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その彼女、強敵につき

 私たちは汐莉ちゃんを部室に招き、隣の教室から机を持ってきて並べた。

 原稿がひと段落した一ノ宮くんが汐莉ちゃんの存在に初めて気が付く。

 その時には彼女が入室して早10分は経過していた。


「初めまして、一ノ宮瑞輝です。どうぞよろしく」


 一ノ宮くんは私と初めて会った時の様に少し腰を折り、握手を求めた。

 私もこの笑顔に騙されたけど中身はまじ☆ステオタクだからね。気を付けてね、汐莉ちゃん。

 汐莉ちゃんは私と同じように圧倒されながら、手を取った。


「汐莉ちゃんはこの部に来たってことはなにか創作をしてるんだよね」


「ええ、少々……」


「どんな物語を書いてるの?」


 私が質問を投げかけると、汐莉ちゃんは言いにくそうにもごもごと下を向いた。そうだよね、私も鬼塚くんに最初にばれちゃったとき恥ずかしかったもん。


「遠藤さん、ちょっと待って。そういう話をする前にやらなきゃならないことがあるだろう?」


 一ノ宮くんを見れば先程の柔らかなオーラが一転、鬼のような形相でキーボードをタップしてる。


 まずい、この感じ。“超難問の入部試験”が行われるのだ。


 私も、そして鬼塚くんも通ったあの道、超人気アニメ、まじかる☆ステラのお気に入りのキャラクターを理由と共に発表する試験だ。

 汐莉ちゃんは真面目そうだし、きっとアニメとか(うと)いだろうな。

 文学とか、もしかしたらサスペンスやミステリー小説を読んでいるかもしれない。

 私は新しいミステリー小説友達が出来るかも、という期待の中一抹(いちまつ)の不安が頭をよぎる。


(この超難問試験で汐莉ちゃんがドン引きしてしまったらどうしよう)


 ありえなくはない。私はこの部活に入って慣れてしまっているが高校生が幼児向けアニメを嗜好(しこう)するなんて一般的に見たら少数派な訳で。もちろんオタク文化はクールジャパンなんて言われているけれどそれでも賛否は両論だ。

もしかしたらさっこみゅ部に入ってくれないかもしれない。そんなの嫌だよ、せっかくの女の子部員なのに。


「鬼塚くん、一ノ宮くんを止めようよ!」


 私は小声でヘルプ要請を鬼塚くんに出せば、“諦めろ”というように首をゆっくり横に振った。

 そうだよね、覚醒おぽんち先生は誰にも止められないよね。

 項垂れる私を余所に嬉々として一ノ宮くんは言う。


「この天使たちの中で誰が好みかその理由まで5分以内に答えよ!」


 一度聞いたことのある台詞に私は溜息を吐き、汐莉ちゃんを見つめた。

 せめて10分くらいは時間をあげてほしい。そしたら私がこっそり助け船を出せるかもしれない。

 顔を顰めた汐莉ちゃんは、まじかる☆ステラの公式ホームページを見つめそれらをしげしげと見つめた。


 そして彼女はわずか30秒足らずで、細い声をあげた。


「私はこの子ですね」


 彼女が示したのは紫の髪、きつめの釣り目、そしてぽってりと厚い唇が印象的な“壊れ戦士(ジャンク)01・AI(アイ)”だった。

 彼女は魔力が足りなく魔法少女になりきれなかった“壊れ戦士”という設定らしい。


 最初は主人公と対立する敵としてあらわれるが、いつしか主人公ステラを認め、仲間になる女の子だった。

 紫の髪のAIは挑発的な視線をこちらに向けてくる。


 勿論、正解はAIではない。その上の左の左、緑色の髪をした女の子だ。


「それでは何故、彼女を選んだのですか?」


 しかし、一ノ宮くんの圧迫面接は続いた。

 違うんだよ、汐莉ちゃん。正解は沙羅(さら)・スピカちゃんなんだよ。

 私がパクパクと口を開くが、一ノ宮くんの圧迫に押されてアドバイスができない。

 しかし、彼女は強気に眼鏡を上げると今までにない不敵な笑みを浮かべた。

 口の端から息を漏らして、確かにフッと言ったのだった。



「ええ、説明しましょう。壊れ戦士、それは“完全ではない存在”それでこそ美しく、儚いのです。その中でも01、AIは一番魔法の力も弱く、はじめはステラたちを恨みます。しかしなぜ、彼女はステラを恨んだのか。それは魔法戦士への憧れ、羨望……そんな欲がある彼女は一番美しく、そして真の意味で強いのです」



 今、なんて……?


