ナルキッソス
生徒達が賑わう教室。
昼休みである為、皆それぞれのことをしている。
小説を一人読んでいる少女がいた。
ショートカットの女子生徒だ。
背筋を伸ばしていて、とても姿勢がいい。
本にはカバーがされておらず、彼女が何を見ているのか、一目でわかる。
池波正太郎の「剣客商売」だ。
それを読んでいる少女に近づく男子生徒がいた。
彼は、地毛である茶髪ははねることなど知らない、さらさらな直毛。同じ色をした弓なりの眉と、バサバサと瞬く度に音がしそうな長い睫毛。くっきり二重でアーモンド型の目。瞳は緑である。鼻は小鼻でつんと高く、顔は適度に彫り深い。肌は日焼け知らずなのか、真っ白だ。しみやそばかす、傷はひとつもない手入れしたかのような肌だ。
高身長な、その体は無駄な肉は一切なく、適度に筋肉がついている。今時で言う細マッチョというものだろう。
ハーフであろう、美男子だ。
彼の名前は玲司。
そんな完璧にみえる彼は、本を読んでいる女子生徒に話しかけた。
「ねぇ、静ちゃん。僕の美しさに並ぶ、美しい女の子はこの学校にはいない。かろうじて言うならば、この学校の中で美しさを競うと、君はトップだ。ああ、そう、もちろん、僕には負けるだろうけどね。女子の中でって、意味だ。君の欠点は愛想がないことと、身長が平均的なことくらいだ。そこをどうにかして治すことが出来たら、君は俺の隣を歩いても、恥ずかしい思いはせずにすむ。君は何かにつけて、僕を見てたね。熱い視線の中で冷ややか視線だったから分かりやすかったよ。あと、何かにつけて、僕にそっけない態度だ。君は分かりやすいね。好きな人を虐めたくなるんだろう?けど、僕のことを知りたいから、見てたんだろう?そこまで、僕の事が好きなら、いいよ。特別に付き合って上げよう」
静と呼ばれた彼女は、本に栞を挟み、顔を上げた。
女子生徒もさらさらな直毛の黒髪だ。ショートカットのために、白いうなじが眩しい。前髪は眉にかかるほどの長さ、眉は細過ぎず太過ぎず意思が強そうに主張している。その眉の下の瞼はくっきり二重。猫のような瞳は大きい。さらに黒目も大きいために、ますます猫のようだ。そして化粧をしていないのに、玲司に負けないぐらいに睫毛がバサバサしている。肌は透き通るように白い。目を凝らせば、青い静脈が見えそうなくらいだ。
その体は小柄で華奢であるが、しなやかに筋肉がついている。
彼女は玲司に冷たい瞳で見てこう言った。
「ごめん。タイプじゃない」
玲司は面食らう。
「ま、まさか。そんなはずはない」
「ごめん。本当にタイプじゃない」
「フッ。わかったよ。それも、あれだろう?僕の気を引きたいための、戯れ言だろう?そんな駆け引きはいらないんだ。僕が付き合ってあげるって言ってるんだから、もうそういうのはいらないんだ」
静はため息をつく。
「いや、好きじゃない。もっというと、嫌いを通り越して興味があまりない。見ていたのは、うるさいって思ってたから」
「そ、そんな・・・。僕程の美男子を好きではなく、嫌いだと・・・?」
「そう。タイプじゃないから」
「タイプじゃない・・・?じゃあ、君がタイプの男はどんな奴だ・・・?あ、わかったぞ。あはは、そうゆうことか。君の恋愛対象は女だったんだな。そうかそうか」
「違う」
「え?・・・なんなんだ!わからない!!!じゃあ君のタイプはどんな男だ!!!」
静は眉をしかめる。
「うるさい。口で説明するのが面倒だから、明日、ここにきて」
明日は土曜日で学校は休みである。
静はメモに達筆な字で住所を書いて、玲司に渡した。
「ハハッ。わかったぞ。そう言って、デートしようって魂胆だな。君は本当に素直じゃない」
静は無視して、本を読み始めた。
玲司は同じクラスの男子生徒に話しかけた。
「なぁ。静ちゃんって僕のことタイプじゃないんだっていうんだ。おかしいよな」
「いや、普通じゃね?」
「え?な、なんだって!?」
「だってお前って観賞用らしいし」
「か、観賞用!?」
「いや、女子がそう言ってたからな。ま、いいじゃん。お前、面白いから」
「お、面白い?」
玲司は同じクラスの女子生徒に聞いた。
「なぁ、静ちゃんって俺のことタイプじゃないんだって。おかしいよね?」
「あははは。当たり前だって!」
「え?な、なんだって!?」
「皆そうだよ。玲司くんは皆のアイドルだもん!面白いしね!!!」
「え?お、面白い?」
「うん!なんかそれがウリのイケメン芸人みたい!」
「え?ウリ?芸人?」
「うん!イケメン芸人いいと思うけどなぁ」
「イケメン芸人?」
家に帰った玲司は、家族に聞いた。
「僕のこと、タイプじゃないって女の子がいてさ。おかしいよね?」
「まぁ、お母さんが若かったたら、一緒に遊んで欲しいけど、旦那さんには、したくないわよね」と玲司母。
