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桃のタイトル奮闘譚

 あまりに衝撃すぎる真実を知った翌日、私はまじかる☆ステラのDVDを抱え部室の前に来た。

 今日一ノ宮くんと会ってなんて話そう。もしボロが出てうちのお母さんがまじ☆ステのキャラクターデザインだとバレてしまったらなんというのか。


 いや、想像するのは容易い。最初に泣くでしょ、そして


――同志よオォォォォ! 神よぉおおおお!


 となるに決まっている。


 それだけは阻止しなければならない。


「失礼しまーす……うっ!」


 部室に入ると、鬼塚くんではなく問題の一ノ宮くんがひとりで椅子に座っている。鬼塚くんと二人きりでも緊張するから避けたいのだけど、今最も避けたい状況に私は窮している。

 そうだ、何の気なしに“まじ☆ステ面白かったよ。ありがとう”そう言えばいいのだ。


 遠藤桃、頑張ります。


「い、一ノ宮くん……」


 パソコンに向かっていた一ノ宮くんが手を止める。

 その一ノ宮くんは若干やつれて見えなくもなく、せっかくの整った顔が台無しだ。


「遠藤氏、かたじけない。今僕は君とその手元にあるまじ☆ステを語らうことはできない」


 掠れた声でそういうと、再び鬼気迫る表情でパソコンを見ている。

 というか、遠藤氏って言ったよね、今。昨日までさん付けだったのにどうしたのよ。


「おお、一ノ宮やってるな」


 後方上から聞こえた声は鬼塚くんで、またまたいきなりの登場に私はびくりとする。

 もう、この登場の仕方はお決まりなのかな。


「遠藤、今おぽんち先生は修羅場なんだ。あいつ忙しいのに2日に1回の連載をしてるからな。きっとストックが切れて大変なんだろ」


 一ノ宮くんは私生活も忙しいのに必ず2日に1回物語を更新している。さっこみゅでは物語のスピード感が大切らしく、毎日連載しているユーザーも少なくないのだ。

 この状況は投稿ストックが切れた一ノ宮くん……おぽんち♪めろん先生の風物詩らしく、何を話しかけても反応はないらしい。

 どうやら、ピックアップされて人気が加速したらしく、今のストーリー運びが重要なカギになっているようだ。

 一ノ宮くんはプロットノートと設定表を交互に見ながら執筆を続けている。

 普段はストックが5話以上溜まっているらしく、この状況は珍しいらしい。


「だから、今日はアイツのことはそっとしておこう。俺たちはこっちで作業するか」


「う、うん。そうだね」


 鬼塚くんは二人分の机と椅子を、一ノ宮くんとは離れたところに運び、くっつけた。

 なんだか、カップルっぽい。どうしよう、最初は鬼塚くんに早く来てほしかったけどこの状況はこの状況で恥ずかしいよ。

 私は高鳴りだす心臓を押さえながらパソコンを取り出すと、鬼塚くんの正面に座った。


 パソコンを開き、文章作成ファイルを起動すると私は今創作で悩んでいることを思い出した。


(この悩み、鬼塚くんに相談しようかな……)


 私は開いたノートパソコンを端に寄せ、りんちゃんシールの貼ってあるプロットノートを開くと鬼塚くんに声を掛けた。


「ああ、あの! 鬼塚くん。ちょっと相談があるんだけどいいかな?」


 一ノ宮くんを邪魔しないようにこっそり話しかけると鬼塚くんがこちらを見る。

 その綺麗な瞳に吸い込まれそうで私はすぐにノートへ目を移した。


「ああ、いいぞ。どうした?」


「実はね、ミステリーモノの連載が5話くらいまで書けて後は投稿しながら書こうと思っているんだけどね。タイトルが決まらないの」


 私はタイトルのない文章ファイルを見せる。ここ数日、ゆっくりプロットを文章に起こしてみたのだが、どうしてもこの小説のタイトルが決まらなかったのだ。


「そうだな……タイトルが決まらないと投稿できないもんな。じゃあ、その作品の具体的なあらすじを教えてくれ」


「うん、あのね……」


 私は自分が書いている物語のあらすじを鬼塚くんに話す。


 時代背景は大正時代。和洋折衷折り重なるその時代、呉服屋の娘“小梅”は両親に婚約者を宛がわれる。

 その婚約者とは貿易商の跡取りで16歳の小梅より6つも年下の近衛朔太郎(このえさくたろう)だった。朔太郎は我儘、暴君で、婚約者である小梅に“僕の遊びに付き合え”という。

 その遊びとは警察たちが手を焼いている事件を解決する“探偵ごっこ”だったのだ。


「なるほど……ミステリーに恋愛要素をあわせた話なんだな」


「うん、ストーリーも結構頑張って作ってみたんだよね。でもぱっとしたタイトルがなくて……」


 鬼塚くんは私が書いた物語を読みながら頭を悩ませる。

 私のことでこんなに悩んでくれるの、なんだか嬉しいな。


「そうだな……」


 鬼塚くんはノートに何か書くとこちらに見せる。


「……えっと、この字は“(たん)”?」


「ああ、意味は“物語”だな。こういう古い感じを付けてナントカ譚ってすると時代背景が分かるし、いいんじゃないか?」


「ああ、なるほどね! 確かにいいかも。参考にさせてもらうね。あとは前に付ける文字か……うーん」


 再び二人で頭を捻る。ミステリーってだけを前面に押すんじゃなくて恋愛もあるって分かる可愛らしいタイトルがいいな。


 暫く悩んでいると後ろでガタン、と大きな音がした。

 何事かと振り向けばそこにはガッツポーズをして立ち上がる一ノ宮くんの姿が在る。


「脱稿でござるぅぅぅ!」


 うっすらと隈を作った眼もとでこちらを見る。本当にイケメンが台無しだよ。ファンクラブの子が見たら卒倒(そっとう)しちゃうんじゃないかな。


「おう、お疲れ。どのくらい書けたんだ?」


「今日の更新分プラス3話だよ。これでストックを溜めることが出来そうだよ」


 一ノ宮くんはノートパソコンを閉じてミネラルウォーターを飲んだ。


「ちょっと待って。今日の今だけでそんなに書いたの?」


 私が聞くと、一ノ宮くんは何でもない表情でそうだけど、と返した。


 一ノ宮くんことおぽんち♪めろん先生の人気連載小説、“朝起きたら俺争奪戦が始まったようですよ! -異世界動乱編-”は1話大体3000字から4000字でまとまっている構成になっている。

