1‐2、訓練と魔法院と黒髪と
二年ぶりの更新です。お待たせしました。少しずつ更新できたらと思います。
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魔法院。
それはこの魔法界イルファントレイにおける学校のようなものである。魔法院には第一期、第二期とあり、第一期は十歳から十二歳の二年間の学校。ここでは、基本的な魔法についての理論を学び、魔法使いにとっての基礎を作ることになる。
また第二期は十二歳から二十歳の八年間の学校。第一期と比べ、専門性があがり、魔法を学ぶだけではなく、戦い方、将来を見据えた職業訓練、冒険実習等、実践的なものを学んでいく軍事的総合教育機関となる。
ここ、魔法院は首都イルファントレイの遥か上空にある。浮いていると言った方が正しい。
地上から、ここに来る方法はただ一つ。唯一、地上とこの魔法院を結ぶパイプラインである魔法陣。
クーイは人を待っている。待ち合わせは、この地面に書かれた魔方陣の前である。移動魔法陣の一種である、それが今クーイの目の前に薄紫色に輝いていた。
瞬間その魔法陣の薄紫色の光が大きくなり、色も紫色の濃い色になった。鈴みたいな音が響き、そこから現れたのは、背が低い女の子だった。
「てかさ……遅刻だよな、シータ」
「何が?」
魔法陣から堂々と歩いてきた黒髪の女の子が疑問符を浮かべている。
紫のローブの中は黒いシャツ、足は黒いソックス、頭にはよく魔法使いがかぶっていそうな鍔の長い黒帽子をつけている。顔意外が全て黒一色で統一されている。ご丁寧に身につけているアクセサリーまでが黒だった。
その格好にするのに時間がかかったのか、待ち合わせ時間はもう当の30分は過ぎてしまっている。待っている分には良かったのだが、遅刻が迫っているのが問題だった。
クーイは困惑している。
「なあ、シータ? なんて言うか、その格好はヘンだぞ?」
頬を掻きながら視線をそらして、気まずそうに全身黒少女に話しかける。実はそれでも思った以上にその姿が可愛いというのは、言わない。シータと呼ばれた女の子は自分の格好のどこがヘンなのか必死に服を確認するが、どこがヘンなのか分からないらしい。
「ヘン?? 私はクーイの思考概念のほうが変だと思うけど」
「あのなあ…、とりあえず幼馴染なんだから、アドヴァイスぐらい聞けよ」
「んーあ、分かった! 私のここが足りないんでしょ?」
ごそごそ、と真っ黒なローブの中から何かを探し出す。それは黒縁眼鏡だった。
にこり、ともせずシータは黒縁眼鏡を掛けてみせる。どうどう?みたいな視線は全く無い。機械的にクーイの疑問に対しての答えを待っているだけに見えた。
「いや、だからな。足りないんじゃなくて、ヤリスギなんだよ…」
シータ・D・ルノー。クーイの子ども時代からの幼馴染である。はっきり一言で言うなら、真っ黒人形である。小柄な体形で背は150cmあるかどうかの小ささで、そのかわいらしさと全身黒の服装からそう呼ばれている。それに加えて、関心あること以外は無表情なため一層その名前が浸透した。
「やりすぎ? ん、私別にヤ××ン(禁止ワード)じゃ…」
ドガッ、とシータの頭を業と強くぶつ。
「女の子はエレガントにッ!」
頭をさするシータは全く痛そうな表情を見せずに、平気な顔をして無表情のままだった。
(く、魔力で防御してやがる。こいつめ)
魔力をツッコミの防御策として使うとは、いかにもシータらしい。少し強めに力を入れたのだが、全くダメージは無いらしい。シータも魔法使いの一人なのである。それも周りから見るに優秀な魔法使いらしい。
「ま、魔法院のすぐ目の前まで来たんだから。とりあえず行こうぜ。入院式に遅れるからさ」
「うん。入院式は聖堂教会だよ」
目の前にあるのは魔法院という名の軍事的教育機関である。その容貌はかなりの広さを誇る。魔法院の広さは町ひとつを飲み込むほどの広さがある。当初は教育機関だけだったが、時代が流れていく中で様々な機関がくっついていった。その結果、様々な施設が取り揃えられている。学生寮以外に行事で使う聖堂教会や商業施設、訓練施設、娯楽施設など生活するのに最低限の設備は整えられているのだ。大きく分けて魔法院の陸、商業街の陸、訓練場の陸、外郭の島の四つに分かれ、それぞれが独立して陸や島として浮いている。現在クーイがいる地点は首都と魔法院を結ぶ院エリアの移動魔法陣の広場である。入門式が行われる院エリアの聖堂教会までは10分ほど歩かなければならない。しかし、そう簡単に歩いてはいけない事情がある。
