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1-8 〈儀式破壊の外典〉1



 クーイは数刻して、地面に這い蹲っているのに気づいた。


(ここは?)


 気を失った場所は確か庭園だったことも覚えていたが、今横になっているこの場所はふかふかで柔らかい絨毯の上だった。茶色と赤で鳥の絵が描かれているものだった。

 顔を上げる。辺りが薄暗い。人工的な明かりが近くで揺れ動いている。洋灯だ。その明かりを頼りに辺りを見回すと、部屋にいることが分かった。いつのまにか外から屋内に移動していたらしい。

 その部屋は逆円錐型をしている。天井まで数十メートルの高さがあり、天井には天窓があり、月の光を入れ込んでいる。上のほうが広くなっているが、吹き抜けの塔みたいな形をしていた。クーイの近くに扉があり、目の前に灰にまみれた暖炉がある。隣には十段ほどの小階段があり、クーイのいる場所より一段高いデッキがある。それを取り囲むように壁には逆円錐状に本棚が天井まで並べられていた。宛ら、図書館と間違えてしまうほどの本の多さである。


「ぐ、痛っ」


 クーイは立ち上がった。立ち上がると、あちこちと痛みを感じる。顔や腹、それ以外にもたくさんの場所に痛みを感じていた。確かめるように擦るが、かなり体調は酷いらしい。


「…ですから、ここに来たわけです」


(誰か、いるのか?)


 上のデッキで、なにやら話し声がクーイの耳に届いた。何事か話し合っているらしい。


「ふむ。君の言いたことは、よく分かった。少しは落ち着きたまえ。どうやら、当事者が目を覚ましたらしい。そちらのほうからも聞こうかの。起きたのじゃろう、上まで来なさい」


 上のデッキからしわがれた声がかかった。クーイは、その声にひきよせられるように痛んだ身体を引きずって、階段を一歩一歩上っていく。階段には、書類が何枚も散らばっている。それ以外に何故かお菓子や変な道具が散らばっていた。

 デッキにいたのは、魔法書管理官サガ、魔法院副院長デイ・T・ウーゴ。そして、もう一人。魔法院院長エキシャミル・グリンデルヴァルトがいた。サガは何かを焦っているようで、デイは静かに立ち尽くしている。エキシャミルは長い髭を弄びながら、二人の話を聞いていたらしい。その三人が大きな机の前に集まってクーイを待っていた。


「君が起きるのを待っていたぞ、もっとこっちに近く寄りなさい」


 机に置かれている洋灯が、三人の顔をはっきりさせる。クーイは魔法院入院式でデイとエキシャミルを見ていたが、じっくりと顔を眺めるのは初めてだった。


「ここは?」


「儂の部屋じゃよ。魔法院にある儂の部屋じゃ。本来院生が入れる場所ではないのだがの。院生が入ったのは何年ぶりかの?」


 魔法院院長の部屋は、この魔法院のどこかにあるという。その場所は学生には見つけられず、場所も時々変るという、不可思議な話だと学生たちの間で語り継がれている。

 院長の部屋と聞いて、改めてクーイは部屋をぐるりと眺める。


「珍しいかの、ここまで本があるのは。興味があるなら、いつでも見に来るがいい。確か普通閲覧禁止になっている本もたくさんあるからの。まあ、もう一度ここに来れればじゃが」


「院長、学生に閲覧禁止の本は見せられない規則です。それよりも筋を戻してください」


「おお、そうじゃった、そうじゃった。話がある。もっと近く寄りなさい」


 クーイを三人の近くまで引き寄せると、エキシャミルはクーイを見て突然笑い出した。


「サガ。何か、聞いていたより、痣がたくさんあるようじゃが?」


「は? あ、あれはその……」


 サガが急に言葉に詰まる。言い訳もままならず、顔を真っ赤にして俯いた。


「ふむ、気が動転していて、殴り飛ばしたとは聞いていたが、どうやら混乱しているときの暴走癖はまだ直ってないらしいの、サガ」


「お、お恥ずかしい限りです。一度二度では止まらず、たぶん十回は…」


(え、そんなに?)


「かっかかか。面白いのぉ」


「院長。お話を元に戻してください、そのようなお話は今なさるようなことではないです」


 威厳が壊れてしまうほど、クーイが思っていた院長のイメージと正反対だった。デイが院長をカヴァーしている。その光景は歴戦の魔法使いであるエキシャミルのイメージとはかけ離れる。


「むう、そうじゃった。デイがいるといつも話がスムーズに進むの」


 デイが小言で何か言っている。近くにいたクーイには「いつも無駄話しているからです」と言っているのが聞き取れた。


「さて、話を戻そうか。サガからも事情を聞いておったのじゃが、本当なのか確かめさせてもらいたい。この本を見てほしい」


 エキシャミルが一冊の本を、テーブルの上に出した。それはクーイが中庭で本を拾おうとして触った本だった。精巧な造りで何か文様が描かれている古びた本だった。表紙には何か魔法語で題名が書かれている。


