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彼がソレを書けない理由

 来たる、魔の放課後。私は本日無事に部活動が出来るのでありましょうか。

 さっこみゅ部に入り二日目、鬼塚くんと話す様になって三日目、美加ちゃんと出会ってからは忘れちゃったけれど、私は早くも胃をキリキリさせながら部室前に立っている。

 今朝、幼馴染の好奇心から遭遇したおぽんち♪めろん先生こと一ノ宮瑞輝くんに言われた一言を思い出して更に胃が締めあがった気がした。

 これは勿論比喩的表現で、実際そんなことがあったら救急車を呼ばれているところだ。


――今日こそはまじかる☆ステラについて語りあかそう、同志よ


 その一言を思い出して手にしっとりと汗をかく。昨日、行われた謎の入部試験に私はたまたま合格してしまった。そしてそれがきっかけで一ノ宮くんは私とまじかる☆ステラなるアニメ友達だと思われているようだ。

 そう、好きな物同志語り合う友人ならいい。だけど私はまじかる☆ステラについて何も知らなかった。


 昨日、念の為にパソコンで調べた付け焼刃程度の知識では、まじかる☆ステラは日曜朝8時半から放送されるオリジナルアニメで、子供向けのアニメだが内容が深くその親世代をも虜にする超人気アニメのようだった。

 だが、私の知識はそこまでで詳しい物語は一切分からないままだった。


 こんな部室前でもたついてたら部活動に遅刻してしまう。私はノートパソコンが入っている鞄の取っ手を握りなおすと私はその扉に手を掛ける。


「おい、遠藤。まだ鍵開いてねえぞ」


「うっひゃい! ……うう、びっくりした」


 あまりにも緊張して変な声を上げてしまった。ただ、同時に安心もした。後ろから声を掛けてきたのは私の恐れる一ノ宮くんではなく、この部活に誘ってくれた憧れの鬼塚くんだったからだ。


「なに、そんなに驚いてるんだ? 今、開ける。待ってろ」


 鬼塚くんは鍵を差し込み、教室を開ける。


「あの、一ノ宮くんは?」


「一ノ宮? ああ、さっき会って今日は急用があって来れなくなったらしい。めちゃくちゃ残念がっていたが、遠藤なんかあったのか?」


「いや! 何も! 全然! ほんとに!」


 鬼塚くんは不審そうに首を捻ったが、すぐに教室の中に入っていった。

 本当によかった。まじかる☆ステラ談義から逃れられたのだ。

 鬼塚くんは、慣れたように机にノートパソコンを取り出し、起動する。私もならう様に正面の机に座った。


 待てよ。一ノ宮くんがいないってことは鬼塚くんと二人きりってこと?


 私の心臓は急速に動き出す。よかった、と思っていたけど全然よくない。私、何を喋ればいいんだろう。部活とはいえ、気になっている人とずっと二人きりは心臓に悪いよ。


「遠藤」


 鬼塚くんが私の名前を呼ぶ。


「なに……?」


「なんか顔赤いけど……」


 気づかれた。一人でテンパっているのがばれたのだ。鬼塚くんは涼しそうな顔してこちらを見ている。私が口をパクパクさせると彼の少し厚めの唇が動いた。


「もしかして花粉症か?」


「え……?」


「いや、まだ4月下旬だしひどい奴は5月中旬まで大変なんだろ? うちの兄貴も花粉症でな」


 へえ、花粉症がひどいお兄さんがいるんだ。じゃなくて。


「え、えっとそう、そうなんだ! 大変だよね花粉症」


 鬼塚くんはもしかしたら天然なのかもしれない。顔が赤くて花粉症を連想する人ってなかなかいない気もするし。

 私は曖昧に返して鞄からプロットノートを広げる。お陰で変な緊張もとれたみたいだった。


「そうだ、遠藤に相談があるんだ」


「なに? 作品作りとかで?」


 鬼塚くんは頷くと、A4サイズのノートを開いてシャープペンシルを器用に回した。悩ましげな眼がまたかっこいい。


「今まで短編ばかり書いていたけど、長編にもチャレンジしたくてなぁ……だが物語のジャンルが決まらない」


「ジャンルか……たとえば一ノ宮くんでいうところの異世界ファンタジーみたいな?」


「そうだ、遠藤はミステリーだろ?」


 鬼塚くんはノートのページにジャンル、テーマと書く。

 私は一回ノートパソコンを閉じ、彼の相談に乗ることにする。


「ジャンルって言ってもたくさんあるよね。たしかさっこみゅではファンタジーが人気なんだっけ? 後は恋愛、とか学園とか」


「ああ、さっこみゅ内はファンタジーが1番人気。その次が恋愛だな。どちらも短編では書いたことあるが……」


 鬼塚くんはパソコンを見つめたままだった。そこはさっこみゅのランキングページで、人気ジャンルランキングが載っていた。


 さっこみゅの売りと言えばランキングの細かさだった。

 統計も総合、月刊、週刊、日刊と細分化されていて各ジャンル別の統計もある。更にランキング1位に1か月ランクインした作品は殿堂入りでランキングからは除外されることになっている。新規作品でもランキングに載りやすいという嬉しい機能だ。


