女学生、最初の受難
私の叫び声が盛大に響いた後に、一ノ宮くんは困ったように笑った。
「あれ? そんなにびっくりしちゃった?」
「いや、うん。なんかイメージと違って……ごめんなさい」
「謝らなくてもいいのに。たまたま書いた作品が当たって、読者のみんなには本当に感謝しているよ」
一ノ宮くんは自分の携帯端末からマイページを開くと、そこにはたしかに“おぽんち♪めろん先生のマイページ”と記されていた。
私が間誤付いていると、一ノ宮くんは向かいの机にテキパキとノートパソコンを立ち上げる。薄型の最新モデルのようで、その鏡のような光沢のある機械を操る一ノ宮くんもまぶしかった。
「龍。遠藤さんにアレやった?」
すごい速さでタイピングしながら話しかける一ノ宮くんに鬼塚くんは溜息を吐く。
「やらなくてもいいだろ。しょうもない」
「何を言ってるんだ。部を立ち上げる時にアレは必須だと約束したじゃないか」
言い合う二人の前にそっと手を挙げる。
「あの、アレってなにかな? もしかして入部の条件、とか?」
一ノ宮くんはタイピングする手を止め、私を見上げる。
その真剣なまなざし、威圧にゴクリと生唾を飲み込んだ。
「そうだね。これは過酷な入部試験と言っても過言ではないかな」
「え、私何も聞いてないし準備もしていないよ!」
1時間内に2500字以上の短編を出せ、とか今から見せる文体の間違っている部分を指摘しろ、だったらどうしよう。
一ノ宮くんだったらやりかねない。だって今月のピックアップ作家なのだから。
彼は一呼吸置くと、最新のノートパソコンの画面をこちらに見せる。
「この天使たちの中で誰が好みかその理由まで5分以内に答えよ!」
「……へ?」
その画面には魔法少女のような可愛らしい衣装に身を包んだアニメキャラクターたちのプロフィール画面が乗っていた。上には可愛らしい文字で“まじかる☆ステラ”と書かれている。
5人いる女の子たちはそれぞれイメージカラーがあるらしく、色彩に統一感がある。戦隊物の女の子バージョンのような感じだった。
ぽかん、とその画面を眺める隣で鬼塚くんがまた溜息を一つ落とした。それは引いている、というよりは呆れていると言った感じに近かった。
それでも、入部試験というからには真剣に取り組まねばと食い入るように画面を見つめた。
「えっと、この子かな。沙羅・スピカちゃん?」
私が指したのはチャイナドレスのような衣装に身を包んだ大人しそうな女の子だった。スピカのイメージカラーは緑のようで、髪から目の色まで緑一色だった。
たれ眉の彼女は恥ずかしそうにポージングを取っていた。設定でも恥ずかしがり屋な設定なのだろう。マウスをあわせると、変身後の台詞なのか「沙羅・スピカ、参ります」とボイスが流れる。
「では何故、彼女を選んだのですか?」
腕を組んで聞いてくる一ノ宮くんは先程の王子様オーラはなかった。これが噂の圧迫面接……お母さん、私ひとつ大人になりそうです。
そうこうしているうちに一ノ宮くんの眼力は上がり、鬼塚くんは勝手にしろと言わんばかりに文庫本に目を移した。鬼塚くん、そこはヒントとか助けてください。
「ええっと、まず衣装! 衣装が可愛らしいよね」
私は安直だと思いながらもまず見た目を褒めてみる。
「ほう、あとは?」
一ノ宮くんの口元はわずかに緩められる。これはいい切り口だったのかもしれない。
「大人しそうな性格だし、困り顔なんだけど衣装はチャイナ服で胸元が大胆に空いているところとか。こういうのギャップ萌えっていうんだっけ?」
「そうとも言うね」
しまった。僅かにだけど一ノ宮くんの眉間に皺が寄った。私は何かミスを侵してしまったようで……そうか、萌えポイントは胸元ではないんだね。
「えっと、あと深いスリット! チャイナ風の衣装ってスリットが深く入っているといいよね! 私は足に自信がないから着れないけど、スピカちゃんはとても似合ってると思うし」
つい早口でまくし立ててしまった。今私が言ったことは深く語っているように見せかけて外見をそのまま説明しただけだ。
だって、アニメ見てないもん。この子がちゃんと主要キャラクターなのかさえ分からないよ!
