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黒森教室  作者: 森林晶昌
第一章 高校教師、黒森篤と生徒たち
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1-5

 5


  翌日。午後五時。そろそろ教頭が来てもおかしくない時刻だがいまだにやってこない。そしていつもなら学校からしきりに電話がかかってくるのに今日は朝から一通もかかってこない。

 テレビをつけた。ニュースでうちの学校の上空映像が映っている。ヘリコプターから撮っているようで、校舎からは真っ黒な煙がもくもくと上がっていた。

 ニューステロップが流れている。

『県立高校で爆弾テロ 死傷者多数』

 そして中継が切り替わって校門前の映像になった。何台もの救急車がとまって次々とけが人を搬送している。そのけが人のうちの一人に目が留まった。俺のクラスの女子生徒だった。上半身がドロドロに融けて焼けただれ、下半身はなかった。

「はあ~」ため息。

 もっと早くにこうしていれば学校側に怪しまれることもなかったかもしれない。

 少し、後悔する。

 昨夜、俺は石田宅を出た後、高校に向かい校舎に侵入。そして教室、職員室、その他もろもろ人の多く集まりそうなところ数か所ほどに爆弾を仕掛けた。爆弾と言っても火をつけたら縄がどんどん燃えていって最後にどっかーんってやつじゃない。遠隔操作の、高性能なやつだ。

 生徒、職員が学校に来た後、ちょうど朝のホームルームの時間に俺は起爆装置を押して、爆発させたというわけだ。

 俺のクラスの生徒は巻き込みたくなかったから二年五組の教室には爆弾を仕掛けなかった。しかしそれだとそのクラスの担任である俺が怪しまれるかもしれないので二年一組、三組、七組も同じように仕掛けていない(ちなみにうちの学校は一学年八クラスだ)。

 しかし、じゃあなぜうちのクラスの生徒が搬送されていったのか。

 これは俺の想像だが彼女は遅刻してあの時刻に昇降口にいたんじゃないだろうか。俺は侵入跡がばれないように昇降口にも爆弾を仕掛けていた。だからその爆発に巻き込まれたんじゃないか、と。

 いや、ただの想像だけど。

 まあ、とりあえずしばらくの間休校になることは間違いない。

 爆弾を扱うのも高校以来で、ブランクがあったがうまくいってよかった。

 ……ん? いや、確か高校の時は爆弾を使ってなかったな。あれ? じゃあいつ使ったんだっけ? 確かにどこか……何かすごいものを爆破した記憶があるのだが……。

 ま、いっか。

 とにもかくにも。これでしばらくの間落ち着いて石田と向き合えるだろう。

 俺はまた双眼鏡を手に取り、石田の監視を再開する。といっても今日も彼が塾から出てくるのは午後十時だろう。塾は学園テロなんてお構いなしで通常営業だった。

「……」

 石田とどう話をしようか。

 石田の部屋にあった海賊漫画を思い出す。タイトルは確か「ワンボーズ」。話の内容としては海賊として世界征服をたくらむ主人公が仲間を集めながら世界中で略奪と人身売買、強姦に殺戮の旅を続ける話だった気がする。有害図書ぎりぎりなんじゃなかったか。

 ワンボーズ好きなの? 俺も読んだことあるんだ。

 これは不自然だ。そもそもどうやってワンボーズの話題の持っていくんだ? 

 例えばこう、


 俺実は漫画好きなんだよ

 ↓

 特にワンボーズなんか好きで

 ↓

 読んだことある? 

 ↓

 あれ面白いよな

 ↓

 どのキャラが好き?

 ↓

 ……………………………。

「駄目だーーーーーー‼」

 俺が好きなキャラいねえーーーーーーー。

 自分がにわかなの忘れてた。そもそもストーリーもあやふやだ。これじゃ会話が続かない。ていうか石田も途中で買うのやめてたからもうそんなにワンボーズ好きなわけじゃないんじゃあ……。

 この話題は却下。

 プラモデルの話はどうだろう。いや、確か本棚に飾ってあったプラモは三個。熱心なプラモ好きならもっとあってもおかしくない。いや、もしかすると押し入れのなかにしまっていて本当はもっと持っているのかも。いや、じゃあなんで押し入れなんかにしまってるんだ? プラモ大好きなら飾りたいものなんじゃないのか? 漫画を並べるからスペースがない? ってことは漫画の方が好きってことか? そもそも押し入れの中まで確認していないから押し入れにプラモがあるなんてまだ想像のうちだぞ。っていうか俺プラモのことなんてまったく知らないぞ。どう会話したらいいんだ? プラモの楽しさを聞く? いやしかしこれは石田がプラモ大好きという条件がないと無理だ。

 ……。

 この話題も却下。

 となると最後に話せるのは勉強のこと。進路のことだ。

 石田と親しくなるにあたってこの話題はどうなんだろう。これでは学校でやっている面談とそう変わらない気がする。俺の最終目標は石田に学校に元気に通ってもらうことだ。そのために色々な問題を解決する必要がある。その問題が石田のプライベートなことである以上、プライベートな話題で信頼関係を築く必要がある。

 確か石田母いわく石田は医学部志望らしい。

 これはどうだ、


 一年のときの君の担任が言っていたよ、君は医学部志望なんだろ?