「この本に君は本当に触ったのかね?」


 クーイが頷く。


「む、本当に触ったのかね?」


「触ってはいけなかったのですか? 触った途端、黒い光がいきなり放たれて、辺りが吸い込まれました。少しすると何もないように静かになったんですけど」


 サガが思い出したように頭を振るって、苦い顔になって唸っていた。


「読めるかの、この本の題名を」


 エキシャミルが指差した表紙には何やら英語ではない言語で書かれている。象形文字か何かとクーイは思ったが、それとは違う。ルーン文字に近い文字だった。


「いえ」


「まあそうじゃろう。魔法語とはいえ、ここには古代魔法語で書かれているから、読めるはずも無い。普通ならな。じゃが、この本に触った契約者なら読めるじゃろう?」


「は? えっ、あ、」


 じっくりと文字を眺めると、その本に書かれている見たことも無い文字の意味がぼんやりと分かる。驚いた顔で、エキシャミルの顔を見る。この感覚は文字が意味の形を表しているのに似ている。「林檎」という字自体が赤くて丸い果物に見えるのと同じように、その文字が読める。


「読めるのだな」


「ぎ、ぎしきはかいのがいてん…どうして? さっきは読めなかったのに」


「やはりか。ふー、そうじゃ。これは厄介なことになった。とてつもなく厄介なことじゃ。この本は〈儀式破壊の外典〉という」


 目を瞑って、エキシャミルは重く辛い溜息を吐く。厄介だというようにその表情にも厄介さが見てとれる。


「儀式破壊の外典?」


「そうじゃ。詳しい話をする前に、デイ。ちょっといいかの、今すぐに最新の〈ORACLE〉を一つ用立てて欲しい。至急だ。どうやらサガから話を聞いていたとおりじゃ。厄介なことになった。ついさっき話し合ったとおり、今までの経緯と伺う旨も至急伝えてくれい」


「は、そのように」


 デイが胸に手を当てる。魔法界での挨拶だ。魔力回路がある心臓の鼓動を確認する意味合いがある。一礼をしたデイは、そのまま階段を下りて、扉から飛ぶように出て行った。


「さて、何から話そうかの。まずは、この本と何が起こっているかについて話そうか」


 机の上にある包み紙をエキシャミルは手に取り、その中にある灰色の飴玉を口に入れた。少しすると口の中から煙が出る。息を吹き出すことで、煙を出す煙草お菓子だ。タバコなので魔法律上、未成年には食べることが禁止されている。

 ぷかぷかと吐き出された煙が天井へ昇っていく。


「君は、とんでもないことに巻き込まれつつある」


「え?」


「サガは何も説明をしなかったようじゃが、いくつもの要因が絡まって、とても厄介なことになっておる。それをまず言っておきたい。何が厄介なことなのかは、二つある。一つ目がこの本じゃ。この本は〈儀式破壊の外典〉という。儀式破壊に特化した魔導書じゃ。儀式についてはどれくらい知っておるかの?」


 クーイは以前に勉強した内容を思い出す。


「確か、儀式は魔法使い個人で扱うレベル以上のものを行うために、贄や代償を払うことで、高次元的な魔法現象を起こす魔法行為のこと…」


「素晴らしい(パルフェクト)。教科書どおりの答えじゃ。その通り、儀式とは現在ほとんど禁止されておって、使うものはおらん。一つの儀式で世界の危機に瀕することもあるほどじゃ。来賢者から禁止されておる。儀式を止めるためには、執行者自らが止めるぐらいの方法しかない。じゃが、この本はその儀式を魔術的に破壊することが可能じゃ。いくつかの条件を満たす必要があるがのう」


 サガが机に置いてあるその〈外典〉を指差して、クーイに言いかせるようにゆっくりと言った。


「この本は、私が魔法公社によって管理を要請されたものだ。この本の機密は上から二つ目の封印指定二級だ。院生でもどれだけ重要で危険な本なのかが分かるだろう。われわれ、魔法書管理官が管理するときには、魔法書にいくつかの制限や呪い、結界などを付与する。奪われたときのためだ。今回、この魔法書にはある理由によって〈触った者を所有者にする〉という条件が魔法公社によって掛けられていた。まあ、なんと言うかここまで言えば分かると思うが、君がこの本の所有者となったわけだ」


「…………は?」


「口で言うよりは、この本の表紙裏を見てみるほうが早いかの。そこに魔法語で所有者の名前が書かれておるじゃろう」


 魔導書の表紙の裏を見ると、英語でこうかかれている。〈儀式破壊の条件と注意〉それが数項目書かれていて、その一番下に大きく魔法語の筆記体でこう書かれていた。


「所有者、クーイ・ミュランフェルト? え、これって、どういう」


「だから、不本意で仕方ないが、君が所有者だといっている」


 サガが腕組みをしながら、渋い顔で睨んでいる。


「所有者だというのは、分かったのですが、ど、どうして封印指定の本を、あなたが持ってたんです?」


 当然の疑問だった。封印指定の魔法書は管理されているとはいえ、一般的に管理官でも自由に持ち出すことは出来ないはずだった。本来なら管理官ごと隔離され、世間と切り離されるはずである。


「ぐ、それは……」


「それが二つ目じゃよ。厄介なことになってしまった二つ目なのじゃよ。ことの始まりは今日になってから、魔法公社より使者が来るという連絡があったことじゃ。入門式当日の今日にじゃ。寝耳に水の話じゃったが、急ぎを要するということなのでな。その使者がこのサガ・Y・シュルツだったのじゃよ」





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