 汐莉ちゃんだよね? 今目の前にいるのは汐莉ちゃん?

 彼女は今までになく声を張り上げると立ち上がり続ける。


「そして第15話、“それが壊れ戦士の道”の開始16分38秒からです。彼女は今までの悪行を認め、そして魔法戦士の味方になるシーンはまさに神! 今までにないデレを見せます。そう、クールな彼女がデレるのはまさにクーデレ! 私の嗜好!」


 言い終わると椅子に座り、楚々と長い髪を掻き上げた。

 鬼塚くんはあまりのことに出しかけた文庫本を床に落としてしまっている。

 一ノ宮くんは、顔を上げふっと息を漏らすと右手を差し出していた。


「やりおるの……飯泉殿」


「ええ、次回のスペシャルイベントはS席で予約済みです」


「それでは、会場でお会いしよう」


 謎の握手を交わすとポカンと口を開ける私と鬼塚くんを余所に一ノ宮くんはパソコンに戻って行った。

 何があったのだろうか。整理しきれない頭でぼんやり汐莉ちゃんを眺める。

 何故か一ノ宮くんと汐莉ちゃんはすっきりとした顔をしてこちらを見つめていいた。


「え、えっと……汐莉ちゃんは合格なの?」


 私は恐る恐る一ノ宮くんに尋ねる。


「え、今ので分からなかったのかい?」


「分かるわけねえだろ」


 鬼塚くんが突っ込むと私も首を縦に振り同調の意を表した。


「ああ、もちろんだよ。彼女からまじ☆ステの愛が溢れるのを感じただろう?」


「ええ、まあ。そうだね。すごくまじ☆ステが好きってことは分かったかな」


 正直に言うと汐莉ちゃんの言っていることが半分も理解できなかったよ。

 ワンモアプリーズ。いや、やっぱりいいです。


「これで4人揃ったな。きちんと同好会として申請できる」


 鬼塚くんは満足げに頷いてる。まあ、鬼塚くんが幸せそうならいいか。

 一ノ宮くんと鬼塚くんはそれぞれの作業に戻って行く。

 私は自分のノートパソコンを汐莉ちゃんに差し出した。


「汐莉ちゃん、部員同士はさっこみゅのユーザーをお気に入り登録し合ってるんだけど汐莉ちゃんのページを教えてもらっていい?」


「ええ、構いません」


 汐莉ちゃんは私のパソコンを使ってユーザー検索をかける。

 クリックすると“香月汐(こうづきうしお)”というユーザーが出てくる。これが汐莉ちゃんのペンネームのようだ。


「ありがとう。わあ、短編をたくさん書いてるんだね」


 香月汐先生のマイページにはいくつか短い話が並んでいた。

 まだ部活の時間は余裕がある。私は汐莉ちゃんの作品を読んでみることにした。どうやらそれはラブストーリーのようだった。

 私はさらさらと読み進めていく。


――「僕はナツキが好きだ。こんなこと思っちゃいけないってわかっているけど」


 うひゃー、甘い言葉。読んでいてこっちまで恥ずかしくてむずむずしてきちゃいそう。

 王道の少女漫画のようなラブストーリーで感情描写がすごく丁寧だ。


――「俺だって、お前が好きだ!」


 あれ? 相手(ヒロイン)のナツキちゃん、俺って言うんだ。珍しい女の子だな。


――僕の言葉を聞いたナツキが学ランの襟首をつかむ。顔が近づき、彼の体温も僕の息遣いもすべて伝わってしまいそうだった。

 「男だろうが女だろうが関係ねぇ。俺はお前が好きで、お前は俺が好きで、それでいいじゃねえか!」――


(あれ? 主人公が男で片思いしてるナツキちゃんが女じゃないの? 主人公が僕っていう女の子なのかな?)


