甘党男と酒やけ女
初めまして、煤竹と申します。
ファンタジーで展開していた脳内妄想を、現代で妄想してみました。
迸るパッションのままに書き上げたので設定や背景など説明不足&おかしな部分がございますすみません(m_ _m)
どうぞよろしくお願いします。
「お待たせいたしました。チョコレートパフェをご注文のお客様は?」
す、と手を挙げたのは20代と思われる女。
女の前に生クリームの上にチョコシロップがたっぷりかかった見た目にも「甘い」と分かるパフェが置かれる。
必然的にウェイトレスのトレイの上にあるもう一つの品物は連れである30代と思われる男の前に置かれた。生ビールの中ジョッキである。
「以上でご注文の品はお揃いでしょうか?」
ハキハキと喋るウェイトレスに男と女はこくりと頷き、ウェイトレスは「ごゆっくりどうぞ」と笑顔で下がって行った。
ウェイトレスがバックヤードに戻ったところで、それぞれ目の前に置かれた品に手を伸ばし、自分の前から相手の前に移動させた。
「何となく恥ずかしいね」
「何となくな」
女に生ビール中ジョッキ。
男にチョコレートパフェ。
二人はお互いの容器を軽く持ち上げる。
「久しぶりの再会に」
「変わらぬ二人に」
コツン。
異なる容器の縁を合わせて乾杯とした。
ゴク、ゴク、ゴクリ。ぷはー。
「あー、生き返るわ」
酒やけしたようなハスキー声でしみじみと呟く女。
「美味そうに飲むところは本当に変わらんな。ついてるぞ」
上唇に泡の髭を蓄えた女を苦笑いで見ている男。
「おっと、こりゃ失敬」
女はぺろりと髭を舐めとり、またジョッキを傾ける。飲み込む時に動く女の細い喉を見ながら、男は細長いスプーンでチョコシロップまみれの生クリームを掬い取り口に運んだ。
「ふふ、口元が笑ってるよ」
「む、そうか」
「あなたも変わってないわ。甘いものを食べて幸せそうにしちゃってさ」
「美味いからな」
お互いに「いるか?」という言葉は無い。酒やけ女は甘いものが好きではなく、甘党男はアルコールが苦手だからだ。
暫しの間好物を愉しんでいた二人だが、どちらからともなく手が止まった。
「ええと、まずは自己紹介から、で良いよね?」
女の上目使いで伺いを立てる仕草も変わっていないな、と男は声に出さずに思った。
「私、里中凜子。25歳。実家の手伝いしてます」
初めまして、どうぞよろしく。女はそう言ってぺこりと頭を下げた。さらりとした癖のない真っすぐの黒髪が肩から前へ流れたのを見て目を細めた男も口を開く。
「俺は宍戸創也。歳は32。自営業だ」
こちらこそよろしく。そう言って軽く首を上下させた男。灰褐色に染めた短髪が窓から入り込む日差しにきらきら輝いて見える。その様子を女は眩しそうに見つめている。
「何だか、不思議な感じがする。初めましてなのに、初めてじゃなくて、でもやっぱり初めましてなんて」
「そうだな」
「初めて会った時、あなたは今の私と同じ25歳だったわね」
女は男から視線を外さぬまま初めて出会った当時を思い馳せた。
「あの時のあなたと同じ年齢で、またあなたと逢えるだなんて。本当に不思議な気分」
「だが俺とお前は確か2歳差だったと思うのだが?」
現在の二人の歳の差は7歳。これは単にズレが生じただけなのか。すると女は開いた五指を男の方に向けた。
「5年」
「5年?」
「そう、あなたが亡くなって5年後に私も死にました。だから歳の差の2歳にその5年を足した年齢差が今に反映してるのかな、と」
なるほど。この不可思議な出会いを経験した今となっては、その単純計算が多分正解なのだろうと男は納得する。
「そうか…、5年後だったのか」
男の死後、女がどれほど生きてくれたのかが分かってほっとする気持ちもあるが、やはり少し複雑だった。5年と言う歳月は女にとって長いものだったのか、それとも短いものだったのか。男としてはもっともっと長く生きていて欲しかったというのが心情だった。
暗い表情をした男に、女はジョッキを持ちながら笑顔になる。
「大往生もいいところだったと思うわよ?お互いよくあそこまで長生きしたよね」
「俺が死んだのは83の頃か」
「激渋なお爺様だったわね」
「そう言うお前も愛らしいお婆様だったぞ」
「あなたが亡くなった時は私81だったからね」
「そこから5年後…86か。その頃のお前も見たかったな」
「81も86も変わらないって!」
男と女は遠い過去の思い出を楽しそうに語り合う。
「あの後、どうなったかな」
何が、とは女は言わない。
「俺達の子供らだ。うまくやってるだろうさ」
何を、とは男は言わない。
「ひどい両親よね。子供たちにぜーんぶ押し付けて全然関係のないこの世界に二人して生まれ変わったなんて」
