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適材適所と新部員

 短編祭の告知から1週間たち、締切りが終わった。それでもイベントは此処からで集まった短編たちが特設ページにずらりと並んでいた。

 その中に私が書いた“大都市天使”もアップしてあって嬉しいような気恥しいようななんとも言えない気分になる。


 あれから鬼塚くんはギリギリまで構想がかかり、いわば修羅場状態になっていた。書きあがったときには達成感で三人でハイタッチしたのはいい思い出だ。

 私は学校に出発する前に何気なくさっこみゅのマイページを開く。


「……ん、なんだろうこれ」


 マイページには見慣れない文字とアイコン。そこには“感想が書かれました”の文字が映し出されていた。

 感想。システムはもちろん知っていた。読了したユーザーが感想を気軽に書けるシステムだ。

 だけど感想をもらったのは始めてだ。嬉しい、が同時に酷評だったらどうしよう。私はマウスから手を一旦離す。


(うう、どうしよう。緊張してきた)


 自室のデスク前で硬直する私、それでも思いきってその赤文字をクリックする。


――読了いたしました。癖がなく読みやすかったです。


 私は椅子の背もたれにずるずると体を預ける。初めてもらえた感想。たった一言だけど、他人に読んでもらってそして評価をもらえる……こんな嬉しいことはなかった。

 もう一回画面を見る。そこには変わらず感想の文がある。


 嬉しい、嬉しい、嬉しい。


 私は高揚感でしばらく画面を眺めている。


「桃ちゃーん、学校遅れるわよぉ」


 階段下から自称ロリババァこと母、百合子さんが呼んでいる。


「え、わわわ! 本当だ」


 私は急いでノートパソコンを仕舞うと早急に家を出る。

 体感で数分のはずなのに気づけば10分以上私はパソコンを見つめていたらしい。顔はにやけていたのだろうか想像したくない。

 遠藤桃、櫻野高校入学後初めて予鈴の後に教室に入ったのでした。




* * *




「初めての感想か。嬉しいよな」


 放課後、朝起きたことを鬼塚くんに報告すると彼は目を細めた。

 本当は一ノ宮くんが揃ったら報告しようと思っていたのだがいても経ってもいられずに話し始めてしまったのだ。一ノ宮くんと言えば掃除当番らしく少し部室に来るのが少し遅れるようだった。


「うん、開くときすっごく緊張しちゃった。なんか悪いこと書かれていたらどうしようって」


「ああ、そうだな。中には匿名性を利用して悪口みたいなことを書くユーザーもいるらしい。でも趣味なんだからあまり気にするなよ」


 鬼塚くんはすごく強いな。もし悪評を書かれたら相談しよう。

 私はパソコンの準備をしながら鬼塚くんをちらりと見る。

 正面に座っている鬼塚くんはもう連載物のプロットや設定を練っているらしくまっすぐにノートと向き合っていた。

 まっすぐな瞳は漆黒で本当に綺麗だ。広い肩幅も綺麗に並んだ顔のパーツも、いくら見ても飽きない。

 そんな私に気が付いてしまったのか鬼塚くんは顔を上げる。


「……そういえば俺の短編、読んでくれたか?」


「へ、あ……う、うん! 読んだよ。すごくほっこりしたお話だった。読みやすかったよ」


 う、声が裏返った。恥ずかしい。

 そんな私に構いもせずに鬼塚くんは満足そうに頷いた。


「読んでくれてありがとな」


 そしてまた鬼塚くんはプロットに目を移した。

 ああ、桃の馬鹿! もっと話を広げればよかったよ。


 鬼塚くんの書いたお話は“そらが変わるときに”というタイトルで空は何故様々な色に変わり、太陽が沈み、月が昇るのか、という話を小さな子供が考えていくというとても温かな物語だった。

