表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

木漏れ日亭 短編小説集

お人好し。

作者: 木漏れ日亭

 相変わらずだね、彼氏。

「あ、よろしかったらどうぞ」


「え、いいんですか? その……」


「ああ、大丈夫ですよ。自分よか、ね?」


「すみません、なんだか申し訳ない気が」


 席を立ち、相手に身振りで意思を示しながら応えている。相手の女性が申し訳なさそうにしているのを見て、私がフォローする。


「ごめんなさいね、逆に気を使わせちゃって。でもほんとに大丈夫だから、この人は」


「うん、こういうのはね、慣れてるから俺」


「慣れるもんでもないでしょうが。そんなんじゃフォローした意味ないでしょ、まったく」


「そうかあ? でもお前も知ってる通り、俺は……」


「はい、はい。いっつも余計なことに首突っ込んでは、痛い目に遭うのがお得意でしたね。って、席を譲ったのが余計なことって意味じゃないからね?」


 隣の女性に言い訳する羽目になった。これだからこの人は、もう。


「いいえ、分かりますから。それにしてもお二人、とっても仲がよろしいんですね」


「ええっ、そんなことないですよお! いっつもケンカばっかしてるんですから」


「ふふっ。ケンカするほどなんとやらって言うものよ?」


 っ! 墓穴を掘っちゃったみたいだ、私。吊革に掴まりながら、そこで勝ち誇った顔すんな!



「横合いから失礼、少しよろしいかな?」


 横に座っていたご年配の男性が、私たちの方に声を掛けてくる。


「もしよろしければ、私の座る席をお譲りしてもよろしいかな?」


「いいえ、そのお気持ちだけで」


「ふむ。なせかな、私が老人だからですかな」


「それもないとは言えませんが、そのなんと言ったらいいのか……」


 言いよどんじゃった。しかたないからフォローしようとしたら。


「ちなみに、どうしてそのような怪我をされているのか、お聞きしてもよろしいですかな?」


 粋なウィンクを私にして黙らせる。


「いやあ、それは……」


 もう黙ってらんない!


「私をかばったからです。私がこないだ電車降りるときに、後ろから乱暴に降りようとした人から突き出されちゃって。その時に足をホームと電車の隙間に挟まれて、身動き取れなくったのを体使ってかばったせいで……」


「いいや、もっと俺に力があればこうはね。でも大丈夫、完全骨折だから治りも早いってお医者さんが言っ」


「そういうこと言ってんじゃないの! 私なんてそんなに守んなくていいから、自分のことを大事にしてって言ってるの!」


 あ、まずい。電車の中なのに大声だして。それだけじゃない、頬を熱い滴が伝わるのが分かる。


「くわっあかっかっかっかあ!」


 車内に、おじいさんの豪快な笑い声が響き渡る。私の涙も引っ込んだ。そしてまた私にダンディーにウィンク。


「いやはや、お若いのに、貴方は大人だ。ああ、この場合の大人はですな、きな心を持った様という意味ですな」


 私と彼で顔を見合わせ、彼が首を傾げた。分かってないや、この感じじゃあ。



 しばらくして。


「ありがとう。私はここで降りますからな、お後はご自由に」


 再びあの高笑いをしながら、誰に言うともなく呟かれながらホームに降りる。


「いやあ、ああいうお人ばかりならば、日本の未来も悪くない。はたらけ、はたらけ。はたさまをらくにして差し上げるがはたらくこと、とな」


 私は横に座ってお腹をさすっている、さっきの女性と一緒になって笑った。


「そ、それにしても面白いおじいちゃんでしたね」


「ほんとに。でも、買いかぶりすぎだと思うなあ。だってうちのって、ほら」


 その後言った言葉が、彼女とぴったりハモってまた笑い合う。


 席が空いてるのに律儀に立つ彼には、たぶん分からないだろうな。でもそこが、ね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして、こんばんは。 いいお話ですね。「はたらく」という言葉がキーなのかなと思いました。 「はたらく」というのは、なんかこう社会人としての一種のステータスというか、「俺はこれで飯…
[良い点] 本当に彼はおひとよしというか、マイペースというか……。 それでも憎めないところがあるから 彼女は彼を好きなんでしょうね(^-^)/ [一言] ほっこりさせていただきました(*^^*) ラス…
[良い点] 〆への語らいが小咄らしいオチがあるというのが素敵ですね。 [一言] 登場人物とその回りの情景があんまり分かりませんでした。 私と女性と俺とご年配の男性? 隣の女性というもう一人いる? ご…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