あなたとの出会いは西日の中
季節は4月半ば、桜もすっかり葉に変わり落ち行く日は橙に優しく私たちを照らす……文章にすれば、恋愛小説の冒頭のようなシチュエーションで。
逸る胸を押さえきれずにそわそわしながら、特別教室棟の空き教室前でうろうろすること早10分。実際に体験してしまえば色っぽさもときめきもあったもんじゃない。そう、迫りくるのは恐怖だけだ。
(室内に入ることができない……!)
今日昼休み、隣のクラスの鬼塚くんに呼び出しをされた私は今こうやって指定場所前をうろうろしている。
中にはきっと鬼塚くんがいてそして何か大切な話があるのだろうけど。
気になっている思い人、鬼塚くんと二人っきりで何を話せばいいんだろう。
むしろ、決闘を申し込まれたらどうしよう。
「いや! 話があるのは私じゃないんだしここは、どーんと!」
「ああ、遠藤。もう来ていたのか」
後ろから声を掛けてきたのは、もちろん待ち人である鬼塚くんで私はびくりと肩を震わせる。
聞かれた、ととっさに口を押えても言葉が返ってくるわけでもなく。
「う、うん! ホームルームが早く終わったから」
嘘です。美加ちゃんに用具室の掃除頼んで走ってきたんです。神様、嘘をついたことをお許しください。
「そう。じゃあ、今鍵開けるから」
そういって、鬼塚くんは慣れたように鍵を取り出す。
室内に促されるとそこは殺風景な部屋だった。
中には、机が2つそして椅子もふたつ。教室の端に本棚がひとつだけ置いてある寂しい部屋だ。
鬼塚くんがカーテンを開けると、そこから西日が差しこむ。
それはまるで、美加ちゃんが持っていた少女漫画のワンシーンに似ていた。
どんどん早くなる心臓、何も言われていないのに顔まで赤くなってしまいそうだ。
「今日は遠藤に大切な話があるんだ」
顔の半分を夕日に照らせれて、鬼塚くんの真剣な表情にドキドキしてしまう。もう、これなら脅されても、決闘でもいいかな、なんて思ってしまうのだ。
「なに、かな?」
苦しい心臓を押さえて、聞き返す。
橙に染まる整った顔、夕日を反射して光る目。薄く開かれた唇からは、言葉が紡がれる。
「俺と一緒に部活をやらないか」
俺と……一緒に…………? なんだって?
――オレトイッショニブカツヤラナイカ
――ORETO ISSYONI BUKATU YARANAIKA
――おれといっしょにぶかつやらないか
――俺と一緒に部活やらないか
「え、部活?」
私の思い人、鬼塚龍之介くんからの大切なお話は、部活への勧誘でした。
「えっと……さっこみゅ部? なにこれ?」
私の手には部活勧誘のチラシが握られている。そこには“来たれ! さっこみゅ部!”と大きく書かれていて、何がどういう部活なのかは全く正体不明のままだ。
鬼塚くんは自分の鞄からノートパソコンを取り出すとあるインターネットページを私に見せる。
「ええと、作家、小説家になりたいあなたにためのコミュニティサイト、“作家☆こみゅにてぃ”……?」
「ああ、そうだ。通称“さっこみゅ”だな」
何故、こみゅにてぃがひらがななのだろうとか、省略の仕方が言いにくいだろうとか、突っ込みたいことはたくさんあるけど私はとりあえず鬼塚くんの話を聞くことにした。
「俺ともう一人で文芸部のような部活を作ろうと思ったんだ。だけど、ただ内輪で書いているだけでも向上しないと思って、このさっこみゅを土台に作品作りをしようと思いついたんだ」
つまり鬼塚くんによると、
ただの文芸部じゃつまらないし、部員も少ねーし。そうだ、ネットを活動拠点にしよう。
簡単に言うとこういうことらしい。
さっこみゅのトップページには、今話題のインターネット小説の特集ページやサーチ機能、それから質問掲示板などかなり充実して物書きが楽しめるサイトになっているようだ。
私も小説を書いたりしているが、ずっとノートに書きためていたので、インターネット上でコミュニティがあるのは知らなかった。
「へえ、今はこんなサイトがあるんだねぇ」
「ああ、登録者は俺たちくらいの年齢から親くらいの年齢まで老若男女問わない。ここなら色々学びながら小説が書けるんだ」
鬼塚くんは嬉しそうに話す。こんな無邪気な顔もするんだ、と少し嬉しくなった。
下のページまでスクロールする。
ジャンルは多種多様で、ファンタジーから恋愛、文学や童話、そしてサスペンスやミステリーまで。たくさんのジャンルに目を奪われる。
暫くパソコンを見つめて私は我に返った。
「お、鬼塚くんって小説書くの!?」
「え、おまえ今まで何聞いてたんだ……?」
鬼塚くんは何回かクリックして自分のマイページを開いて見せた。そこには鬼塚くんが書いているらしいタイトルが数個並んでいる。
「中学の頃から受験勉強の合間をぬって短編を書いていたんだが、最近は長編にも手を出そうと思っている」
「へえ、学園モノやファンタジーを書いていているんだね」
「遠藤はミステリーだろ? 確か大正時代を舞台にした探偵ものだったか?」
まさかそんなに詳しく見られていたとは思わなかった。
唖然として固まっていると、鬼塚くんは、わりぃ、速読が得意でついさ……と視線を逸らした。
時間差で恥ずかしくなり、顔が蒸気するのがわかる。鬼塚くんにプロットを見られたんだ。
「俺もミステリーは書いたことないし、あまりさっこみゅでサスペンスとか推理物を連載してるユーザーはいないけど、きっと遠藤もこういうサイト好きだと思う。実は4人集まらないと部活どころか同好会さえも認めてもらえなくて……頼む」
顔を上げるとまっすぐに鬼塚くんが私を見ていた。
その漆黒の瞳は驚くほどまっすぐで、それは私が始めて見たユニフォーム姿の、ボールを追いかける時と同じ目をしていた。
時が止まったような錯覚。気が付くと私はこくりと頷いていた。
「私でよければ、そのさっこみゅ部に入れてください」
「ああ、歓迎する」
その西日に照らされた彼の笑顔は、生涯忘れることのない映像になるだろう。
これが遠藤桃、さっこみゅとの出会いである。
次話更新は2月2日予定です。