あの部屋にだれかがいる……
※挿絵は生成AIです。
ぼくの家には『はなれ』がある。家の庭のすみにぽつんとたっていて、玄関から見えている。
でも、ぼくはその『はなれ』の中をいちども見たことがない。窓があるけど、いつもカーテンがかかっている。
家のまわりで遊んでいたときに気づいたんだけど、その『はなれ』には、カギがかかっていた。戸にも、窓にも。カーテンは厚くて、色があせていた。
お母さんに聞いたら、『部屋にはカギをかけるものよ』、って言ってた。
ぼくが『中を見せて』、って言ったら、『またこんど』とか、『中にはなにもない』って、遠くを見ながら言うんだ。
ぼくは、だんだん、お母さんに『はなれ』のことを聞かなくなった。
でも、お母さんはたしかにあの『はなれ』に入っている。
いちど、学校へ行くとちゅうで、忘れ物に気づいて家にもどったことがある。
その時に玄関から見えたんだ。お母さんが『はなれ』に入っていくのを。手になにかを持っている。布をかぶせたお盆だった。
ぼくが家の中から忘れ物をとってきて、玄関を出るときに、お母さんが『はなれ』から出てくるのを見た。
手にはなにも持ってなかった。
お母さんの顔がちらっと見えたけど、なんとなくかなしそうに見えた。
お母さんはそのまま、ぼくに気づかず、裏口から家に入っていった。
それいらい、ぼくは『はなれ』のことが気になってきた。
あの部屋にはなにがあるんだろう? って。
────
今日は、学校が終わってから図書館に行った。ぼくはいろいろな物語を読むのが好きだから。
読んだのは、昔のこわい話の本だった。
生まれてからずっと家の中に閉じこめられていた人の話だった。大きな屋敷で、その人は、生まれたときにふつうじゃなかった。
それで、家の人は、だれにも見せないようにその人を閉じこめておいた。
でも、あるとき、だれかがそのことを知った。おなじ村の子供だった。
その子は、閉じこめられた人のことを知りたくなって、こっそりと部屋をのぞきこんだ。
──ぼくは、どきどきしてページをめくった。
そして、その子は見た。閉じこめられていたその人を……。
──ぼくはこわくなって本を閉じた。
────
家に帰ると、玄関のドアにカギがかかってた。お母さんがどこかに出かけたらしい。
カギを取りだしてドアを開けると、ちらっと庭の奥にある『はなれ』を見た。
そのとき、ぼくは、なんとなくだけど、『はなれ』がいつもとちがうような気がした。
気になって、『はなれ』のほうに行ってみた。
なにかがいつもとちがう。
なんだろう……?
わかった……! 『はなれ』は引き戸になってるけど、カギが開いているんだ。
ほんのちょっぴり戸が開いているのが、いつもとちがって見えたんだ。
ぼくはすこしまよってから手をかけると、戸はすっと開いた。
中に入ると土間になっている。入り口をしめて上がりこむと、障子をあけて、部屋の中に入った。
「ここが……『はなれ』の部屋……?」
電気をつけてみると、外から見るよりけっこう広い部屋だった。中にはいろいろな物がおいてある。
おもちゃがある。小さい子供のおもちゃだ。ミニカー、つみ木、ブロック。画用紙には、クレヨンでだれかの顔がかかれているけど、ところどころに、ぬれてにじんだあとがあって、よく見えない。
カベには服がいくつかかかっている。どれも、大きさがちがう。
部屋のいちばん奥には、写真がいくつもかざってあった。
だれもいないけど、まるでいつも人がいるようだった。
部屋のすみに、大きな箱がある。
人が入れるくらいの箱だ。
ぼくは、図書館で読んだ本のことを思い出した。
箱のふたにそっと手をかけると、ゆっくりと開けてみた。
……箱はからっぽだった。
ぼくはため息をつくと、ふたをしめて、部屋の奥の写真をよく見ようとした。
そのとき、『はなれ』の外から足音が聞こえた。
ぼくはカーテンがかかった窓のすきまから外を見ると、お母さんが帰ってきたみたいだ。
まっすぐ『はなれ』に向かってくる。
どうしよう……? かってに入ったとわかったら、きっとしかられる。
お母さんはすぐにここにくるぞ……。
お母さんが引き戸をあけて中に入り、またしめるのが聞こえた。
そのまま、はきものをぬいで上がり、障子をあける……。
部屋に入ったお母さんが、電気をつけて、たたみの上を歩く音が聞こえた。なにをしているのか、ぼくからは見えない。
──ぼくは、さっきのすみにあった箱に入ってかくれていた。クツを持って。
お母さんがまだなにかをしてる音が聞こえる。箱のふたのすきまから、ちょっとだけ光が入るけど、外は見えない。
ぼくは、体じゅうを耳にして聞いていた。お母さんのため息や、服がこすれる音が聞こえる。
そして、ぼくが入っている箱の上で、どさり、という音がした。なにか重いものを置いたみたいだ。
「さて、……と。もどらなくっちゃ」
お母さんの声と、カチカチっと電気を消す音が聞こえた。……もしかしてお母さん、『はなれ』から帰っちゃうのかな。入り口の戸にカギをかけて?