「え?この美しい僕と結婚したくないの?」
「お兄ちゃんはいつまでもひとり身だね。きっと。それで、孤独死。けど、それでいいと思うよ。みんなに夢を与えてくれるディズニーの王子様みたいな存在だから誰かとくっつくと夢みれないし」と妹。
「え?ひとり身?孤独死?」
「レイジは、自分だけじゃなくて、他人を愛することをしないとダナ。ガールフレンドを早く作ってほしいよ。そうじゃないと、自分が写った水面に見惚れて、池に溺れて死んじゃうよ。パパは、そんな死に方をして欲しくはないよ」と父。
「え?溺れ死ぬ?」
その日、玲司は夢を見た。
アイドルになり、ライブをしていた。
しかし、いきなり、一発ギャグをさせられる事になる。玲司は一発ギャグをすると、皆が笑う。
玲司は皆を笑わして、家にかえる。
家には誰もいない。そして、何故か池がある。玲司は池をのぞきこんだ。その池には、のぞきこむ自分ではなくて、静が映っていた。
“ごめん、タイプじゃないから”
水面に映る静はそう言ったら、消えた。
そして、玲司は笑われながら誰かに背中を押されて、池に落ちる。
誰かに助けを求めても、誰も助けてはくれない。
一人で池に沈んでいった。
ハッと起きた玲司は、危機感を感じた。そして、考えた。
孤独死は嫌だ。
静のタイプを知って、旦那さんになりたい男に変わろうと。
土曜日になり、気合いの入った玲司は10時にメモにかかれた住所の所に向かった。
道場。
なんで、道場なのか。
混乱した玲司に声がかかる。
「来たんだね。靴を脱いで入っていいよ」
静だった。道着姿の。
姿勢がよい黒髪で色白な彼女の道着姿は、いつもより、凛としている。
玲司は一瞬見惚れた。
やはり、僕の隣に立てるのは彼女しかいない。
そう考えながら、勧められるままに道場に入る。
ヤァァ!
バシッバシッ
威圧感のあるかけ声と竹刀がしなる音が聞こえた。
中では剣道が行われていた。
「わたしのタイプの人、あの人」
彼女の目線を追うと、素人の玲司にも分かる強そうな大柄の男がいた。
試合中なのか、防具をつけていて、1対1で向き合っている。
顔は見えない。
男はかけ声をあげて、素早く踏み込む。敵が竹刀を振り下ろしてきたのを、竹刀で叩き落として、かけ声をあげて素早く敵の顔に竹刀を振り下ろす。
パシィィィン、という音が一面に響いた。
確かに強そうだ。
「ほんと、つよい」
静は、頬を緩ませて目尻を下げて、微笑んでそう言った。見たこともない表情に、玲司はムッとする。
問題は、顔だ。
どんなイケメンなのか。
玲司は男の顔を見ようと、目を凝らす。
勝った男は一礼をして、道場の端で防具を外した。
男の顔を見て、玲司は驚愕した。
ゴリラだ。
ゴリラ顏なのだ。
静はゴリラ顏が好きなのか?
「し、静ちゃんはああゆう人がタイプなの?」戸惑いながら、尋ねる玲司。
「うん。強い人が、好き」そういう静。
つまり、剣道で強ければいいと言うことか。
玲司は燃えた。
文武両道才色兼備の玲司に出来ないことは、ない。
まして、相手はゴリラ。
こちらは人間様だ。
負けるわけにはいかない。
「静ちゃん!僕もここで剣道を教えもらいたい!」
「え?なんでいきなり?」
「生きるために。死にたくないんだ」
孤独死したくない。そのために静をモノにする。
静はその発言に驚いた表情を見せる。そして、玲司が今まで見たこともない、満面な笑顔でこう言った。
「そういう心がけ、好き」
猫のような瞳が柔らかくなるのを見て、玲司は動悸がした。
いつも自分の顔を鏡で見て動悸していたが、初めてのことだった。
なんでだろう?と首をかしげる玲司。
そして、静の父に会って(なんと!静は道場の娘だったのだ)、入門することとなった。
それからというもの、玲司は今まで通っていたジムを辞めて、剣道一本で身を鍛えた。
めきめきと上達していく彼であったが、やはりゴリラには勝てない。
いつしか、自分を愛することよりも、鍛えることが楽しくなっていった。
「絶対勝つ!」
闘志を燃やしている玲司。
玲司は気づいてなかった。
そんな玲司を好ましく見ている静の姿に。
ある高校では有名な美形が2人いた。
残念、で有名な美形だ。
一人はナルシストで有名な美男子だ。
あだ名は、ナルキッソス王子。
または、ナルジ。
意味はそのまんまでナルシストだからだ。
ナルジはレイジとかけている。
一人は武士然とした硬派で有名な美少女だ。
あだ名は、たのもー。
または、ござる。
意味は武士が言いそうな言葉からとっている。
その高校の生徒達はまだ知らない。
ナルキッソス王子が、ナルシストを卒業して、剣道をするただのイケメンになることも。
たのもーが、武士っぽく無くなり、普通の、笑う美少女になることも。
二人が付き合い始めることも。




