謎の光
普通って何だろうか。
皆と同じ意見だったら普通、何の特徴もなかったら普通。
自分にとっては普通でも他人にとっては普通じゃないこともある。
俺も普通の高校生だ。宮本武蔵という名前と霊感があることを除いては・・・・・・。
「ハァー・・・・・・」
俺は、盛大に溜息をつくのと同時に背中を丸めて小さくなりながら歩いていた。
万年赤点ギリギリの俺は、今回もテストの結果が最悪であったため、先生に呼び出されて今の今まで説教されていた。
空を見上げると赤く彩られていた空は、徐々に青く染まって夜の始まりを知らせていた。
「クソー、遅くなったなぁー・・・・・・先生の言いたいことも分かるけど、何もあそこで泣き出さなくてもいいじゃねぇかよ」
俺の担任は、美人女教師だが、赴任して間もないため、非常に頼りなかった。
そのせいか、成績の悪い俺の扱いに困って自分が教師として自信をなくしてしまって泣き出してしまった。
結局、先生のお悩み相談室になってしまい、俺の面談はうやむやになってしまった。
「先生も大変だよな~。にしても、将来か・・・・・・」
(なりたいもんはあるけど、今の俺になれるかどうか・・・・・・)
俺は、夕日が沈みかけて暗くなりかけている空を仰ぎ見ながら立ち尽くしていた。
「・・・・・・あぁーもう! 考えてもしょうがねぇよな! 考えるよりまず行動! ・・・・・・まぁ、勉強は明日から行動でいっか」
空に向かって両拳を突き出した俺は、自分のモットーである『考えるよりまず行動』を叫びながら頭を切り替えることにした。
しかし、そのモットーをもってしても勉強の前では、女子にあり勝ちな『ダイエットは明日から』という現象が起きてしまっていた。
「あっ、ヤベッ! もうこんな時間だ、母さんに先生との面談を感づかれるとうるさいから早く帰らねぇと!」
帰宅部である俺は、学校が終わると毎日真っ直ぐ家に帰っていたため、こんなに遅くなることはまずない。
遅い時は、学校の行事か先生の呼び出しか・・・・・・。もちろん、後者の時は母さんの雷が炸裂して恐ろしいことになる。
俺は、それを何としても回避するために両拳を力強く握って気合を入れると家に向かって全速力で走り始めた。
「ハァハァハァッ! ・・・・・・もう、ダメだ! ここまで走ればもう少しだもんな・・・・・・」
運動部ではない俺にとって長距離の全力疾走はかなりハードであった。
息が切れ、脇腹に痛みが走る。足は重く筋肉は悲鳴を上げて歩くのがやっとであった。
しかし、これ以上帰りが遅くなると母さんの怒りが爆発すると考えた俺は、脇腹を押さえて息を切らしながら力を振り絞って早歩きをする。
俺の母さんがどれ位恐ろしいかというと、地震・雷・火事・母さんという位恐ろしい。
そのために俺は、もう少しだと自分を騙しながら必死で家を目指した。
しばらくすると公園が見えてきた。ブランコや砂場、滑り台などどこにでもある小さな公園であった。
辺りはすっかり暗くなったため、遊んでいる子ども達の姿は一人も見えず、公園の活気も今は鳴りを潜めていた。
俺は、公園の入り口で足を止め、目を輝かせながら公園を見つめた。
「あぁ~! やっと近道キター! ここ通ればすぐだから何とかなりそうだな」
勝利を確信した俺は、軽くガッツポーズをするとそのまま真っ直ぐ公園の中へと入って行った。
いつの間にか、体力も回復して脇腹の痛みもひいていた。
(助けて・・・・・・)
「んっ? 今、誰かに呼ばれたような・・・・・・気のせいか?」
公園に入った途端、ノイズが混じったような声が聞こえた。俺は、立ち止まって周囲を見回したが、誰もいなかった。首を傾げた後、再び出口を目指して歩き始めた。
(助けて、お願い・・・・・・)
「またこの声・・・・・・! なっ、何だ!?」
同じ声がまた聞こえたと思ったら全身が重くなったような奇妙な感覚に突然襲われる。俺はたまらずその場で片膝をついてしまった。
しかし、それはすぐに奇妙な感覚から解放され、声も聞こえなくなった。
俺は、身に覚えのある感覚に顔を強張らせながら周囲を警戒する。
「まさか・・・・・・だよな。こんな時に勘弁してくれよ・・・・・・」
俺は、昔から霊感が強いらしい・・・・・・。しかも、払う力がないのに色々ひき寄せるせいか、昔は体がとても弱かった。昔より体は強くなったが、未だに力は衰えていないようだ。
世間では、すごいとか幽霊を見てみたいだとか言われているけど、実際に得したことなんて一度もない。ホントに。
(今日は、ここ通らない方が良いな。何かあっても困るし・・・・・・引き返そう)
身の危険を察知した俺は、踵を返すと急いで入ってきた入り口へと向かい、公園を後にした・・・・・・つもりだった。
俺は、確実に公園から出たのに何故かまだ公園の中にいた。
もう一回出ようと試みると一瞬、目の前の空間が歪んだと思ったらまた公園の入り口に戻ってきていた。俺は、公園の中に閉じ込められてしまっていた。
状況を察した俺は、頭を掻いた後、腕を組みながら考え始めた。
「マズイなぁ~、閉じ込められた・・・って! 冷静に言ってる場合か!? オイッ、幽霊! ここから出せ! 俺がチョット霊感あるからってチョッカイ出すんじゃねぇ!」
どこにいるか分からない者に対して俺は、拳を空に突き上げながら怒鳴り散らすもその声に対して反応が返ってくることはなく、気味が悪い位の静寂が流れた。
