのでアスファルトに頭を叩きつけて頭蓋骨を粉砕する攻撃は使えない。だからそのまま一気に左手に力を込め、握力で首の骨を砕く。

 一方そのころの右手は突進してきた敵の胸にナイフを突き刺していた。引き抜くと、どさっと死体が倒れた。

「うううううわあああああああああああああああああああああああ! なんだよおおおおおおおおおおおおおおおおお、こいつううううううううううううううううううううううう」

 敵の一人が腰から何かを取り出す。

 ピストルだ。

 銃声が響き、俺の足元から煙が上がる。足を狙って、外したのだ。

 しゃがんだ姿勢からクラウチングスタートで飛び出し、ピストルを持っている敵の懐に入り込む。そのまま、まるで社交ダンスでも踊るかのようにそいつの襟をつかんで、体を回す。その回転に合わせてナイフを首に当てると陶芸家のつくる焼き物みたいにどんどん首にナイフが差し込まれていき、ついには胴体と分離した。その回転エネルギーを少したりとも無駄にすることなく、すぐさまそれの髪をつかんで、フリスビーみたいにして敵の一人にぶつけた。

「ぎいいいいいやああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 飛んできた首に驚いた敵が絶叫する。俺は地面に落ちたピストルを拾って、悲鳴を上げている敵の懐に入り込む。そのまま口に銃口を差し込み、押し込み、引き金を引く。

 銃声と共に血しぶきが上がった。

 ここまでで六人始末。

 見るとあと七人だ。俺はピストルをズボンに差し込み、落としたナイフを手に取った。

 思いっきり地面をけり、スタンディングスタート。

 まずは何が起こっているかわからないといった顔で棒立ちになっている一人の首にストレートでナイフを突き刺す。その勢いを利用して、そいつの体を軸に回転。左からチェーンを振りかぶってきた敵の顔に血しぶきを吹き付け、同時にその攻撃からも身を守る。回転軸かつ盾として利用した敵の死体にぶつかったチェーンを引っ張り、持ち主を地面に倒す。足で踏みつけ首の骨を粉砕する。

 とっさにナイフを逆手に持ち替え、後ろに突き出す。肉を突き刺す感触とともに背中に大量の血しぶきがかかる。死体が刺さったナイフを体の前にもってきて、足で死体を蹴り離す。ちょうど足元に二つの死体が転がっている図になった。回転軸かつ盾として利用した死体を離す。もう使わない。

 さて、残りは四人。

「ううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううわあああああああ助けてえええええええええええ」

 一人が叫びながら逃げていった。ピストルを抜きながら、声のした方を向く。狙いをつけて、発砲。暗闇の中で逃亡者は倒された。

 またナイフに持ち替えるのは面倒なのでピストルを持ったまま敵のうちの一人に向かって走り出そうとして、

 ぬるっと。

 血で滑って、転んでしまった。

「「「いまだああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」」

 三人分の声が重なる。二人が仰向けに倒れた俺の両腕をそれぞれ押さえつける。そして最後の一人がナイフを両手で持って、突っ込んでくる。

 しまった。動けない。

 ナイフを振りかぶって、俺の上に飛び掛かってくる敵。とっさに両足を持ち上げて、そいつの腹に蹴りを入れた。

「ぐうわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 衝撃と激痛でナイフを落とす。蹴りを入れられた敵が俺の足にぶらんとのしかかる。気絶したようだ。両足でそいつの体をはさんで持ち上げ、俺の右腕側に振り下ろした。

 ごつっ。

 固い物(頭蓋骨)同士がぶつかる音がして、一瞬、右腕の拘束が緩む。その隙にすばやく右腕を引き抜き、さっき敵が足元に落としたナイフを拾い、左腕を拘束している敵の腹に突き刺した。

「うううぐあああああああ痛えええええええええええええええええええええええええええ」

 痛みで敵が拘束を解いた。そして体を起こして右腕側の二人の敵の上にのしかかる。二人の敵。二つの首。ナイフを逆手に持ち替え、連続で、素早く、腕を二往復させた。


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