それじゃあ、ぼくは、出られなくなってしまう。
ぼくは思わず体を動かした。すると、箱が動いて、ふたの上に置いてある物がぽとりと落ちる音がした。
「あら……?」
お母さんが振り向いたようだ。
「なにか動いたような? なにかしら……」
お母さんがふたたび電気をつけ、箱の上の物をどかす音が聞こえた。
ゆっくりと……箱のふたがひらいた。うしろに電気がついているから、お母さんの顔はかげになって見えない。
「うわーーっ!」
ぼくとお母さんは同時にさけんだ。
「ユウト! なにしてるの……」
「なにって……」
ぼくは箱の中から写真のほうを見た。お母さんもそっちを見た。
「……じゃ、見たのね」
「うん……、なにがあるか気になって……」
ぼくは箱の中から出た。
「でも、これ、なんなの? あれはだれの写真なの?」
「あれはね……」
お母さんは、いったん言葉をとめた。
「あれは……、ユウトのお兄ちゃんの写真なの」
「ぼくの? お兄ちゃん……」
「あなたが生まれる前に、今のあなたよりも小さいときに亡くなったの」
ぼくはおどろいた。そんなことは、はじめて聞いたからだ。
「じゃあ、あの写真はみんなそうなの?」
お母さんがうなずいた。
「お母さんのいなかではね……。子供のころに亡くなった人がいたら、その子がおとなになるはずだった年になると、おとなになった絵や写真を作るの」
お母さんは写真のひとつを手にとった。
「たくさん写真があるのはどうして?」
「お母さんはね、毎年、お兄ちゃんの写真を作ってたのよ」
お母さんは、写真のわくをなでた。
「それをこの『はなれ』にかざって……。ほら、服も作ってたの」
ぼくは、カベにかかった服を見た。よく見ると、大きい順にならんでいる。
「このおもちゃは?」
「それは、お兄ちゃんが遊んでたおもちゃよ」
お母さんは、つみ木を手にとってにぎりしめた。
「亡くなった人の写真って、どうやって作るの?」
「昔は、絵で描いてもらってたんだけど、最近は、AIでお兄ちゃんの成長した写真を作ったの」
「そんなことができるんだ……」
ぼくは、ならんでいる『お兄ちゃん』の写真をじゅんに見た。ちいさいころ、ぼくとおなじ小学生くらい、中学生……高校生……。
「でもね。それも今日で終わりなの……」
お母さんが、ほかのものよりも大きい写真を手にとった。
「終わり? どうして? それはなに?」
「これはね、お兄ちゃんの結婚式の写真なの。おとなになったら結婚させるのよ」
写真には、黒い着物を着た『お兄ちゃん』と、白い着物を着た女の人が写っている。
「その女の人はだれ?」
「だれでもないわ。これもAIなの。ほんとうにいる人と、亡くなった人を結婚させちゃいけないのよ」
「死んじゃった人が、結婚するの?」
「そうよ。……きっとね。ユウトには、信じられないかな?」
「うーん、わかんないよ。……お母さんは、信じてるの?」
「うん……、信じていてもいなくても……。お母さんがね、お兄ちゃんにしてあげられるのは、これくらいしかないから……」
ぼくはしばらくだまっていた。
「今日でおわりって言ったよね? どうするの?」
「写真をね、奉納するのよ」
「奉納って?」
「お寺にあずけるのよ。それでおしまいなの。お兄ちゃんは、一人前になったってことね」
「そうなんだ。……でも……」
「なに? ユウト」
(どうして、今までぼくにだまってたの?)
──そう言いかけて、ぼくはやめた。写真を見ながら、お母さんが泣いていたからだ。
「なんでもないよ……」
ぼくとお母さんは、しばらくその写真を見つめていた。
────
その夜。ぼくは夢を見た。会ったことがないお兄ちゃんと遊ぶ夢だ。
おもちゃで遊んだり、勉強を教えてもらったりした。
そのうち、お兄ちゃんはだんだんぼくより大きくなっていた。
『ユウト。……お兄ちゃんは、もう行くよ』
そう言ったお兄ちゃんは、あの黒い着物を着ていた。そばには、白い着物の女の人がほほえんでいる。
『うん……』
『さいごに、お前と会えてよかったよ……』
『うん。さよなら……お兄ちゃん』
────
次の日、ぼくとお母さんは、黒い服を着てお寺に行った。お兄ちゃんの写真を奉納するために。
お寺はお線香のにおいがした。お坊さんはなにかを言っていたけど、ぼくにはわからなかった。
帰り道、ぼくらはだまって歩いていた。
ぼくは、お母さんの顔をちらっと見た。お寺に行くまでは、お母さんはすこしかなしそうだったからだ。
でも、今はもうかなしそうにはしていなかった。