俺は、返事が返ってこないのを確認するとその場へ崩れ落ちるように跪いた。
「あぐぅ・・・・・・シカトなんてひでぇ。俺のハートはガラスのように脆いんだからな、すぐ治るけど。これならいっそのことガチ鬼ごっこの方が・・・・・・イヤ、そっちの方がイヤだな」
ただ閉じ込めているだけで襲ってくる様子がないせいか、思った以上に冷静を保てていた。
しかし、霊感があっても幽霊の対処法を知らない俺にとってこの状況は、とても良い状況とは言えなかった。
「助けて・・・・・・」
「あぁ~でも、ここから出られないとなると完全に母さんにどやされる。イヤ! 遅くなった理由をこれのせいにすれば・・・・・・ダメだ。母さんオカルト嫌いだし、まず信じてくれない・・・・・・」
早く帰るのを諦めた俺は、幽霊よりも母さんに帰りが遅くなった時の言い訳を四つん這いのまま考え始めた。
言い訳を考えるのに集中していたせいか、どこからか聞こえてくる声に全く耳が入ってこなかった。
「助けて」
「エッ?」
ようやく声の人物に呼ばれていることに気付いた俺は、声のする方を見ると公園の中心に小さな光が浮いていた。
声は、中性的で幼いトーンであったのでどちらなのか判別が難しかった。
小さな光は、俺に攻撃することも近づいてくることもなく、ただその場に浮いていた。
「えっと・・・・・・お前か? 俺をここに閉じ込めて『助けて』って呼んだの・・・・・・」
俺は、おずおずと光に向かって質問する。しかし、その答えが返ってくることはなかった。声がする光は、自分の隣に渦状をした黒いものを出現させた。
「ここに入れってことなのか・・・・・・?」
「お願い・・・・・・助けにきて」
光の声は、俺の質問に一切答えることなく、ただその言葉を繰り返し言うだけだった。
おそらく、この渦の中に入って自分を助けに来て欲しいということなのだろう。しかし、それが何を意味するのか俺は、死者が生者の魂を道連れにする行為だと察知した。
俺は、全身の震えが止まらず、滝のように汗をかいた。全身の血の気が引いていくのを感じることから自分の顔が、顔面蒼白になっているのが手に取るように分かった。
俺の身体が、警報を発していることからあの渦の奥に入った後の結末は分かっていた。
(あそこに行くと二度と戻れなくなる・・・・・・)
逃げなければ、そう思った俺は、光から逃げようとしたが、いつの間にか金縛りにあっていて体が上手く動かせずにいた。
それでも俺は、力を振り絞って1歩、また1歩とゆっくり後退りした。
「・・・・・・お願い!」
「お願い・・・・・・助けて! 暗いのはもう嫌だ・・・・・・」
光の声は、さっきよりも語気を強めて俺に向かって呼びかけた。
表情は分からないが、今にも泣き出しそうで辛そうな声だった。いつの間にか金縛りも解けており、体の違和感はなくなっていた。
再度、光を見つめて俺は考えた。あの渦の中に入ると二度と戻れなくなるのは間違いない。
光が、あんな態度を取ったのも俺を油断させるための演技とも捨てきれなかったが、何故か放っておけなかった・・・・・・。
俺は、少し迷いながらも意を決して一歩踏み出し、光の方へと歩み寄った。
「分かった! あの渦の中に入ればいいんだろ? そんで、俺にできる限りだったら力を貸してやる。だから安心しろ!」
俺は、光の声の言葉を信じることにした。
確証はないが、本当に俺を道連れにするなら襲うタイミングはいつでもあったからだ。
「ありがとう、ムサシ君・・・・・・」
「エッ? 何で俺の名前・・・・・・」
光の声は、俺の返事に嬉しそうな声音で一言呟くと俺の質問が言い終わる前に消えてしまった。
「ハァ、結局質問には答えないってか。さて、と・・・・・・行きますか」
俺は、消えた光があった場所をしばらく見つめた後、少年が出した黒い渦状のものと向き合った。
俺は、渦の闇に手を入れようとするも恐怖のため、中々手を入れられずに躊躇っていた。
渦の中の闇は真っ黒で底知れない闇に包まれていた。手を入れればあっという間に全てを飲み込んでしまいそうだった。
怖い、逃げたい、死にたくない。
そんな恐怖の思いが俺の頭の中でぐるぐると回っていた。今すぐ走って逃げ出したかったが、一度した約束を破るのはもっと嫌だった。
「・・・・・・考えるよりまず行動! 何とかなるさ!」
俺は、自分に勇気づけると手を胸に当てて一呼吸置いて心を落ち着かせて覚悟を決めるとプールに飛び込むような形で頭から渦の中へと飛び込んだ。
「うぎゃああああああぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
渦の中に飛び込むとそこは、長い滑り台が続いていた。俺は、顔を上げたうつ伏せの状態で滑っていた。
うねうね道、一回転、急降下などの道をジェットコースター並の速さで滑っていった。
何が起こっているのか把握できない俺は、ただ情けなく叫ぶことしかできなかった。
「何なんだよ! ココは! もう・・・・・・・訳、分かんねぇ・・・・・・」
回り過ぎて酔ったか、渦の中に入った影響なのか、世界が回っていると錯覚する程の眩暈や耳鳴り、全身の浮遊感と倦怠感の繰り返しなど体の異変が一気に襲ってきた。
ついに耐え切れなくなった俺の意識は、闇の中へと沈んで行った。