それは、ここが浮いている陸という点にある。エリアごとに陸が独立して浮いているとはいえ、それを取り囲むように外郭の島が無数に浮かんでいる。エリア内を移動する時はどうしてもこのような小さな島を経由して移動しなければならない。しかもその島と陸を結ぶ整備はされておらず、島ごとを木のつり橋で繋げているという手抜きのもの。支えとなる柵もない。つまり覗き込めば、直接首都を高度1000メートルからの見下ろすということに他ならない。さらに上空にあるため、風が不規則で下にいるときより強い。
「あんなふうに見えるんだね、首都」
「気をつけろよ、柵もないし、風もあるから、落ちたら死ぬぞ。って言う前に覗き込むなッ! シータっ」
「あ、」
シータが覗き込むように身体を屈ませ一言。シータの身体が風に煽られるように揺れた。
「落ちるなあああ」
「なんてね。嘘だよ、クーイ。私が空間認識を誤って、運動野を誤作動させてまで、落ちるわけないでしょ?」
それもまた無表情で言った。
「もういい…」
がっくりとクーイが項垂れる。ため息とともに疲れも身体にのしかかってきて、言いたいこともいえなかった。詰まるところ、シータはこういう性格なのだから仕方がない。
「青空が、きれいだね」
「きれい、か」
そういえば、久しく空を眺めることは無かったことを思い出す。確かに空はまぶしいほど晴天だ。魔法界の天候は、魔法公社によって統制されているというのを、前に魔法気象学で学んだはずだった。
「クーイ、あそこを見て?」
「あ?」
橋を渡った次の島に誰かいる。長身で黒のローブに身をやつしている。暗茶色の長髪で肩まであるだろう長さを、後ろでポニーテールにしているのが分かる。少し胡散臭い雰囲気がにじみ出ている。
「また、遅刻者か。入院式でわざわざ遅れてくるとは、かなりの度胸があるらしいな? 新入生。名前を言え」
女に見えたそれは、男だった。離れて見たら、中性的な顔立ちで女性にしか見えない。近くで見ると、確かに男だった。
その男は辟易したように首を振って、いかにも嫌そうにそう言った。不満が隠しきれていない。
「誰、この変人? 無視する?」
シータが変人という男を指差して、毒づく。
「私は変人じゃないぞ? 無視とは面白い。実に面白いな。いいから名前ぐらい言え」
クーイとシータは向き合って頷きあう。意見を確認しあった。
「シータ・D・ルノー」
「クーイ・ミュランフェルト」
ぴくりと、その男が眉をしかめる。何か感じることが合ったらしい。
「ミュランフェルト、とはあの〈光のミュランフェルト〉か?」
「はい」
「面白い。実に面白い。あのミュランフェルト家に、それに召喚血統のルノー家か。しかし感心しないな、遅刻とは」
面白い、と言うのが癖らしい。自分の髪を弄りながら、さもことなげに遅刻しているという。だが、時間はまだ残っているはず。
「学校の関係者ですか? 確か入院式が始まるまで、もう少し時間があるはずですが?」
「そうだったか? まあいい。実に面白い。今回は面白くなりそうだ」
「この人、変だよ? いいから行こう」
シータがクーイの耳元でひそひそという。ぐいぐいと、手を引かれるクーイ。仕方なく強引に手を引かれてその男を後にする。男は気づいていないらしいのか、ただ目を瞑ってうんうんと頷いていた。
「そういえば、私だが。私はそう、教師だ」
「聞いていないので、先に行きます! 行こう、クーイ。本当に遅れちゃったら、困っちゃうよ?」
「あ、おい、こらきけ! 私の名前は…」
当然の如く無視した。向こうのほうで声だけがする。何か言っているのだが、風の音に消されて、よく聞き取れない。漸くアルヴェルトゥス・マグヌス、とだけ聞き取れた。だが実はその前に〈基本魔術、魔術実習を担当の〉という言葉が聞こえなかったことをクーイたちは知らない。
用語説明
魔法院の立地:魔法院は空に浮く島と陸でできている。島は陸よりも大きさが小さい。移動するためには整備されていない外郭の島を経由しながら魔法院内や商店街エリアの陸まで歩いていかなければならない。
魔法院の広さは面積にして東京ドームが十個以上入るが、空間圧縮魔法が使われているため、下の首都から上を見ても、あまり大きくは見えない。そのため、空などの景観を壊さない配慮がなされている。
魔法界の天気:魔法界の天気は自然任せにはなっていない。魔法公社によってある程度統制されている。いい具合に晴れ以外の天気の数を調整している。