読書
どうして本が読みたくなるのだろうか。そんなことを考えながら、手の空いた午後の昼下がり、窓辺に置かれた文机に女は座した。頬杖をついて、ぼんやり窓外を眺めながら衝動の根源を探ってみても突き詰められるわけもなく。しかしながら、慌ただしい日々が心から遠ざかって、本を欲する思いがより明瞭になり、応えるように文机に置いておいた本に女は手を伸ばした。
数日前に購入した豪華版のその本はまどろっこしさを感じさせる程にずしりと手に重く、しかしながらそれは本自体の重さだけではなく、紡がれた言葉たちの重みも加わってのものなのだからと気を引き締める。
手の中の本の、しっとりとした皮のような手触りの薄茶ひとえの厚表紙をじっと見据えて、そして女はゆっくりと本を開いた。
覗いた一面の白地が、窓より差し込む陽光を照り返して、眩しさに女は目を細める。清々しくて、暫しそうして射られていた。光は心をも白く染め上げる。
先へ、と触れた指先に写し身は滑らかで、心地よさに陶然としながら頁を捲る。著者の名を冠した簡素で的確な題が表れて、さらに、頁を捲ると作者近影が現れた。女か生まれる前にすでにこの世を去っていた、如何にも神経質そうな痩身の著者の、眼鏡越しに此方を見つめる目の暗さに、何故だか女は悲しみを覚えて、逃げるようにそそくさと項を捲った。
目次を渡り、項捲りを重ねると、世界が姿を現した。
上下二段から成るその文字列の、一目見ただけでもわかるほどのあまりの厳しさに女は眩暈を覚えずにはいられなかった。
思わず、女は苦笑う。
手を引いては下さらんか。己で登り詰めてみせよと。
貴方は笑っている。私如きには到達出来ぬ頂きで。
迎合など微塵も感じられないこれほどに難解な文章を読み解くことなど夢のまた夢だろう。それどころか最後まで読むことすら危くある。きっと私は選ばれてはいない。
それでも、女はこの本が読みたかった。終まで辿り着けずとも、何も感じ取れず文字をただ素通りすることになろうとも構わないと思えるほどに手の中の本に女は心を囚われていた。
貴方を、貴方の世界を、彷徨ってみたいの。己の無知を思い知らされるとしても。
いざ、参らん。
女は粛々と言葉を追い始める。
行きつ戻りつし、荘厳なる小説が見せし夢幻に惑う。そうして暴かれて、唯見れば、血汐は胸よりつと流れて。




