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幼馴染はおじさんヒーロー

 次の日、プロットノートを鞄から出すことはなかった。そう、出すのが悪い、出した私が悪いのだ。これから授業は真面目に受けることを心の中で宣言した。

 だが高校生活の授業、最初の頃は中学時代の復習ばかりで退屈なことが多い。正直言ってもう新しいカリキュラムを進めてほしかった。

 そんな退屈な4限目をやり過ごすと、癒しのお昼休みがやってくる。


「桃~昼飯の前に隣のクラスの子が呼んでるよー」


 いそいそとお弁当の準備をする私を呼んだのは幼稚園からの幼馴染、美加ちゃんだ。

 中学校で陸上部エースだった美加ちゃんは日に焼けた手足がすらっとしていて、男の子にもだけど、とくに女の子にモテる。

 成績も優秀、スポーツも得意、そして名前の漢字通り美しさも加えられている。

 毎年男子が妬む程本命のバレンタインチョコをもらっちゃう、少女漫画のヒーローのような女の子なのだ。

 私も何度、美加ちゃんが男の子だったらな、と思ったこともある。


 そんな美加ちゃんが指さす方には、男子生徒の姿が。


 教室の扉の枠に届いてしまいそうな頭を少し下げこちらを見ているのは、昨日瀕死状態の私をオーバーキルした鬼塚くんだったのだ。

 固まっている私を余所に、美加ちゃんはにやりと笑い耳打ちをしてくる。


「あんた、新入生代表のイケメンくんじゃない。桃も隅に置けないねェ」


「い、いや……昨日すれ違っただけというか…………オーバーキルが……」


 わなわなと震える私を美加ちゃんはズリズリ引っ張っていく。


「コラ、遠藤桃! 往生際が悪いぞう! テキパキ歩け。 はい、お待たせ! 遠藤桃連れてきました~!」


 ぽいっと捨てられるように廊下に出た私を、美加ちゃんは教室の隅からにやにやと見ていた。

 彼女だって私が鬼塚くんどうこうとは思っていないと思う。彼女にとって、他校出身のイケメンが冴えない幼馴染を訪ねてきたとあればとびきりのネタなのだ。


 今夜の晩御飯、美加ちゃん家の食卓のサカナなのだ。


 もう、野次馬! 美加ちゃん酷い! 悪魔~っ!

 睨みつける私を楽しそうに美加ちゃんは見ている。


「昼休みに、悪かったな」


 背の高い鬼塚くんが私を見下ろす。わあ、高い鼻、そして細すぎずキリッとした眉。少し昔の二枚目俳優のような顔立ちは、大正浪漫な探偵ものに出てくる将校の軍服が似合いそうだ。……じゃなくて。


「ううん、気にしないで。それにしてもどうしたの?」


「いや、ここじゃちょっと言いにくいから。放課後、この紙に書いてある部屋で待ってる」


 私にメモを渡すと鬼塚くんはスタスタと廊下を歩いて行ってしまった。

 姿勢のいい後姿もまたかっこいい……って、私の手に握らされたメモ!

 開いてみてみると、そこには簡単に地図が書かれていて、特別教室が並ぶ別棟のパソコン室の隣である部屋に星印がしてある。

 鬼塚くんが去った後、美加ちゃんは後ろからそのメモを盗み見る。


「あ、それ! 誰も使ってない空き教室じゃない! 桃やーるうっ!」


 バシッと乾いた音と、肩への振動。


 つまり私は、鬼塚くんに呼び出しをされたわけで、そしてそこは誰も使うことのない空き教室で。


「なななな! なんで? なんで! 美加ちゃん!? ナンデ!」


 私は思わず、美加ちゃんの肩をゆする。


「しらないよー。私が知るわけないじゃない! なんだっけ? あの男子、確か新入生代表の……」


「鬼塚くん! 鬼塚龍之介くんだよ!」


「そうそう、そうだ。あ、待って、酔ってきた。ちょっと揺らすの辞めて」


 はっと、手を離すと美加ちゃんの視線が定まってない。しまった、やりすぎてしまいました。

 暫くすると回復した美加ちゃんがお気に入りの紙パックタイプのいちごオレを一気飲みして言う。


「まあ、空き教室に呼び出すなんて、理由は2つくらいしかないでしょう?」


 プハーッと風呂上がりのおじさんよろしく息を吐いた美加ちゃんは腰に手を当てたままだ。そう、美加ちゃんは女子も惚れるイケメン女子だがおじさんっぽいという少々残念なオプションがついている。


「2つって……なんだろ?」


「ひとつはやっぱ告白でしょー」


 そういうと美加ちゃんは自分の鞄から少女漫画を取り出す。

パラパラと捲ったページには夕日に染まった教室の中で告白をするヒロインのシーンがあった。

 美加ちゃん、少女漫画も読むんだね。私は古いハードボイルドものとか時代劇映画を見ながら目を輝かせる美加ちゃんしか知らなかったよ。


「こここ告白!? そんなわけないよ。だって、私鬼塚くんと喋ったの昨日が初めてで」


「一目ぼれとかもあるでしょー。まあ、一目ぼれにしても手の早い男よな」


 ちなみにこの少女漫画は入学早々すでに出来始めてる男子禁制の美加ちゃんファンクラブの生徒に貸してもらっているのだとか。

 ファンクラブの熱気には頭を悩ませている当本人だが、「せっかく持ってきてくれたんだから読まないとねぇ」と呑気に言うその優しさこそが最大のモテポイントなのだと彼女は理解していないようだった。

 美加ちゃんの天然モテっぷりには素直に感心する。だんだん私がファンクラブの皆様に背後を狙われないかと心配になった。


「じゃあ、もう一つの可能性は?」


「そりゃあ、もちろん決闘だよね」


「決闘!?」


 私の中には様々な嫌な妄想が膨らむ。


――遠藤、小説を書いてるのばらされなかったら金出しな


――お前は今日から下僕だ


 とか? とか!?


「美加ちゃん、私美加ちゃんに誘われたときちゃんと空手習っておけばよかったよ~!」


 涙目で私は美加ちゃんに飛びつく。


「アンタの中でどんな展開になった訳よ……まあ、なんかあったら言いなさいな。私は他人に手を出したら捕まっちゃうけど桃になんかされたら黙っちゃいないからね!」


 逞しく笑う美加ちゃん。そうか、これが中学時代ファンクラブに先生までもが加入していた女の子のイケメン力。不覚にもファンクラブの子の気持ちが分かるような気がする。


「よっし! 話がまとまったところで弁当食うぞー!」


 そういって大きな包みを持ち出す私の幼馴染で親友の小村井美加は男子顔負けのイケメンな女の子である。

 中身は少しおじさんっぽいけど、それはそれはとっても頼りになる幼馴染だ。

 私は机を移動してぴったりくっつけると、林檎のりんちゃん柄の包みを広げる。お弁当箱を開くと、今度陸上の大会に出た後に空手の昇段審査を受ける彼女にそっと自分のから揚げを献上するのだった。


「おお、なんだい桃よ! 私に賄賂(わいろ)かね?」


 嬉しそうにから揚げを頬張る彼女を見ながら、癒しのお昼休みを満喫するのだった。

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