ああ、一ノ宮くんの眉間にますます皺が寄っていく。間違えた、正解はその隣の愛奈・ルナちゃんだったかもしれない。
「同志よォォォォォォォォォ!」
叫ばれた声は紛れもなくイケメン王子様、一ノ宮瑞輝くんのものだが私の思考回路が追い付かず周りを見渡す。
鬼塚くんは巻き込まれないようにと必死で文庫本から目を離さなかった。
「沙羅・スピカ、成績優秀で群れを作らない一匹狼であっても仲間が傷つけば自らを省みず強い敵にも立ち向かう。その美しい魔法攻撃は敵さえも魅せる! そして、なによりその性格に反比例するように大胆な衣装。胸元も勿論だが、注目すべきはスリットである。そこから覗くおみ足には絶妙なバランスのサイハイソックスなのだ! 普段なら黒タイツ、もしくは網タイツや素足を持ってくるキャラクターデザイナーが多いだろう。しかし、そこから覗くのは“サイハイソックス”なのであるっ!」
さっき背景に白薔薇を飛ばしていた王子様はどこに行ってしまったんだろう。涙目の彼はちぎれんばかりに私の腕を握手し振り回した。しかも両手で。
彼のいいたいことはおそらく二つで“僕も沙羅・スピカが好きなんだ”と“うおー! サイハイソックス萌えええ!”だろう。
ところで、私の答えは正しかったのだろうか。彼の反応からして運よく正解を引き当てたようだった。
その喧騒の中、シンプルな着信音が響く。それは一ノ宮くんのブレザーのポケットの中で、彼はちぎれそうになる手を止めて通話ボタンを押した。
「はい、もしもし。ああ、お父様。分かりました、すぐに昇降口に向かいます。……いえ、お手数おかけしました。それでは」
電話を切った彼は先程、涙を流しながら沙羅・スピカについて熱弁していた人物ではなくなっていた。
教室に入ってきた時の白薔薇を飛ばす王子様になっていたのだった。
「すまない、僕はこれで失礼するよ」
「なんだ、習い事か?」
文庫本に逃避していた鬼塚くんはやっと顔をあげる。
「いや、今日は親戚の家で開かれる茶会なんだ。高田さんは母に車を出しているから、父が直々に迎えに来ていてね。少々急がなければならない」
「そうか、気を付けろよ」
「ああ、ありがとう。遠藤さんも、またね」
「あ、うん。お疲れ様でした……!」
一ノ宮くんは素早くパソコンを片づけて、急ぎ足で教室から出て行ってしまった。
見送った鬼塚くんはやれやれと文庫本を鞄に仕舞う。
「えっと、一ノ宮くんってどんな人なの?」
私は聞きたかったことをオブラートに包んだ。一番聞きたかったのは“どの一ノ宮くんが本物なの?”だ。
「あー……あいつの家は厳しくてな。伝統的な家で昔から習い事ばかりしてたらしいんだわ。それで、友達と遊べなくて行き着いた先がアニメなんだと。俺はアニメとか詳しくないからさっきの試験不合格だったぞ。遠藤すげぇな」
なんでだろう、鬼塚くんに褒められているのにあまり嬉しくない。つまり、まじかる☆ステラを熱く語っていた姿こそが一ノ宮瑞輝くんなのだ。
この日は色々なことがありすぎて、肝心の部活動のプロットが全く書けなかった。
これから始まる楽しい部活動のことを考えるとわくわくするはずなのに、なんでだろう。涙と変な笑いが出てくるのだった。
次話は2月8日更新予定です。