謎生
「クッソ~! あの野郎、今度会ったら覚えてやがれ・・・・・・」
俺は、すでにいなくなったオーナーへの不満を呟きながら当てもなく自分の住み慣れた土地に瓜二つの道を彷徨い歩いていた。
空や学校、家から道路に至る全てが、俺の知っている街並みであった。
しかし、白黒の景色と音のない静寂、人から虫まで生き物全てがいないことが、俺の知っている世界ではないことを物語っていた。
「・・・・・・・そういや、チェッカーがどこにいるとまでは言ってなかったな。改めて考えると結構難易度高くないか?」
俺は、足を止めると腕を組んで考え始めた。オーナーを倒すためにもチェッカーを倒すことが前提だが、チェッカーの居場所について手がかりを持っているはずがなかった。
いきなり手詰まりになってしまった俺は、急にやる気が削がれてしまい、萎れるように小さくなった。
「ダメだ、ダメだ! こうしてても何にも始まらない。考えるよりまず行動あるのみ!」
深く考えていると悪い方向に考えそうだと思った俺は、考えるのを止めた。
自分の両頬を2、3回叩いて気合を入れ直して再び歩きはじめた。
「この近所で高い建物だとうちの高校だな。偉そうな奴や何とかは高い所が好きって言うしな! ・・・・・・その何とかが何かは知らんけど・・・・・・」
俺は、高い建物にチェッカーがいると思い、この近くで高い建物である自分が通う高校へ向かうことにした。
地元の地理については熟知しているため、風景から建物や道のりまで幼い頃から慣れ親しんだ場所と全て同じだった。
まだこの世界に来たばかりであったが、ここが異世界であることを忘れてしまいそうになった。
(・・・・・・誰かついてきてる!?)
目的地に向かって進んでしばらくすると、背後からの怪しい気配に気づいた。
音が一切ないせいで感覚が研ぎ澄まされているのか、気配がいつもより数倍分かりやすく感じ取れるようになっていた。
背後から感じるねっとりと粘りつくような気持ち悪さと刺すような冷たさの悪寒がした。
それは、ゆっくりとだが、徐々に強くなっており、近づいてきていることを知らせていた。
(・・・・・・いっ、いきなしチェッカーか? あっちからお出ましなんて良い度胸してるじゃねぇか、捜す手間が省けたぜ・・・・・・)
俺は、額に一筋の汗をかきながら両腰に携えている刀へ手を伸ばした。
伸ばした手は、小刻みに震えるのと同時に握っている刀も一緒にカチャカチャと音を立てて震え出す。
まるで、刀が俺の代わりに泣いているように聞こえた。
(チェッカーってダンジョンの奥に引きこもっているボス系じゃないの? 王道のゲームとは違ってアウトドアなんだな・・・・・・。捜す手間は省けたけど、まだ心の準備ができてねぇんだけど。俺、もうちょっとレベル上げしときたかったな)
抜刀の構えのままで葛藤を続けている俺は、すぐ後ろまで忍び寄っている気配の正体を確認する覚悟を決めると相手を威嚇するつもりで大声を上げながら勢い良く後ろを振り向いた。
「ヨッシャアァァァッ! 覚悟しやがれー!・・・・・・エー、ェー・・・・・・エッ?」
威勢よく振り向いた俺は、抜刀する体勢で相手を見上げて口を開けた間抜けな顔のまま固まってしまった。
背後にいた者は、二階建ての一軒家位の大きさに何かの塊をしていた。
形は、ゴツゴツとしているが、スライムのように弾力のある動きをしている。
テカりのある表面には、所々毛のようなものがあって文字通り禿げ散らかっていた。
一番強烈だったのは、臭いだ。気づかなかったのが不思議な位、今までに経験したことがない吐き気がする程の悪臭を漂わせていた。
俺は、喉から熱い物がこみ上げてきたが、両手で口を押さえて無理やり喉の奥へ押し戻した。その後、鼻をつまんで静かに口呼吸をしながら少しずつ謎の生物と距離を取った。
(チェッカーってゲルゲルしてモジャモジャでこんな臭い奴なのか!? イヤイヤッ! さすがに違うだろ!? その辺にいる雑魚っぽい。うん、雑魚臭がプンプン・・・・・・別の意味でプンプンするけど。どっちにしても、コイツに勝てる自信ない。ってか、戦いたくない! 色んな意味でコイツはヤバイ!)