 私の頭には疑問符がたくさん整列している。

 結局主人公とナツキちゃんが幸せにお付き合いを始めてハッピーエンドだった。

 最後まで読んでもどちらが女の子なのかが解き明かせない。少しさらさらと読み過ぎたようだ。

 私は改めてもう一度読んでみることにした。

 謎を解いている際に重大なヒントが冒頭で登場する。


――僕が通う桐谷高校は歴史ある男子高校だ。そのなかでクラスメートのナツキは……


「え? 男子校?」


 思わず声が出てしまう。私の頓狂な声に鬼塚くんと一ノ宮くんが不思議そうにこちらを見ていた。


「汐莉ちゃん、あの……これってどっちが女の子なの?」


 視線から逃げるように汐莉ちゃんに聞くと、訝しげに首を傾げた。


「この作品に女性は出てきませんよ」


「えっ? だってラブストーリーだよね?」


「ええ、BLですね」


 ……BL? BLってなに? 今度習う新しい化学反応式かな?


「桃さん、まさかNLしかご存じないとは! ラブストーリーと一口に言いましてもNL、BL、GLとその種類は多岐にわたっているんですよ!」


 汐莉ちゃんは熱気で眼鏡が曇りそうな勢いで熱弁する。ごめんね、英語は苦手なので日本語でお願いします。


「遠藤さんはピュアだね。NLはノーマルラブ、BLはボーイズラブ、GLはガールズラブだよ」


 私のパニックっぷりを見かねた一ノ宮くんが説明してくれる。

 ノーマルラブが男性と女性の恋愛、ボーイズラブが男性と男性の恋愛、ガールズラブが女性と女性の以下略。


「えっと、つまり同性同士の恋愛を書く作家さんなの?」


 精一杯整理した頭で尋ねると汐莉ちゃんは大きく頷いた。


「同性同士の恋愛こそ、散り際の花のような美しさがあると思うんです。それはそう、外気に触れてしまったら散ってしまう幻の花の様に……!」


 そんな花あるのだろうか。私は疑問を口に出せないでいる。


「作品に同性愛的な描写を入れたことがないけど僕の連載にも主人公が大好きなオカマキャラがいるよ」


 一ノ宮くんは驚くことなく答える。作家の中では同性愛の物語は知っていて、書いて当たり前なの? 私はちらりと鬼塚くんを見る。彼も見知らぬ世界に驚いている筈だ。


「まあ、俺も読んだことあるが勉強になるよな」


 私の考えを裏切って、鬼塚くんがぼそりと言う。


(ええ! 鬼塚くんも同性愛の作品を読むの? ま、まさか鬼塚くんの恋愛対象って……そんな)


「……最初は驚いたが、感情描写がうまかたり、面白い比喩表現する作家が多いからどうしても行き詰ったときに参考にしてる」


 ああ、そうだよね。鬼塚くんは真面目なんだよね。少し安心したよ。


「桃さんも是非、此方の世界に触れてみてください。絶対虜になりますから」


「う、うん。汐莉ちゃんの作品読ませてもらうね」


 ボーイズラブかあ。馴染みないよ。今の今まで恋愛は女の人と男の人がするものだって思っていたもん。初めての概念、知的刺激に頭がズキズキする。


 何気なくさっこみゅのカテゴリー欄を見やれば“BL、GL”のコーナーが目につく。

 今まで気が付かなかっただけで、確かにそのカテゴリーが設けられていたのだ。

 え? さっこみゅ内投稿作品数4位?

 私はまだ見ぬ知らない世界に驚倒と感心の溜息を吐くのだった。


 新入部員、飯泉汐莉。またの名を香月汐。コアなファン層を虜にするさっこみゅ内隠れ人気BL作家だったのだ。

次話は4月1日更新予定です。


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