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6.彼女を居場所へ案内した

 俺とルナは、この半年の間にお互いの家に何度か足を運んだことがある。


「何度来ても思うけど、普通にいくらすんだよこのマンション」


 思ったことが、そのまま口をついて出てしまった。


 恋人関係でどうこう、というわけではない。

 完全に用事があったときに、ちょっと立ち寄っただけ。

 それでも、何度来ても彼女の家には圧倒される。


 セキュリティの行き届いたエントランス、高級感のある内装。

 同じ大学に通う、同い年のはずなのに、生活のステージだけが一段違う気がする。


 彼女が“何者なのか”。

 そこに踏み込むつもりはない。


 でも今になっても、不思議だとは思ってしまう。


「ごめんね、待たせて」


 部屋の奥から顔を出したルナは、いつも通りの服装で、いつも通りの声だった。


「いや、別に大丈夫だよ」

「それじゃあ、行こ」

「はいよ」


 玄関を出て、エレベーターで階下へ降りれば、そこはもう普通のエントランスだ。

 外に出れば、いつも通る大学周辺の道。


 さっきまでの違和感が嘘だったみたいに、世界はすっと日常へ戻っていく。


「陽斗は、家寄る?」

「俺は大した荷物持ってないし、いいかな」

「わかった」


 俺とルナの家は、歩いて十分かからない距離にある。

 大学からの位置関係で言うと、ルナの家が先、その先に俺の家がある。

 ただ、そこまで行ってしまうと、駅からは離れてしまう。


 だから今日は、このまま学校方面へ向かうのが一番合理的だ。


「じゃあ、このまま行こ」

「うん」


 並んで歩き出す。

 肩が触れるほど近くはない。

 かといって、他人ほど遠くもない。


 この距離感に、半年も慣れてしまった。


「……さ」


 歩き出して少ししてから、ルナが口を開いた。


「ほんとに、案内してくれるんだよね」

「うん。もう駅の方向かってるし」


 わざわざ確認するほどのことでもないはずなのに、

 ルナは一度立ち止まって、こちらを見上げてきた。


「……なんかさ」

「ん?」

「学校終わりに、そのまま連れて行ってもらう感じが新鮮でさ」


 言葉を選んでいるのか、少しだけ歯切れが悪い。


「嫌なら、全然言ってくれていいんだからね」

「今さらそれ言う?」

「……一応」


 俺は小さく肩をすくめる。


「嫌なら最初から言わないって」

「……そっか」


 それだけで納得したように、ルナは歩き出した。


「じゃあ、お願いします」

「はいはい」


 軽くそう返しながら、並んで歩く。

 さっきまであった気まずさの名残は、もうほとんど感じなかった。


「そんなに楽しみ?」

「うん。だって……陽斗の“居場所”でしょ」


 その言い方に、胸の奥が少しだけ揺れる。


 居場所。


 俺にとっては、それはただのバイト先で、生活の一部で。

 でも彼女にとっては――。


「……まあ、そうだな」


 それ以上は言えずに、そう返す。


 夕暮れに染まった道を並んで歩きながら、駅の入口が見えてくる。


「地下鉄、乗り換えなしだったっけ」

「うん。二駅だけ」

「近いね」

「まあ、働く側としては助かってる」


 改札を抜け、エスカレーターでホームへ下りる。

 帰宅ラッシュには少し早い時間帯で、人の数もまばらだ。


「立つ?」

「いや、空いてるし座ろ」


 ベンチに腰を下ろすと、ルナは少しだけ距離を詰めてきた。

 肘が触れそうで触れない、微妙な間隔。


「……こういう時間、久しぶりな気がする」

「そうか?」

「うん。最近は帰りもバラバラだったし」


 それは、否定できない事実だった。

 バイトやら友達やら、それぞれの生活が広がって、

 同じ方向へ帰る日が、少しずつ減っていた。


 電車がホームに滑り込んでくる。

 ドアが開く音とともに立ち上がり、二人で車内へ入る。


 空いている席に並んで座ると、電車はすぐに動き出した。


「……車内で見ると、陽斗ちょっと疲れてる」

「そう見える?」

「うん。働いてる顔してる」


 妙な言い方だな、と思いながらも否定しなかった。


「まあ、慣れてきたとはいえ、まだ余裕はないな」

「でも、嫌そうじゃない」

「それは……嫌だったら続けてないだろ」


 ルナは小さく笑う。


「そういうところ、変わらないよね」

「どこが」

「ちゃんと自分で決めるところ」


 妙に観察されている気がして、視線を前に戻す。


「ルナだってそうだろ」

「え?」

「嫌なら、最初から来ない」


 言ってから、少し間があった。


「……そうかも」


 車内に、次の駅を告げるアナウンスが流れる。


「お店ってさ」

「ん?」

「どんな感じなの?」


 ようやく、ルナリアそのものの話題になる。


「静かめかな。賑やかすぎない」

「落ち着いてる?」

「まあ、そうだな。長居して怒られないタイプ」


「それ、良いね」

「ルナ向きだと思うけど」

「……そう?」


 首を傾げながらも、少し嬉しそうだ。


「変に浮かないかな」

「浮いたら、俺が浮かせるから大丈夫」

「どういう意味」

「連れですって顔する」


「……それ」

「ん?」

「頼りにしていい?」

「ああ」


 即答すると、ルナは一瞬だけこちらを見る。

 すぐに視線を逸らしたけど、その横顔がやけに柔らかかった。


 地下鉄が減速し、二駅目に到着する。


「ここだ」

「思ったより近いね」

「だろ」


 改札を抜け、地上に出る。

 夕方の空気がひんやりとして、昼とは違う顔をしていた。


「駅からどれくらい?」

「五分くらいかな」


 少し歩くと、中心部から外れた静かな通りに入る。

 人通りが減り、街灯の数もまばらになる。


「あ、あれ」

「ん?」


 ルナが顎で前方を指す。


 温かい光を漏らす、小さなカフェ。

 木目調の外装に、控えめな看板。


「……あれが」

「うん。ルナリア」


 店の前に立つ。

 ガラス越しに見える店内は、落ち着いた雰囲気で、

 想像していたよりも、ずっと静かだった。


「……いい感じ」

「だろ」


 扉の前で、ルナが一瞬だけ足を止める。


「ね」

「ん?」

「……ちゃんと案内してくれて、ありがとう」


 そう言って、少しだけ照れたように笑う。


「今さらだろ」

「今さらでも、言いたかったの」

 

 嬉しさ半分、恥ずかしさ半分感じながら、ドアの取っ手に手をかける。

 ドアベルの奏でるカランカランという鈴の音がいつもよりほんの少し、軽やかな音を立てた……気がした。


夜分遅くとはなりますが、金曜に投稿できなかった分一話多く投稿にもっていけたらと思い、パソコンと向かい合っておりました。


日付が変わって、こんな遅くではありますが、一人でも多く皆さんに何かを届けられたらと思います。

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