1‐5、不穏な動き
新入生歓迎会とは、魔法院の行事の一つで、新入生を歓迎するために、上級生が歓迎会を開く。二年生から八年生までの上級生が一斉に集まり、新入生を歓迎するため、さまざまな催しを行う。食事からダンス、模擬魔法訓練などさまざまな種類に及び、参加する人数は、かなりの人数になる。
「シータ、行こうか」
シータは聞いていなかった。向かい合わず、ある一点を見つめている。視点の先にあるのは聖壇の前にいる先生たちだ。先生たちが、固まって話をしているように見える。シータが、クーイの服を引っ張る。
「どうしたんだ?」
新入生歓迎会の進行について話しているのかと思ったが、集まった教員の表情が焦っている。さらに何人かが激論を交わしているらしい。一部の教員の顔が赤くなっていた。
「よく聞こえないな」
「魔法公社の使者がなんとかって言ってる」
「魔法公社? 魔法公社が魔法院に、何の用なんだ」
「分からないけど、そんなこと言ってる。総長の使者だって。だめ、よく聞こえない。でも教育とかの面で魔法公社と院が協力関係になっているのは、事実だし。でも何で今日なんだろう?」
魔法公社は、魔法界の政治を担うところである。公社の仕事は、政治を含め、人事や警察権も含まれる。首都の中心部にある塔で、魔法界の運営を総括的に行われているらしい。
「総長の使者、というとウェブストン総長だろ」
魔法公社のトップは総長と呼ばれる。現在はウェブストンという魔法使いがその任に当たっている。彼もグリンデルヴァルトとともに名の知れた魔法使いで、知らぬものはいない。元遊撃隊のトップであり、純血主義と貴族主義からの脱出を図るという路線をとったことで、魔法界の一般階級から絶大な人気を誇る魔法使いだった。
「何かあったのかもね。クーイ、ここにいてもしょうがないから、そろそろ行こう」
周りの新入生はもうまばらだった。待ちきれないという雰囲気で、聖堂教会を後にしていたらしい。新入生のグループがいくつかあるだけで、聖堂教会はいつの間にか静寂を取り戻していた。
中庭に行くには、聖堂教会を迂回して、二つの島を渡って、魔法院の本館に行かなければならない。時間にして、十分ぐらいかかる。
「クーイは、新入生歓迎会に出るの?」
「あまり出たくない。参加すると、いろいろ人付き合いが面倒だから」
「そうだね。ミュランフェルト家の嫡子だもんね。しかも七大魔法貴族の一角の〈光の〉ね」
「……シータ。それは、あまり言って欲しくない。俺は別にそういう貴族を優遇するとか、好きじゃないんだ。自分の中では、貴族なんて関係無いって思ってる。だけどこういう場になると、いろいろ考えているやつが近寄ってくるから。家柄を利用しようとする人がね」
魔法界には血筋を大事にするものがいる。そのものを貴族と呼び、特に政治関係で強い力を発揮してきた。特にミュランフェルト家を含む七大魔法貴族は、この魔法界の始まりを作ったとされる血筋を持っているとされていて、それぞれが持つ権力は大きい。
「それじゃ、出ないの?」
「いや、出るよ。せっかくだし、今のうちに友達も作っておきたいからさ。端っこで目立たないようにしてるさ」
シータが残念でした、というように首を振るった。
「無理だと思うよ。たぶん、みんなクーイの顔知ってると思う」
「?」
「だって、知らなかった? 入院式中に何人もクーイのほう見てた人いっぱいいたよ。たぶんミュランフェルト家の嫡子が、入学することは皆知ってると思う。ひそひそ変なことを言ってる人も多かったけど、女の子も多かった」
「……まじ?」
「うん。おおまじ。気づかなかったの?」
やはり無表情だった。
がっくりとうなだれるクーイ。
「人に囲まれそうになったら、途中で逃げるさ。なんとかなるだろ、たぶん」
「それにしても、みんな騒がしいね」
中庭までを繋ぐ島では何人もの魔法使いが、話をしている。あちこちで話しているせいか、声が騒がしく、世話しなく聞こえる。
「ほら、クーイ。あっちの子たち、こっち見てるよ。手でも振ったら?」
「え?」
少し離れているところで、女の子のグループが視線を寄せている。クーイたちのほうをみて騒いでいる。指をさしながら、何かを言っているようだった。
「どうやら、知られているってのは、本当らしいな。ちょっとむず痒いな」
愛想笑いをして、礼儀正しく、向こうにむかって簡単に挨拶をする。黄色い声が、すかさず大きくなる。寄られる前に、クーイたちは逃げるようにその場を後にした。