 ↓ これはきついかもしれない。石田が進路希望の欄にそう確かに書い

 ↓ たという保証はないからだ。賭けになる。

 何科をやりたいの?

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

 〇 〇 〇 〇 〇 〇


 何科志望かによってルートが分岐する。『分からない、まだ決めてない』ということもあり得る。

 しかし教師である俺ができる最もプライベートな話題はこれしかないように思える。ここから会話を何とか広げていくしかない。あとは状況によって臨機応変にやるしかない。えてしてシミュレーションはまったくの無意味に終わることも多いが。

 そうだ。その時に考えればいい。

 夜を待とう。

 真のミッションは実は今日からスタートだったのかもしれない。今までのはただの準備期間でしかなかった。

 ソファに大きくもたれかける。

 さっきからニュースの音がうるさいから俺はテレビを切った。



 夜。午後十時。石田が塾から出てきた。昨日と同じ方向に歩き出す。またあの廃ビルに向かうのだろう。

 今日のミッションはあくまで「話し合い」なので武器は必要ない。しかし念のためにナイフとピストルは持っていくことにする。あくまで念のため。

 ちょうど彼が俺のアパートの前を通り過ぎるその瞬間に俺は部屋を出た。

 夜道。彼の背後五十メートルくらいを近づきすぎず、遠ざかりすぎず、絶妙な距離感覚で歩く。しかしこのまま尾行を続けると彼が例の廃ビルに着いてしまう。その前に、勝負を決めなければならない。

 しばらく歩いて。

 ちょうど繁華街の入口に差し掛かったところだ。

 3……、

 2……、

 1……、

 スタート。小走りで駆け出す。。

「おーい、ちょっと。石田!」

 俺が声をかけると彼は振り向いた。

「……先生? なんでこんなところに?」

 少し動揺しているようだ。驚いている?

「いや、俺の家に風呂ないから、いつもこの時間にこの先の銭湯に通ってるんだ。そんでちょうど君の姿を見かけたもんだから」

 もちろん嘘である。俺のアパートは風呂トイレ完備だ。

「……そうですか」

「学校のこと、知ってる? 爆弾テロのこと」

「ええ、ニュースで見ました。しばらく休校になりそうですね」

「ああ、本来ならいつまで休校とか、そこらへんのことを教員側が伝えるはずなんだが職員室に爆弾が仕掛けられてたもんだから教員の半数以上が爆死して、連絡もむちゃくちゃなんだ。俺は今日偶然風邪で休んでいたから助かった」

 これももちろん嘘である。俺はぴんぴんしている。体は絶好調。

 職員室に爆弾を仕掛けたのは事実だけど。

「そうですか。僕も助かりました」

「……」

「……」

 俺がおこした爆弾テロ事件を会話に有効活用しようとしたがうまくいかない。

 くそ、これじゃ死んでいったやつらが浮かばれない。

 だが死者に報いるためにもここで引くわけにはいかない。

「それでさ、これからどこに行くんだ? もう夜の十時過ぎてるぞ」

「普通に自宅に帰りますよ。ちょっと寄り道していくだけで」

「寄り道? 買い物とか、友達と会うとか?」

「……まあ、後者です」

 もちろん知っている。彼らと何をしているのかも。この目で見たのだから。

「そうか……今日のテロで死んだ生徒の中に君の友達もいるだろう。本当に友達は大事にしないとな。若いとはいえ人はいつ死ぬか分からないんだから……。世知辛い世の中だよ本当……」

「いえ、僕は学校に友達がいないんで別に……」

 そうなのか。

 ああ、そういうことか。さっきから妙に落ち着いているなと思ったら学校に親しい者がいなかった、ということだ。そこらへんも彼が学校に来ない理由に絡んでいるのかもしれない。

「そうか……じゃあ、気を付けて」

 軽く手を上げる。

 今日はいったん退くことにしよう。焦っても駄目だ。

「……」

 俺が彼のもとを離れようとしたとき、

「先生、止めないんですか?」

 意外にも向こうから声をかけてきた。

「……なぜ止める必要がある? ただ仲間と会うだけだろう?」

「いえ……でももうこんな時間ですし……場所も場所ですし」

「まあ、確かに。でも、石田の友人なんだろ? じゃあ、そんなに悪いやつらじゃないんだろ。少なくとも俺は石田が悪いやつらとつるんでいるなんて思っちゃあいないよ」

 向こうに信頼されたければ、こっちが向こうを信頼する。

 ……ふりをする。

「……」 

 石田は何かを考えているかのように俺をじっと見つめていた。

 しばらくして。

「……そうですね、じゃあこれで」

「ああ、じゃあそれで」

 今度こそ本当に別れる。体を回転させてもと来た道を引き返す。

「先生って」

 後ろから石田の声。

「変わってますよね」

 確かにそうかもしれない。一人の生徒のためにここまでする教師なんてそうはいないだろう。

 だがこれも俺の信念のためだ。そして、石田本人のため。

 俺は振り返らず、軽く手を振ってその場を離れた。


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