 つまりこの短時間で12000字以上書いたことになるのだ。

 さすがはピックアップユーザーだ。


「まあ、プロット自体は出来ていたからね。それに細かい推敲(すいこう)が残ってる。それより遠藤さんは何か悩んでいたんだろ?」


 一ノ宮くんは椅子だけ運んできて隣に座った。茫然(ぼうぜん)とする私を横に鬼塚くんがタイトルが決まらないという経緯を話している。


「それで、今までタイトルをどうするかって話してたんだ。そうだ、遠藤。一ノ宮からもいいアドバイスが聞けるかもしれないぞ」


「そ、そうだね。一ノ宮くんもなにかあったら教えてほしいな」


 一ノ宮くんは普段の行動が少々問題あっても、このさっこみゅで人気なユーザーなのだ。きっとすごいアドバイスが聞けるかもしれない。


「そうだな……よし、こんなのはどうだろうか。“小梅たんと僕のミステリー日記”だ!」


 ノートをクイズ番組のフリップボードの様にして自信ありげに答える。

 一ノ宮くんあのね、鬼塚くんは“たん”って言ったけどその“たん”じゃあないんだよね。勘違(かんちが)いじゃなく譚違(たんちが)いだね。


「ナイ。ソレハナイ」


 鬼塚くんが私の気持ちを代弁するかのように答える。


「なぜだ! さっき執筆しながらちらりと話を聞いたが“たん”を使いたいと龍が言ったんだろう!」


「おめーは何を聞いてたんだ。譚だ譚。お前のたんとは意味が違うんだよ」


 鬼塚くんはノートに書いた“(たん)”の漢字を見せた。


「それは……可愛らしい女の子の敬称と言えば“たん”以外ありえないからな。……それじゃあ、龍も具体的な案を上げてくれ」


 なんだか私のせいで二人の会話が険悪になっていく。このまま喧嘩にでもなったらどうしよう。私絶対止められる気がしないよ。


「そうだな、“少年少女奇譚しょうねんしょうじょきたん”だな」


「それじゃあ、この小梅たんの愛らしさと可愛さが微塵(みじん)も伝わらないじゃないか。固すぎる!」


 今度は一ノ宮くんが私の心境を言ってくれる。文学作品のタイトルだったらしっくりくるんだけど、もう少し分かり易く可愛らしいタイトルの方が作品にあっているかもしれない。


「それでも現代ファンタジー寄りのタイトルはなしだろ? なあ、遠藤?」


「だとしても、固すぎるのはだめだ。もっとこの登場人物にあった愛らしいタイトルにすべきだろう? 例えば“うめたん!”とかね、遠藤さん?」


 二人は言い争った結果、コッチを射抜くように見てくる。

 そうだよね、私の作品だからそれはそうなんだけど。怖いです、二人とも……

 恋愛小説だったら「二人とも、私の為に争わないで!」みたいな展開なんだろうけど、これはもう登場人物の小梅を取りあっているようにしか見えないよ。

 

 それに一ノ宮くん、うめたん! は絶対にナイです。


「えっと、えっと……中間がいいかな……?」


「中間?」


 おお、二人の呼吸がぴったりと揃った。

 私は二人の迫力におどおどしながら続ける。


「ほら、真面目な推理物でもあるけど恋愛も入ってるから柔らかいけどちょっと古めかしいと言うか……例えばだけど浪漫少女(ろまんしょうじょ)・ミステリーとか……」


 私の言葉を聞いた二人はぽかんとして、頷く。


「なるほど、それなら古すぎず、新しすぎないね。カタカナを入れると余計に」


「それなら、コッチはどうだ?」


 鬼塚くんはノートをこちらに向ける。


――浪漫少女・ミステリヰ


「旧かな字使うとそれっぽくなるよな」


「ほんとだ。こっちのが素敵だね。ありがとう鬼塚くん」


 私は、文書ファイルにタイトルを書きこむと、一ノ宮くんの方を見る。


「一ノ宮くんもありがとう。ミステリーは一ノ宮くんの意見聞いて思いついたから。……あとDVDもありがとうね」


 私は机に下げた袋を渡す。


「遠藤氏! まじステみたでござるか?」


 まずい、やってしまった。執筆のことですっぽり抜けていたまじステの話題を私から一ノ宮くんの頭にログインさせてしまった。

 そして一ノ宮くんのオタクモードだと私の呼び方が遠藤さんから遠藤氏になるらしかった。

 私は困って鬼塚くんに視線を上げると、それから逃げるように鬼塚くんは文庫本を取り出す。

 ひどいよ、鬼塚くん! 本の世界から帰って来て。私を助けてよう。

 私は、DVDを広げ力説する一ノ宮くんにひたすら相槌を打つのだった。


 遠藤桃こと桃瀬林檎、初連載は明日からになりそうです。

次話は3月10日更新予定です。

追記、更新予定3月11日になります。申し訳ありません。

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