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「変なイベントが起きている」
いつの間にか別棟にある研究施設の師匠専用の部屋まできていた。ベッドに座らされ、師匠はがさがさと荷物の積まれた場所を掘り起こす。
そして私のボケはスルーされてしまった。
「サヤ、おまえはあの男に何か感じたか?」
「よくわからないですけど、何かと言われたら何かは感じました」
「私も感じた、もっと明確なものを。あの男がおまえに抱くのは恋慕ではない、好奇心だ」
「……なんかちょっと酷い」、へ
「酷いも何もない、事実だ。あの男はおまえが指輪の主であることを知っている」
「知っているって、どうやって」
「竜族には未来を見る力がある。大半が具体的なものを見るまでの力はないが、ある程度の力があれば原因や結果を見ることはできる。その力によっておまえと指輪が導かれたとしたら? あくまでリシュヴァルドにも竜族が降りている前提だが、可能性は高い」
「……師匠は確信してるんでしょう?」
師匠は手を留めて私をじっと見る。そして溜息をついた。
「数年前、ある友人が会いにきた。気になる人間がいるといってな」
「その人がガヴェインさんだってことですか?」
「おそらくは。けれどすべて推測に過ぎない」
「師匠が言ったことが外れてることまずないですよ? それに……指輪も何か感じているみたいだから」
何にせよ彼は何かをもっているのだろう。アルヴァディアの王にはない、何かを。
師匠はまた溜息をつき、箱から何かを取り出した。赤くて薄っぺらい楕円形のもの。光の加減でそれは虹色に光る。それを私の手に乗せた。
「私の鱗だ」
「うろこ……!?」
「加工してあるものだ。指輪までとはいかなくともそれなりに魔力の源になりうる。それに持っていれば私にはおまえの状況が手に取るように分かる」
「手に取るようにって、」
「……変なことは考えるなよ」
「だって、手に取るようにっていったら、私が例えばお風呂に入ったりとかしたら」
「したいならすればいい。だが後悔するなよ、見られたくないのなら自衛しろ」
「冗談でーすーそんな突き放さないで下さいーししょーお」
「うるさい、変なことを口にするくせに跳ね返されて戸惑うな、言い切れ!」
「師匠相手だとむーりー!」
「……たく」
わーわーと騒ぎ師匠の服を掴み縋る私に呆れた目を向けて、けれどそれでも師匠は私を見捨てないで居てくれる。指輪の命があるから仕方ないなんてよく言うけれど、本当はそれだけじゃないと信じたい。
触れる手も抱き締めてくれる腕も全部優しいから。師匠に放り出されたら私は生きていけないと思う。
わーわーと追い縋っているとコンコンと控えめなノック音がした。師匠がどうぞと声をかけると、扉は開けないまま女性の声がした。
「サヤはいますでしょうか?」
「いるが」
「宴が終わりましたので、リシュヴァルド王の元へお願いします」
「……承知した」
「よろしくお願い致します」
足音が遠退いていく。
この城で私はあまり良く思われていない。師匠の弟子としていきなり現れ、そのおかげで王の側にも行ける。玉の輿を夢見る乙女達には大層邪魔な存在で、宰相や騎士達からはいくら師匠の弟子とは言え得体の知れない人間だと警戒されている。王に至っては優しい笑みを携えながらも道具のようにしか思われていない気がする。扉の向こうの彼女もその一介であると、わかってはいるけれども。
何も言わず、頭をぐしゃぐしゃに撫で回される。こういうことしてくれるから、私は師匠の隣から離れられない。
「師匠、大好きですよっ!」
「やめろ」
「……酷い」