第1話:水を奪う者たち
「水を全部置いていけ」
その一言で、空気が凍りついた。
——まずい。
俺はカウンターの奥で、無意識に拳を握っていた。
給水タンクの残量は、あとわずか。
今日ここに並んでいる連中、全員には行き渡らない。
それでも配っているのは——ここが“最後の場所”だからだ。
振り返る。
店の奥には、やせ細った子供が母親の服を握っていた。
唇は乾ききり、声も出ない。
ここで水を失えば——何人かは確実に死ぬ。
「……チッ」
砂煙を巻き上げながら、数台の大型バギーが店の前に滑り込んできた。
エンジン音が、やけに大きく響く。
下卑た笑い声。
錆びた銃口。
——ハイエナどもか。
「聞こえなかったのかァ?」
先頭の男が銃を構え、にやりと笑う。
「水だよ、水。全部置いていけって言ってんだ」
誰も動けない。
空気が張り詰める。
その時——
「……Q」
俺は、低く呼んだ。
店の奥。
暗がりの中に、一人の男が立っている。
KING.Q。
かつて天才ギタリストと呼ばれた男。
今は、この“聖域”を守る剣だ。
だが——まだ動かない。
わかっている。
こいつが動くのは、“最後”だ。
それまでは——
「前に出るなよ」
俺が言うより先に、影が一つ、静かに歩き出た。
SYU。
細い脚。しなやかな動き。
だがその目は、完全に“狩る側”のそれだ。
「……ねえ」
SYUは、軽く首を傾げた。
「ここ、見てわかんない?」
「は?」
「水をもらいに来る場所。奪いに来る場所じゃないんだよ」
一瞬の沈黙。
そして——爆発した。
「ヒャハハハハ!!」
「聞いたかおい!正義の味方だってよ!!」
銃口が一斉に向けられる。
——まずい。
数が多い。
しかも、後ろには一般人だ。
「SYU、下が——」
言い終わる前に、銃声が響いた。
パンッ!!
だが——
「遅い」
鈍い衝撃音。
次の瞬間、先頭の男の身体が宙を舞っていた。
蹴り。
たった一撃で、骨が砕ける音がした。
「は?」
残りの連中が一瞬、固まる。
その隙を——SYUは見逃さない。
地を滑るように間合いに入り、二人、三人と叩き込む。
「ぐっ……!」
「がぁっ!!」
だが——
「囲め!!」
背後から、別の一団が回り込んできた。
——チッ、数が多すぎる。
SYUの動きが、わずかに止まる。
その一瞬。
銃口が、子供の方へ向いた。
「やめ——」
引き金が引かれる。
その刹那。
——空気が、変わった。
「……五月蝿い」
低く、響く声。
気づいた時には、もうそこにいた。
KING.Q。
いつ動いたのか、誰も見ていない。
ただ——
次の瞬間、銃が、音もなく崩れ落ちた。
「なっ……」
青い光が、刃を走る。
一閃。
視界が、切り裂かれる。
武器が、腕が、戦意が——まとめて断ち切られる。
「ば、化け物……!」
後ずさる男たち。
だが、終わらない。
一人、ボス格の男が叫びながら斧を振り上げた。
「舐めんじゃねぇぇぇ!!」
振り下ろされる鉄塊。
——直撃すれば、終わる。
だが。
「終わりだ」
KING.Qの足元から、低く唸るような振動が広がる。
そして——
光。
虹色の波が弾け、空間を満たす。
その中心から、“それ”は現れた。
黄金のフェニックス。
炎ではない。
だが、触れたものの“悪意”だけを焼き尽くす光。
咆哮。
閃光。
次の瞬間——
全てが、静止していた。
男たちは崩れ落ちる。
武器は砕け、敵意は消えている。
静寂。
風の音だけが、戻ってくる。
「……はぁ」
SYUが息を吐いた。
俺は、震える手で煙草に火をつける。
助かった。
——だが。
「……おい」
足元で、倒れた男のポケットから何かが滑り落ちた。
金属片。
見慣れない紋章。
「これ……」
SYUが拾い上げる。
刻まれているのは、歪んだ円と——三本の爪痕。
その瞬間、KING.Qの目がわずかに細められた。
「……ギルドか」
低く、呟く。
空気が、再び冷えた。
ただの略奪じゃない。
——“来る”。
もっと大きな何かが。
外では、砂嵐が唸りを上げている。
その音が、やけに不吉に聞こえた。
俺は水をグラスに注ぎ、カウンターに置く。
「……飲めよ」
KING.Qは何も言わず、それを一気に飲み干した。
そして、ぽつりと呟く。
「次は……もっと来る」
その一言で、全員が理解した。
ここはもう、“ただの給水所”じゃない。
——狙われている。
ここが、
Q’s Sanctuary。




