ゲーム・スタート
どれ位叫んだのだろうか。
俺の絶叫は、オーナーの耳にはもちろん、周囲にうるさく響き渡った。
俺は、しばらくオーナーを指差しながら絶叫したまま石のように固まっていた。
オーナーは、俺の絶叫がうるさかったのか、両耳を指で塞いで静かになったのを確認してから指を抜いた。
「えぇ~、驚いている武蔵君のためにもう一度解説すると・・・・・・」
オーナーは、一回咳払いをするとクルリと回って両手を広げた。
何故かオーナーの頭上からスポットライトが当たっているように見えるのは俺の気のせいであろうか。
「突如、異世界に迷い込んだ宮本武蔵! 目の前に現れた謎の美青年オーナーの導きにより元の世界へ戻るため謎のゲームに参加することになった。しかし! 味方だと思っていたオーナーの正体は、自分が倒すべき敵であった! 見知らぬ世界に1人悩み苦しむ武蔵! 果たして彼は見事ゲームに勝ち抜き、元の世界へ戻る事ができるのだろうか・・・・・・!?」
オーナーは、俺の人生最大の絶叫など何事もなかったかのようにミュージカルのような振り付けと今までのかなり掻い摘んだ流れをつらつらと話し始めた。
(ダメだ、コイツには地球の常識は通じないんだ。一々驚くだけ無駄だ、コイツに振り回されないように何があっても驚かないようにしよう)
オーナーに何をしても無駄だと色々悟った俺は、オーナーの奇妙な行動を深く考えずに全て無視して本題に入ることにした。
「オイ、色々突っ込み満載だけど、あえてシカトするからな? ラスボスが目の前にいるなら話が早い! とっとと倒して帰るに限る!」
「やれやれ、連れないですねぇ。せっかく脳ミソスポンジの武蔵君のためにもう一度掻い摘んで解説してあげたのに。それに倒すなんて物騒なこと言わないで下さいよ。これは『ゲーム』なんですから、もっと楽しみましょうよ」
オーナーは、俺の強がりを見抜いているのか、ステップを踏んだり、ターンをして楽しそうにしている。
「余計なお世話だ! それに、俺の脳ミソはスポンジじゃねぇ!」
俺は、オーナーの言葉に対して怒鳴りながら反論した。
早速、オーナーにペースを乱された俺は、我に返ると心の中で自分に冷静になるように念仏を唱えると一回咳払いをして再度オーナーに向き合った。
「・・・・・・ゴホンッ! そうじゃなくて! これは『ゲーム』なんだろ!? だったら、ルール通りお前をここで倒してやるから俺と勝負しろ!」
口でオーナーに勝てる気がしない。むしろ、このままだと自分の方が不利なのは明確だと悟った俺は、武力行使に出ることにした。
しかし、オーナーは、腕を捲し上げながら挑発する俺を片手で制止した。
「まぁまぁ、ゲームを早く始めたい威勢があるのも良いことですが、その前にランクの継承があります・・・・・・その格好では何ですし、着替えましょうかね」
「ハッ? 着替えるって・・・・・・何? このままじゃ駄目なのか?」
俺は、自分の制服をまじまじと見つめた。至ってどこにでもあるブレザータイプの制服だ。今は、夏服なので半袖のノータイに紺色のズボンだ。冬服とは違って身軽で動きやすかった。
(この世界って制服で歩くのは禁止っていう決まりでもあるのか? それじゃ、地球の学生は皆捕まるな。うわぁ~、刑務所入らねぇ~。あっ! でも、最近少子化だから意外と入るかもな)
「・・・・・・何を考えているかはあえて突っ込みませんが、今の格好だとやわすぎてゲームにならないと言いたいんです」
俺が真剣に考えているとオーナーが俺の心でも読んでいたかのように呆れながら説明の補足をしてきた。
俺は、オーナーの補足説明のタイミングの良さに驚いて一歩後退りした。
(うわッ! あいつ俺が考えている事分かってんの!? エスパー? 覗き? やっぱストーカーじゃん! うわぁ~、うかつに考え事できねぇ・・・・・・。って、これだとやわすぎるって・・・・・・そんなに危険なゲームなのか?)
