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黒森教室  作者: 森林晶昌
第一章 高校教師、黒森篤と生徒たち
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 しかしここで新たな問題が発生した。

 無断欠勤五日目ともなり、高校の教員が家までやってきたのだ。のぞき穴から外の様子を見ると教頭だった。居留守を決め込んで五分経つが一行に帰ろうとしない。

 まずい。かなりまずい。

 ここで居留守を使い続けると警察を呼ばれるかもしれない。家宅侵入、なんてなったら大変だ。プライベートをのぞかれるし、何より大量の武器をどう説明したらいいのか。銃刀法が改正されたとはいえこれだけの物を持っていたら警察にマークされることになる。

 出たら出たで学校に引き戻される。それもまずい。今日は石田の動向を観察しなければならないのだ。何より一人の生徒のためにここまでやっているのが他の生徒や教員にばれたら恥ずかしすぎる。

 仮病、という手もあるがさすがに五日間連続無断欠勤は説明できない。とてつもなくひどい病気だといってもこの顔色じゃ信じてもらえない。

 とりあえず今をしのげればいい。六日目以降はなんとかする秘策もある。

 どうする……。教頭を殺るしかないか……?

 いや、まずい。俺はもう更生したんだ。そんな自分勝手な理由で人を殺してはいけない。第一、暴力はもう卒業したじゃないか。不良時代に逆戻りだ。

 仕方がない。ここで居留守を決めこみ、教頭が警察に連絡しないことを祈るしかない。

 頼む……。両手を合わせて祈りのポーズをとる。

 神様……。ちょっと振る。

 ……。

 見る……のぞき穴……片目で……。

 数分後、教頭はため息をついた。そして去っていった。

 ため息、つまりは俺に呆れはしたけれど危険ではないと判断した、ということか……?

 警察を呼ばれはしないと考えていい……だろうか?

 いや、最悪の場合、俺が石田に関わっているのがばれたのかもしれない。一人の生徒のために職務を放棄していると知って呆れたのかも。

 いや、その可能性は低いか。教頭のような組織の上層の人間が不登校の一人の男子生徒のことまで把握しているとは考えずらい。

 まあ、ともかく。

「おっし」軽くガッツポーズ。

 難は去った。石田の監視に戻らないと。

 今までの経験則から石田が塾を出るのは夜の午後十時、塾が閉まるのと同時刻だ。今は午後五時十五分過ぎ。しばらくの間はゆっくりしていても大丈夫なはずだ。

 しかし万が一のことを想定すると監視を止めることが不安だ。

 どうしようか……。

 とりあえず今は気を少し抜くくらいにしておく。

 本番は今夜だ。

 とりあえずライフルやその他の武器のメンテナンスでもしようか。

 塾の方では昨日の俺の侵入跡に誰か気付いて通報したのか数台のパトカーが停まっていた。



 午後十時。石田が塾から出る。そして一昨日と同じ方向に歩いて行く。彼の自宅の反対方向、例の廃ビルだろう。

 思ったのだが塾講はいつ塾を出ているんだろう。前石田を尾行したときに俺の姿を彼らに見られてやしないだろうか。ちょっと不安だ。 

 んー……大丈夫、かな? 別に俺は完全に怪しい風貌で尾行をしていたわけじゃなかったし。目には留まらなかっただろう。

 俺はバッグに荷物を詰め込む。さっきの教頭のせいで今夜のミッションが一つ増えてしまった。少し急がなくては。

 今日の荷物は超高熱棒、懐中電灯、爆弾、ナイフ、ピストル、そして白い粉だ。

 俺は早速石田の向かったのとは反対の方向、すなわち石田宅へと向かった。



「すいません、夜分遅くに。少し、話したいことがあります、急なことで申し訳ありませんが、大事なことなんです。亮介君のことについてです」

 俺は玄関で石田母に頼み込んで家に上がらせてもらった。石田父は単身赴任中で普段家にはいないそうだ。

 石田母が起きていてくれてよかった。もし眠っていたなら面倒ごとが減る代わりにリスクが上がる。

 俺が無断欠勤をして高校に来なくなった、という情報は彼女の耳には入っていないはずだ。息子は学校に行っていないから彼の口から聞くことはない。学校側もまさか一生徒の家に上がり込んでいるなんて想像できないだろう。あなたの家に黒森篤という教員がいませんか、なんて電話を掛けることもなかったはずだ。