「やっぱり長編ファンタジーだと読んでくれるユーザーさんは多いんじゃないかな?」


「確かに、ユーザーの中にはファンタジーのみ読んでいく読者も少なくない。でも俺には一ノ宮のような作品は書けないと思う」


 確かに……一ノ宮くんの作品は漫画になってもいいくらい展開も早く、キャラも特徴的な人物が多い。いい意味で“今どき”の作風だ。それに比べて鬼塚くんの短編を見たけど、どちらかというと教科書に載っていてもおかしくないくらいきっちりとした文体で、大人数の登場人物を書くのは得意ではないのだろう。


「じゃあ、鬼塚くんの体験に添ったものとかはどうかな?」


「確かに、経験したことは書きやすいな。ファンタジーは自分で1から世界を作り上げるから構想に時間がかかる。だけど自分がある程度体験していれば……何かあったか?」


「や、野球を題材にした学園モノとかは?」


 鬼塚くんはパソコンから目を背け、こちらを見つめる。目を見開いて驚いているようだった。


「なんで俺が野球やっていたこと知ってるんだ?」


 しまった。私は鬼塚くんと出身校が違うし、鬼塚くんとの会話で1回も野球の話は出たことがない。

 初めて鬼塚くんを見た試合だって、ただの練習試合だ。そこで覚えていたら不自然だろう。


 そこで一目惚れしました! なんて言えるはずない。


「え、えーっと。弟! 弟が隣中学に鬼塚っていう選手がいるって言ってて! それで……」


 弟を売りにだし、そして苦しすぎる言い訳。ごめんね、弟よ。今日あなたの好物の焼きプリン買っていくから。


「遠藤の弟、野球部なのか?」


「うん、一つ下なんだけど。ピッチャーだから相手選手のことよく知ってるみたいで」


 いつも生意気を言う弟に助けられた。本当にありがとう。


「まあ、レギュラーだったから相手チームには知られてるか。……だけど野球物は絶対書かない」


 パソコンを見つめ直した鬼塚くんの眉間には深く皺が寄っている。どうしよう、なにか怒りに触れてしまったみたいだ。


「そ、そうなの? 野球の試合とか文にするの難しいもんね」


「いや、文じゃなくて」


 鬼塚くんが溜息を吐くと、顔を顰める。こういう顔を“苦虫を噛み潰したような”と表現するのだろう。


「投手と捕手の仲がめちゃくちゃ悪かったんだよ」


「え……?」


「うちの学校は比較的強豪校で、県大会とかも決勝常連だった。だけど、うちの部の投手と捕手が本当に仲悪かったんだよ」


 鬼塚くんの話によると投手と捕手はそれぞれすごい実力の持ち主だったが、二人の仲が悪く県大会決勝の前日、遂に決裂。試合には二人とも来なかったそうだ。


「……それでチーム内でどちらに着くかって軽く内戦みたいになってな。もう野球はやめようと思ったよ。野球物って漫画とかもそうだけどだいたい投手と捕手中心の物語が多いしな。俺には勝利へ向かうピッチャーとキャッチャーは書けん」


 桜野高校には野球部はない。鬼塚くんは窓の外の夕日を見上げると一言、“好きだったんだけどな、野球”と呟いた。

 失礼だけど、その様子が何かのワンシーンみたいで夕日に照らされた鬼塚くんの切なげな顔と落ちた影のコントラストがとても綺麗に見えた。


「あの、おにつか、くん……」


「ま、書くとしたらキーストーンコンビで書くかな」


 振り向いた鬼塚くんはいつも通りの表情だった。


「……キーストーンコンビ?」


「ああ、セカンドとショートのことだな。チームメイトもいい奴で、うちのチームでは最強のキーストーンコンビって呼ばれてたんだ」


 鬼塚くんはノートに文字を書いてそして私に見せる。


「しかもショートは遊撃手って書く。かっこいいよな、書くならショートが主人公だな」


 子供っぽく笑う鬼塚くんが珍しくて私もついつい笑ってしまった。

 今日はなんだかんだ、野球の話をして長編の内容はまだゆっくり模索すると鬼塚くんは言っていた。


「今日は部活、この辺かな? 私も結構プロット進んだ気がする」


「ああ、そうだな。……そうだ、忘れるところだった」


 鬼塚くんは鞄の中から手提げを取り出す。なんだろう、私になにか渡すってことはもしかして……!


「一ノ宮からだ。渡してくれと頼まれた」


 そう、そうだよね。鬼塚くんが唐突にプレゼントする訳ないもんね。うう、勘違い桃の馬鹿。


「あ、ありがとう。うわーなにかなー楽しみだなー」


 やけに高級感ある手提げを受け取ると、私たちは部室を後にする。

 遠藤桃、この時まだ手提げの中を知らぬまま。

次話の更新は2月24日予定です。

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