「良いさ。獅子は千尋の谷に子孫を突き落してこそだ」
「悪い人」
「許せ」
こういう軽口のやり取りは男と女にとってはかつて日常茶飯事だった。
女はジョッキを握ったまま、何かを考えるかのように目を伏せたあと、男の瞳に視線を合わせた。
「またあなたに逢えて、本当に嬉しい…」
潤んだ瞳から、一滴の涙が零れ落ちる。
「もう、二度と逢えないのだと、そう思っていたから……」
自然とジョッキを握る手に力が入った。それに、男は両手を伸ばしてそっと重ねる。
「俺もだ」
女の手を取っ手から外させ、ぎゅっと握りしめる。お互いの温もりを感じ合い、確かめ合う。
「俺達にどんな奇跡が起きたのかは分からない。だが、二人とも、ここに居る」
涙を流す女を宥めるように、そして胸の内から溢れる想いに忠実に、男は微笑みを浮かべた。
「それにな、今の俺はお前の夢を叶えてやることが出来る」
「夢?」
「ああ」
はて、と女は首を傾げる。その拍子に顎を伝った雫が落ち、男の手を濡らした。
「お前が忘れても、俺は覚えている」
「え、と…、何だっけ?」
「俺の職業を自営業と言ったが、俺は今酒蔵の経営者なんだ」
酒蔵。え、それは、まさか、ひょっとして…。
「実家が代々酒蔵を経営していてな、それの跡を継いだ。…これも一つの奇跡かもしれないが」
女の涙が落ちた手を唇に寄せ、ぺろりと舐める。「しょっぱいな」そう言って男は笑う。
「『大国に嫁ぐのは他に任せて、将来は酒蔵を経営している酒好きの男と結婚する』。あの時お前はそう言っていたな?」
「確かに、そう、言ったけど…。でも、あなた、お酒苦手でしょ?」
ニヤリ。あの頃によく見た笑い方。顔立ちはあの頃と似ても似つかないのだけれど、男のその笑い方に当時の姿が垣間見えた。
徐に女のジョッキを持つと、男は残りのビールを一気に飲み干した。
「……ほら、な?」
空っぽになったジョッキを片手に笑う男の眉間には皺。女はそれを見逃さない。
「ちょっと、大丈夫なの?!」
「…これでも酒蔵の息子として生まれてるんだ。ビールくらい、何ともない」
「たったそれだけで顔真っ赤にさせといて何言ってるんだか…」
呆れてしまう。当時も今も、何故こうやって飲めない酒をこの男は無理に飲むのだろう。
「あの時は、不覚にも潰れてしまったが、今は大丈夫だ」
心なしか、男の目が座り始めた。
「リュ……、…凜子、さん」
「ぶっ」
昔の名前を言いかけた、とか名前に「さん」を付けた、とか諸々の理由で吹き出した女を「笑うな」と顔を真っ赤にしている男は睨みつけるが、その赤みはアルコールのせいだけではあるまい。
「…俺は、凜子さんに再び巡り会えたこの奇跡に感謝している」
男の親指が忙しなく女の甲を撫でる。男が緊張している時の癖だった。変わらぬその姿に、顔には出さないが女は泣きそうだった。
「……もし、なんだが、……今、付き合っている相手とかいなければ…、その……」
言葉尻がどんどん小さくなっていく男が、もじもじと女の手を握っている己の手を離そうとすると、今度は逆に女に捉まれる。その力強さに勇気を貰い、女の瞳をまっすぐ見据えながら告げた。
「俺と、結婚を前提にお付き合いを――」
「言い直し」
「―――っ」
このやり取りもまた、過去をなぞったかのようだった。ほれほれと言い直しを要求する女は意地悪な笑みを浮かべているが、その眦にはまた涙が溜まっている。
「……俺と、また、結婚してほしい」
これもまた、あの時に聞いたプロポーズの言葉。若干違う言葉が入るのはご愛嬌だろう。
短くも素っ気無いその言葉は、男の愛情深いその表情によってとても甘い響きを持って女に届く。
視線で答えを聞いてくる男。もちろん女の答えなど決まっている。
女は震えそうになる唇を噛み締め、緊張した面持ちの男のチョコレートパフェに手を伸ばし、溶けかけた中身を飲み下した。「甘過ぎる」そう顔に書いた女の眉間にもまた、皺。男もそれを見逃さない。
「はい、喜んで」
涙を浮かべた女の掠れたような酒やけ声は、込み上げるものでさらに掠れていた。
―――昔々、ここではない、どこか別の世界で。
甘いものが大好きな皇帝が、酒好きな王女と出会い、恋に落ち、その生涯を共にした物語があった。物語は二人に幕が下りた時点で終わりのはずだった。
だが時を超え、次元を越えて巡り会った皇帝と王女は、ここ現代の日本に甘党男と酒やけ女に生まれ変わっていた。
一度は終わった物語が、奇跡によってまた、始まる―――。
いわゆる現代への転生ものでございました。
説明不足も甚だしいのでいつか脳内妄想の皇帝と王女の話も書けたら…と思います。
最後までお読み頂きましてありがとうございました!