「すごい荷物ですね……」

「……ええ、まあ気にしないでください」

 言われて見てみれば夜中に人の家を訪ねる荷物の量じゃない。怪しまれたかも。

 この前と同じように居間に通された。ソファの横にカバンを下ろす。

「……それで、亮介がどうしたんでしょうか……?」

「はい。先ほど私が少し外出していると亮介君の姿を見つけました。何やら繁華街の方に行っているみたいで……。その場で声をかけようとも思ったのですが反発されるだけだと思い、急いで親御さんに知らせようと。言い忘れましたが私はこの近くに住んでいるのです。電話をかけるよりは直接会って話したかったのです」

 完全なる嘘である。しかし石田本人のためだ。

「それで、お母さん。亮介君は塾に真面目に通っておられるんですよね?」

「……はい、そうだと思います」

 俺は一拍おいてから。

「先日私の方で行った調査によると亮介君が非行に走っていることが判明しました。勉強は頑張っている一方で、非行に走る。この一見相反する行動には彼の心が現れているのだと、私は思います」

「……ストレスを抱え込んでしまっている、と?」

「はい。その通りです。それでお母さん。亮介君の将来の夢を……ご存知ですか? 私は亮介君が勉強を頑張っているのには理由があるのだと思います。それも強い理由が。そのプレッシャーが強すぎるのだと」

「……」

 しばらくの沈黙。そして、

「あの子が高校に入ったばかりの頃、まだ私たちとよく会話してくれた頃に、『僕は医学部に行って医者になって、金持ちになるんだ』と、そう言っていました。私たちの家庭は裕福ではありません。だから彼は私たちのため……親のためにお金を稼ぎたい、そう言っていました……」

 そうだったのか。

「分かりました。私自身、亮介君のことをもっと知りたかったのです。それでいきなりで失礼ですが、お茶をもらえないでしょうか」

 本当に失礼な要望だ。

「ああ、すいません。忘れていました……」

 そう言って石田母が立ち上がる。

「ええと、そんなにしっかりしたものじゃなくてもいいんです。少し喉が渇いただけなので」

 石田母は居間を出て、ダイニングの方に向かった。その間に俺はカバンに入れておいた例の「白い粉」を取り出す。

 しばらくして戻ってきた。

 お盆に……コップは二つ。

 よし。

 お盆をソファの前のテーブルに置いた。

「すいません、ストローを頂戴してもいいでしょうか」

 石田母は少し不思議そうな顔をしたようだが黙って立ち上がり再びダイニングの方に向かう。俺はその隙を逃さずに二つのコップのうちに片方に例の白い粉を入れた。

 もう片方に口をつけて、ぐびりと飲む。

「ああ、どうも」

 ストローを受け取って、コップに差し込み、ぼこぼこやった。

 これはストローを持ってこさせておいて普通に口をつけて飲んでいたのがばれたら怪しまれるかもしれないと思ったからだ。ストローの使い道としては飲む以外にこれしか思いつかない。ぼこぼこやるしか。

「お母さんも、どうぞ」

 石田母はこっちを怪訝そうに少し見た後、ためらわずコップに口をつけて、ぐびりと飲んだ。

「……」

「……」沈黙。

 効いてくれ!

「……」

「……」沈黙。

 頼む! 神様……!