オーナーに呆れられていることを他所に心の中を見られたと思い込んだ俺は、オーナーと距離をとるためにじりじりと後退りした。
「では、武蔵。貴方に授けるランクはナイトです」
「エッ? ナイト?」
オーナーが、俺にそう告げて指を鳴らした瞬間、光が俺の目の前に広がった。
「眩しい! 目がぁー! 目がぁー!」
俺は、あまりの眩しさに目を力強く閉じて両手で光を遮って影を作り、光から両目を守るようにした。
しばらくすると光は溶けるように消えていった。俺は、光が消えたのを確認するようにゆっくり目を開けた。
チカチカする視界が徐々に正常を取り戻して最初に目が飛び込んできたのは、オーナーだった。
オーナーは、特に変わった様子は見られなかったが、変わったのは俺の方だった。
誰かが触った感覚もなかったのにさっきまで着ていた制服を着ておらず、今は動きやすそうな着物とズボンに両腰には一本ずつ刀を携えていた。
「なっ・・・・・・なんじゃこりゃー!」
「どう見てもこれ侍だし! これでどうやってゲームをしろと!? だったら制服の方が絶対動きやすいわ!」
生まれてこの方17年、七五三以外に着物など着たことない俺にとって動きにくい格好であった。
この格好で喧嘩しろと言われても負けるのは目に見えている。
キックやパンチを繰り出すもんなら確実に避けられて裾を踏まれたり、掴まれたらアウトなのは誰にでも予想できることだ。
「アッハハハハッ! いやぁ~、期待通りのリアクションで嬉しいですね!」
オーナーは、俺の反応を見ながら腹を抱えながら笑っていた。
俺は、そんな笑っているオーナーを見てふつふつと怒りが込み上げてきて頭の中で何かがプツンと切れた気がした。
「どういう事だよ! 俺の制服どこへやった!? まだ学校あんだぞ! って言うか、この格好は何だぁー! 例え、地球に帰っても、この格好で帰ったら確実に怪しい! 200%警察に捕まる! もう侍は絶滅したからな。これじゃあ、街歩けねぇじゃんか。どうしてくれんだよ!」
俺は、顔がゆでだこになる位、頭から湯気を出しながらオーナーに詰め寄って猛抗議した。
オーナーは、俺の様子に一瞬、ポカンと口を開けていたが、すぐにいつもの笑みを浮かべて喋りだした。
「まぁ、落ち着いて。突然のことでお怒りなのはごもっともですが、これで準備は整ったので最後にルールの確認をしましょうか」
オーナーは、俺の怒りの猛抗議など無視してルールの確認に移った。
俺は、オーナーの脅威的なスルーに口を開けながら茫然とオーナーを見つめていた。
気付けは、先程の怒りなどどこかへ飛んでいってしまっていた。
「とりあえず、確認して頂く内容は、鍵・ルール・ランクの3つです。まぁ、大体この3つを把握していれば大丈夫でしょう」
「まず1つ目の鍵についてです。先程ご説明しましたが、私が所持しています。私を倒し、この鍵を手に入れて扉を開けば、元の世界へ帰れます」
オーナーは、懐から一本の鍵を出してきた。
ペンダントになっており、黄金色の鎖に繋がれた鍵を見ると鎖以上に眩い黄金色に輝いていた。
鍵には白と黒の宝石が施された豪華な装飾品であった。
(あれが例の鍵か? 何かすんげぇ豪華な鍵だな。キンキラしてて超眩しいんですけど・・・・・・。何か、段々RPGっぽくなってきたな)
「では、この鍵をどうやって手に入れるか。これが2つ目のゲームのルールについてです。要は、私を倒して下さい。しかし、そう簡単にいかないように沢山の試練があります。もし、試練に耐え抜けなかったらあなたの負け。元の世界へ永遠に戻る事はできません、命の保証もできませんのでご注意下さい」
オーナーは、鍵を懐にしまうと人差し指を立てながら説明を続けた。
「マジかよ!? 何か穏やかな空気じゃないんですけど! 俺、まだこの年で死にたくねぇよ!」
命の保証はできないという説明に身の危険を感じた俺は、オーナーへ猛抗議するもオーナーは、両手を叩きながら俺を黙らせた。
