お人好し。
相変わらずだね、彼氏。
「あ、よろしかったらどうぞ」
「え、いいんですか? その……」
「ああ、大丈夫ですよ。自分よか、ね?」
「すみません、なんだか申し訳ない気が」
席を立ち、相手に身振りで意思を示しながら応えている。相手の女性が申し訳なさそうにしているのを見て、私がフォローする。
「ごめんなさいね、逆に気を使わせちゃって。でもほんとに大丈夫だから、この人は」
「うん、こういうのはね、慣れてるから俺」
「慣れるもんでもないでしょうが。そんなんじゃフォローした意味ないでしょ、まったく」
「そうかあ? でもお前も知ってる通り、俺は……」
「はい、はい。いっつも余計なことに首突っ込んでは、痛い目に遭うのがお得意でしたね。って、席を譲ったのが余計なことって意味じゃないからね?」
隣の女性に言い訳する羽目になった。これだからこの人は、もう。
「いいえ、分かりますから。それにしてもお二人、とっても仲がよろしいんですね」
「ええっ、そんなことないですよお! いっつもケンカばっかしてるんですから」
「ふふっ。ケンカするほどなんとやらって言うものよ?」
っ! 墓穴を掘っちゃったみたいだ、私。吊革に掴まりながら、そこで勝ち誇った顔すんな!
「横合いから失礼、少しよろしいかな?」
横に座っていたご年配の男性が、私たちの方に声を掛けてくる。
「もしよろしければ、私の座る席をお譲りしてもよろしいかな?」
「いいえ、そのお気持ちだけで」
「ふむ。なせかな、私が老人だからですかな」
「それもないとは言えませんが、そのなんと言ったらいいのか……」
言いよどんじゃった。しかたないからフォローしようとしたら。
「ちなみに、どうしてそのような怪我をされているのか、お聞きしてもよろしいですかな?」
粋なウィンクを私にして黙らせる。
「いやあ、それは……」
もう黙ってらんない!
「私をかばったからです。私がこないだ電車降りるときに、後ろから乱暴に降りようとした人から突き出されちゃって。その時に足をホームと電車の隙間に挟まれて、身動き取れなくったのを体使ってかばったせいで……」
「いいや、もっと俺に力があればこうはね。でも大丈夫、完全骨折だから治りも早いってお医者さんが言っ」
「そういうこと言ってんじゃないの! 私なんてそんなに守んなくていいから、自分のことを大事にしてって言ってるの!」
あ、まずい。電車の中なのに大声だして。それだけじゃない、頬を熱い滴が伝わるのが分かる。
「くわっあかっかっかっかあ!」
車内に、おじいさんの豪快な笑い声が響き渡る。私の涙も引っ込んだ。そしてまた私にダンディーにウィンク。
「いやはや、お若いのに、貴方は大人だ。ああ、この場合の大人はですな、大きな心を持った人様という意味ですな」
私と彼で顔を見合わせ、彼が首を傾げた。分かってないや、この感じじゃあ。
しばらくして。
「ありがとう。私はここで降りますからな、お後はご自由に」
再びあの高笑いをしながら、誰に言うともなく呟かれながらホームに降りる。
「いやあ、ああいうお人ばかりならば、日本の未来も悪くない。はたらけ、はたらけ。はたさまをらくにして差し上げるがはたらくこと、とな」
私は横に座ってお腹をさすっている、さっきの女性と一緒になって笑った。
「そ、それにしても面白いおじいちゃんでしたね」
「ほんとに。でも、買いかぶりすぎだと思うなあ。だってうちのって、ほら」
その後言った言葉が、彼女とぴったりハモってまた笑い合う。
席が空いてるのに律儀に立つ彼には、たぶん分からないだろうな。でもそこが、ね。