「えっと~、どちら様かな? チェッカーさん・・・・・・じゃないよね?」
俺は、心の中でパニックを起こしながらも何とか冷静を装って、手を振って引きつった笑顔を作りながら謎の生物に話しかけてみた。
もちろん、もう片方の手はしっかり鼻をつまんだままでいた。
謎の生物、略して謎生は突然ニタリと牙をむき出しにして笑い出した。
馬鹿な俺でもさすがにコイツがチェッカーでないことはもう分かった。そして、見た目と放っているオーラから一つの結論に達した。
(コイツに捕まったら冗談抜きで死ぬ・・・・・・!)
「えっと~・・・・・・あっ、あはっ! アハハハ・・・・・・すいませ~ん。俺急いでいるんで、これで失礼しま~すっ・・・・・・!」
俺は、謎生へ適当に挨拶を済ませると謎生に背を向けて全速力で逃げ出した。
俺は、逃げながら謎生の様子を後目に確認すると謎生は、大きな牙の生えた口を開けて物凄いスピードで俺を追いかけてきた。
「・・・ぅうわぁああああああああっ!!」
その姿を見た俺は、叫びながらさらにスピードを上げた。しかし、相手の方が早いのか疲れ知らずのせいか、徐々に距離を詰めてきていた。
「食う気だ! アイツ、絶対俺を食う気だぞ! 俺を今日の飯にするつもりか!? このやろう! 謎生のくせに! 俺は食ってもうまかねぇぞ!!」
「こうなったらあの巨体が入れない細い道に逃げ込むしかない!」
俺は、地理を活かして巨体の謎生が入れなさそうな細道へ逃げ込んだ。
細道は、俺が走ると腕がぶつかりそうな位狭かったが、走る分には問題なかった。
後目で謎生の姿を確認すると、細道の入り口で立ち止まっていた。
「よっしゃ! ざまぁ見ろ! 入れるもんなら入って見ろー・・・・・・エッ?」
すると、謎生は、大きな体を細道に入るサイズに変形させると蛇のように自分の体を滑らせながらスピードを落とさずに進んできた。
「アアアアアァァァァァァァアァッ!!」
俺は、ある程度ならば変形が可能という現実離れした光景と迫りくるおぞましいものを目の当たりにした。
恐怖のあまり、目尻に涙を浮かべながら普段の声から想像もできない位、甲高い叫び声をあげながら逃げ続けた。
「チックショー! あんなのがいるなんて一言も聞いてねぇぞ!? まさかあれが試練って奴か!? それとも命の保証はしないって奴!? どっちにしたってムリムリムリッ!! これじゃ本当にRPGだよ! ファンタジーだよ! こんなん倒せるなら俺、学生辞めて勇者になるよ!!」
俺は完全にパニックに陥ってしまったため、全速力で走りながら怒りを爆発させた。
しかし、それは虚しく体力を削っていくだけだった。その証拠に肩で息をし、走るペースが徐々に落ちてきていた。そのため、謎生との距離はさらに縮まってきていた。
(断言する! あんなのゲームでしか倒した事ありません! 今の俺はさしずめレベル0・・・・・・イヤ! マイナス100だ! 今なら分かる。ボコボコにされてもアイテムで回復させられて戦わされるキャラの気持ちが・・・・・・って! んな事考えてる場合かぁぁああ! これはゲームだけど、ゲームじゃねぇ! コンティニューできねぇんだ! 死んだらマジでゲームオーバーなんだよ! 早く何とかしねぇと!)
俺は、自分の体力が尽きる前に謎生への対抗する術を走りながら思案していた。
すると、俺は先程から走る度に両腰の刀がリズミカルに揺れては自分の両腰に当たって跳ね返っていることに気がついた。
「・・・・・・あっ! そうだった! 何で忘れてたんだ! 俺にも武器があるんだった!」
俺は、刀の存在を思い出して手をポンと叩くとすぐにブレーキをかけて謎生へと向き合った。両腰に携えた刀の柄を力強く握り、抜刀の体制を取った。
(漫画の見様見真似だけど、確かこんな感じだったよな? でも、武器があればこっちのもんだ! これであの謎生を蹴散らしてレベルアップだぜ! 見よ、俺の剣術を!)