「はいはい、落ち着いて。最後にランクについてです。ランクは先程ご説明した通り、Kの紋章を持つキング、Rの紋章を持つルーク、Nの紋章を持つナイト、Bの紋章を持つビショップ、Pの紋章を持つポーンの5種類です。私は一番上のキング、貴方は真ん中のナイトです。ランクごとに能力や戦闘スタイルが違いますし、体のどこかに必ずマークが存在します。まぁ、能力や戦闘スタイルなどは戦っていくうちにつかめてきますよ」
オーナーの説明が終わると俺は、いつの間にか自分の右手の甲に刻印されているNの紋章を確認する。
俺は、右手の甲を色んな角度に向けたり、叩いたり擦ったりしたが、簡単に落ちる様子は見られなかった。
マークの確認が終わった俺は、大きな溜息をついて頭を掻きながらオーナーを睨みつけた。
「あぁ~そうかい。大体のルールはよぉ~く分かったよ。・・・・・・だけどな! この格好は何だ? まさか、俺の名前でチョイスしたとか言うなよ?」
俺は、着物を両手の指でつまみ上げた。
グレーの着物に赤い帯で締めていて一見、普通の着こなしかと思ったら黒いズボンが見えるように帯から下の着物は大きく前が開かれていた。
着物を着たことがない俺でも普通とは思えない奇抜な着こなしであることは一目瞭然であった。
その反面、まるで着ていることを忘れてしまう位、軽い着心地で動きやすさも申し分なかった。
しかし、非常に悔しいので俺は、着心地の良さについてあえてオーナーに伏せていた。
「あぁ、それですか? それは・・・・・・」
オーナーは、顎に手を当てて考えるような仕草を取ると黙ってしまった。
何とも言い知れぬ沈黙が2人を包み込む。
(何、もったいぶってんだ! さっさと言わんか! 何だ、気のせいかあいつの口が笑ってる様な気がするぞ・・・・・・。カァ~! そのムカツク仮面ひっぺ返してやろうか!?)
俺は、何となく想像できる答えと俺をからかって遊んでいるオーナーを見て怒りにわなわなと身を震わせた。
「もちろん、ただ単に貴方のイメージにピッタリだと思ったからですよ」
「やっぱそんな理由かよ! 絶対俺の名前が理由だろ!? 俺は、剣豪でもないし、侍でもない! 同姓同名って理由で何でもかんでも一緒にするんじゃねぇよ!」
俺は、オーナーの返答に対して怒りを露わにしてオーナーを怒鳴りつけた。
オーナーは、武蔵の怒りにわざと驚いたように両手を上げた後、顎に手を当てて悩む仕草をした。
「困りましたねぇ・・・・・・。そんなに怒っても、残念ながら変更は受け付けていませんよ?」
「クーリングオフなしかよ! やっぱりテメェをさっさと倒すしかないみたいだな!」
俺は、言うが早いか抜刀の構えをしてオーナーに向き合った。
臨戦態勢の俺を見たオーナーは、シルクハットをかぶり直しながら肩を竦めた。
「ヤレヤレ、あなたは本当に賑やかですね。残念ながらあなたがいくら文句を言ってももう遅いですよ、もう始まりますし。それでは、ゲーム・・・・・・スタート!」
オーナーは、不敵な笑みを浮かべると指を鳴らしたのと同時にまるで映像が途切れたかのようにその場から跡形もなく消えてしまった。
「エッ!? あいつ、どこ行った? ・・・・・・もしかして、今ので始まりなのか? だぁー! クッソー! 勝手に始めんなぁー!」
俺は、オーナーが先程までいた場所まで走り寄って周りを見回したが、近くにオーナーの姿はなかった。
周囲は、オーナーが現れる前と同じ不気味な静寂を取り戻していた。
「クッソー! 逃げられた! あの野郎、せめて制服返せー! ・・・・・・こうなったら何が何でも見つけ出して絶対倒してやる! 次会ったらボッコボコに倒してやるから覚えてやがれ!」
俺は、空に向かって両手を突き上げながら今日で一生分の喉を使ったと思う位、大きな声で叫んだ。
しかし、オーナーの返事はおろか、自分の声のこだますら帰ってこなかった。
俺は、返事がいつまでも帰ってこないと理解すると突き上げていた両拳を重力に任せて勢いよく地面に向けてダランと降ろした。
「・・・・・・仕方ねぇ、ここに何も手掛かりはないし・・・・・・他の所に行ってみるか」
人差し指で頬を掻きながら次の行動を考えた俺は、オーナーの行方を捜すために踵を返して駅を後にした。