 その中には子供が大切にしているクマのぬいぐるみが喋り、とてもファンシーな物語だった。

 読んだ当初、これは本当に鬼塚くんが書いた物なのかと疑ったくらいだ。それでも作者名のところはきちんと鬼夜先生になっていたのだった。

 しばらく静かな時間が流れていると部室の扉が開かれる。


「失礼します。どうも、遅くなってごめんね」


 一ノ宮くんが少し急いだ様子で入ってきた。


「お疲れ様、掃除にしては遅かったね」


「そうなんだよ。先生に今度の生徒会役員会議の資料を作れって頼まれてしまってね。僕は生徒会じゃないって言ったんだけど次期になるだろうとか言いくるめられて……」


 空いている椅子に座ると彼は余程疲れているのか大きく伸びをした。きっとファンクラブの子が見たら黄色い声をあげるのだろう。

 私は知っている。彼の写メがジュースぐらいの値段で出回っていることを。

 高校生でビジネス、しかも無許可とは恐ろしい。


「ははは、それは大変だったね」


「本当だよ、それに短編祭も散々な結果だったんだ」


 一ノ宮くんはすぐにパソコンを起動すると、相変わらずすごい速度でマイページを開いていく。

 見てくれよ、と開かれたページはおぽんち♪めろん先生の感想欄だった。


「うわ……ひどいね」


 思わず思ったことが口から出てしまった。そこには中傷といっても過言ではない文が連なっていた。


――何書いてんだよ。連載作品だけ書いてろ。


――求めてない、出直してこい。


 こんな感じの文が何件も連なっていた。


「また、おまえは本当に短編になると感想欄荒れるな」


 ノートを閉じた鬼塚くんもパソコンを覗き込む。


「本当にね。僕は書きたいものを書いているだけだから別に気にはしないんだけどね」


「でも一ノ宮くんの作品、ひどくないよね? 私いい話だと思ったんだけど……」


 一ノ宮くんの作品は“空が泣くから会いに来て”という作品で、雨の精霊と女の子の甘く切ない物語だった。文章もしっかりしていたと思うし、こんなに酷評されることはない筈だ。


「遠藤さん、ありがとう。これは僕の作品というより、おぽんち♪めろんとしての作品ではないからかな」


 そう言って一ノ宮くんの指さした感想にはこう書かれていた。


――おぽんち♪めろん先生っぽくない作品。僕は結構好きだけど意見は分かれるかも。


 つまり、一ノ宮くんの場合は固定の読者さんがついていて、それは長編の作品で着いた読者さんだからライトノベルっぽくない書き口、そしてテーマは受け入れられないらしい。

 人気作家さんも大変なんだな、と荒れた感想欄をぼんやりと見つめた。


「僕が短編を書くと八割がこんな感じで残り二割は褒めてもらえるんだ。最初はびっくりしたけど今は慣れてしまったよ」


「まあ、アンチがついて一人前って誰かが言ってたしな」


 一ノ宮くんはそうそう、と相槌を打ってさも気にすることもなくパソコンに向かいだした。

 二人ともすごいな、私だったら書くことを辞めてしまうかもしれない。心の中で二人を称えながら“浪漫少女・ミステリヰ”の続きを書き始める。


 私たちの活動はとても静かだ。鬼塚くんはノートを見ながら、一ノ宮くんはイヤフォンでアニメソングを聞きながら、私はたまにお気に入りのりんごジュースを飲みながら、それぞれが活動している。

 ペンを走らせる音や、タイピング音、そしてたまに誰かの溜息。この静かな空間が1週間ちょっとで私は大好きになっていた。


 ピクリ、正面に座っている鬼塚くんが肩を震わせる。私が視線を上げると、彼は教室の扉をじっと見据えていた。

 一ノ宮くんは音楽を聞きながらすごい速さでタイピングをしているところを見ると鬼塚くんの変化には気づいていないようだった。


「鬼塚くん、どうしたの?」


 限りなくひそひそ声で鬼塚くんに問うと、彼は短く返事をして扉に向かう。

 そろり私も後に続くと彼は勢いよく扉を開いた。


「なにやってるんだ?」


「ひっ! え、あ……ええと……」


 鬼塚くん、誰かいるの分かってたらもう少しそうっと開けてあげようよ。立てこもり現場に突入する機動隊みたいだったよ。

 そこにいたのは女子生徒で、おどおどと肩をすぼめながら視線を空に泳がせた。


 長く切りそろえられた黒髪、大きい縁の眼鏡、きちんと着られた制服。彼女が小さく見えるのは猫背だからだろう。身長は私より頭1つ高い。


 面識のない生徒だがリボンの色は緑、私たちと同じ1年生だ。


「えっと、そ、そこの張り紙を見まして……」


 彼女は廊下に張ってある一ノ宮くん特製の張り紙を指差した。


「さっこみゅに登録しているの? わあ、女の子の入部希望者だよ! やったぁ」


 喜ぶ私を見て彼女は恥ずかしそうにはにかんだ。


「俺は一応代表をしている鬼塚龍之介だ。むこうにいるのが一ノ宮瑞輝」


「私は遠藤桃だよ! どうぞよろしく」


 こんなに騒いでいても指を指された一ノ宮くんは集中して原稿を進めている。

 そんな彼をみて彼女は驚いたように目を丸めてこちらを見比べた。

 そしてしばらく俯くと、安心したように顔を綻ばせる。


「私、1年F組の飯泉汐莉(いいずみしおり)です」


 眼鏡の奥の大きな瞳がうっすら細められる。

 4月最後の日、天気は晴れ。4人目の部員、飯泉汐莉ちゃんと私たちはひっそりと出会ったのでした。

次話の投稿は3月25日更新予定です。

前回予告を忘れてしまい申し訳ありませんでした。

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