 口を離し、コップをテーブルに置くや否や、

 石田母がばたんと横に倒れた。俺はしばらく待った後、彼女の鼻に手をかざす。

 すーすーいっている。寝息。ちゃんと眠っているようだ。

 よかった、ちゃんと睡眠薬だった。

 俺の家にはいくつかの白い粉があるが全部白いのでどれがどれか区別できない。なめて確認しようとしても中には麻薬や毒薬も含まれているので危険である。しかしそのうちの半分が睡眠薬なのは分かっているので適当にとって今日ここに持ってきたのだ。幸いにもそれは睡眠薬だった。ちょうど今確率五十パーセントの賭けに勝ったということだ。

 今日のミッションで最も難しかったのはこれである。つまり言ってしまえば後のミッションは楽なものだ。

 俺は石田母にそっと毛布をかけて居間を出て、階段を上がる。古い家なので階段は急だ。懐中電灯で足元を照らし、転ばないように気を付ける。

 二階には廊下をはさんで部屋が二つしかない。ちょうど野比家のような感じだ。そのうちの一つ部屋のドアを開けた。

 明かりを照らす。見えるのは机に、本棚、ベッド。

 廊下に戻ってもう片方の部屋のドアを開けて中を照らす。と、そこは物置のようになっていた。服の類や古いテレビなんかが置かれている。少し埃っぽい。

 間違いない。最初の部屋が石田亮介の部屋だ。見たところ彼は一人っ子のようだ。俺は懐中電灯を片手に部屋に侵入する。電気をつけることはできない。近所の人に見られると後々面倒なことになるかもしれないからだ。

 部屋は六畳ほどの大きさできれいに整理整頓されている、というほどではないが床に物が散乱して足の踏み場がないってほどでもない。

 ドアを開けて正面の壁には机があった。机の上は高校のプリントが整理されずに散らばっている。学級通信やテストの結果などである。

 机の右側の壁には本棚があった。その中は、どうやら多くが漫画のようである。週刊の少年誌が数十冊、ぎっしりと埋め尽くされている。古い順に並んでいるようで、最新のものでも一昨年のものだ。中三の途中で買うのをやめたということだろうか。

 少年誌の下にはこれも大量の漫画の単行本が並んでいる。それは今巷で人気の海賊漫画で、俺も読んだことがあるものだ。確か八十巻以上出ているはずだったがここに並んでいるのは一巻から四十巻までだ。

 あとは普通に小説やらプラモデルやらが置いてあるだけだ。

 部屋にあるのは、あとベッド、ぐらい。ただベッドを捜索しても何にもならないだろう。下からエロ本とかは出てくるかもしれないがそこまでプライベートなことに踏み込むのはさすがにためらいがある。

「ふむ……」

 思っていたより普通の、一般的な男子高校生の部屋だった。

 思っていたより、なんていったが正直に言えば何も思っていなかった。俺にとって石田亮介という高校生はまだまだ未知の生き物だ。彼のことを何にも想像できない。できるわけがない。

 一般的な、なんていったが正直に言えば一般的な男子高校生の部屋がどんなものかなんてまったく知らない。高校時代の俺は少なくとも不良だったという点で一般的じゃなかったし、同じく俺の仲間も一般的じゃなかった。だからこれが、石田の部屋が俺の知る限りの最も一般的な部屋なんだろう。そういうことにしておこう。

「よし……帰るか!」

 苦労はしたけれど得るものもあった。

 石田は漫画やプラモデルが好き、ということだ。

 俺は部屋から出て、居間に戻った。石田母が眠りながらもなおつかんでいたコップをそっと取って、中をダイニングのキッチンの流し台に捨てた。コップを握ったまま眠っている母親の姿を石田が見たら睡眠薬を怪しまれるかもしれないから。俺の飲んだコップも片付けておく。軽く水でゆすいで、濡れたまま食器棚に戻す。乾かしている時間はない。

 本来ならここで書き置きとして失礼します的なことを残していくべきなんだろうが、それが石田亮介に見つかったら俺がここに来たのがばれる危険がある。石田は、別に本当かどうかはよく知らないがなんとなく人に踏み込まれるのを嫌がるタイプな気がする。それで俺に対して引いてしまうようなことになれば、これまでの苦労が全部無駄になってしまう。それだけは避けたい。

 電気を消して、俺は石田宅から出た。腕時計を見るともう夜の十一時半。帰って寝たいところだがあと一つやらなくてはならないことがある。

 俺はため息をつきながら深夜の学校に向かった。


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