俺は、勢いよく鞘から刀を抜いて謎生へと切りかかった。
二刀の刃は、謎生の体に二回攻撃を浴びせた。刀なんて持ったことはないはずなのに初めて使ったとは思えない位、手に馴染んでとても軽かった。
澄んだ白い刃、謎生へ切りかかった時の手応えと切りかかった後に心地良い音が大きく響き渡った。
しかし、攻撃の感触と切りかかった後の音の違和感に気付いた俺は、しげしげと自分が持っている刀を見つめた。
誇らしげに輝くその刀は、どう見ても古来より日本人がお笑いで使っているハリセンであった。
俺は、夢か幻を見ているのかと思い、ハリセンを恐る恐る触ってみた。
もちろん、ハリセン型の刀という訳ではなく、ちょっと丈夫なただのハリセンであった。
「あり? 何コレ、ハリセン・・・・・・ですと!? マジで!?」
俺は、ハリセンを見つめたまま固まった。同時に大量の汗をかきながら血の気が引くのを感じた。
(アハッ、武器じゃなくってただの突っ込み道具だぁ~。こりゃ、戦闘不能確定だわ! 誰かぁ~、回復よろしく~! ・・・・・・って、俺以外誰もいないんだったぁ~・・・・・・じゃなくて!)
目の前の現実が受け入れられない俺は、現実逃避をするしかなくなっていたが、現実はそんなことをする猶予を与えてくれなかった。
すっかり謎生の存在を忘れていた俺は、油の差さっていない機械のようにゆっくり後ろにいる謎生の方へふり返った。
謎生は、俺にハリセンで殴られたのが気に入らなかったのか、禿げ散らかっている毛を逆立てて弾力のある体はグツグツと沸騰しており、今にも突撃しそうな勢いであった。
「やっぱ逃げるが勝ちだぁぁぁあああああ!!」
俺は、ハリセンを持ったまま走り出した。謎生もスピードを上げて追いかけてきた。
体力に限界が来ていた俺は、謎生に捕まるのも時間の問題だった。唯一の希望であった武器は使えないことが分かって事態は絶望的であった。
(このまま逃げてても埒があかねぇ!! 一体どうしたら・・・・・・んっ?)
俺は、大人だとギリギリ入れる横穴を見つけた。
横穴の先が行き止まりだった場合、謎生が横穴に入れるように変形してきた場合など最悪のパターンが頭をよぎったが、最後の望みに賭けることにした。
「・・・・・・一か八かだ! このまま逃げ回っていてもいつか捕まるもんな!」
俺は、最後の力を振り絞って横穴へ滑り込んだ。
謎生は、横穴の壁に思いっきりぶつかると何度か壁を破壊しようと試みていた。
しかし、横穴があるにも関わらず、壁は頑丈で破壊することはできなかった。
安心したのも束の間、謎生の体の一部らしき触手が、武蔵目がけて無数伸びてきた。
「ギャアァァッ! それで狭い所に手が届くって奴!? どこまでしつこいんだよ! 勘弁してくれぇ!!」
幸い、横穴の先は道が続いていたため、触手に追い付かないように残りの体力を使って全力疾走する。
しかし、体力に限界が来てしまい、足がもつれて転んでしまった。
俺は、すぐに起き上がろうとするも全身の筋肉が悲鳴を上げている今の状態では、立ち上がることもままならなかった。
(ヤバイ・・・・・・!)
触手は、俺のわずか数cmという所まで迫っていたため、思わず目を瞑った。
しかし、触手は急に時が止まったように動きを止めてゆっくりと俺から距離を取って姿は見えなくなっていった。
「・・・・・・アレッ、諦めたのか? タッ、助かったぁ~・・・・・・!」
俺は、緊張の糸がプツンと切れたかのようにその場へ大の字に寝転がって一息ついた。
まだ息は荒く、立ち上がるのにしばらく時間を要した。俺は、手に持っていた刀もとい、ハリセンを目の前に掲げてまじまじと見つめた。
俺は、ハリセンを睨み付けながら色んな角度から観察したり、自分の手を軽く叩いてみる。やはり、どこからどう見ても普通のハリセンであった。
唯一の違いは、ハリセンを鞘に押し当てるとハリセンが光に包まれて抵抗もなくスムーズに鞘へと収まった所であった。
「何なんだよ~コレ! マジで役に立たねぇ! 不良品は交換しねぇと!」
俺は、口を尖らせながら鞘に収まった刀を睨み付けた。
まだ少し重い体に鞭を打って何とか立ち上がった俺は、周囲を警戒しながら慎重にかつ早足で進んで路地の出口へ向かった。
「さっきは、謎生のせいで随分ロスしたからな。さっさと突破してなるべく遭遇しないようにしておかないとな・・・・・・」
路地の出口に着くとゆっくり顔を出して謎生がいないか確認してから道路へ出た俺は、目的地に向かって一心に足を動かしながら常に周囲を警戒して高校へ向かった。