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5.踏み込まない距離が、少しだけ近づいた


 バイトからの帰り道、地下鉄の窓に映る自分の顔をぼんやりと眺めながら、ここ最近のことを思い返す。


 ひよりがバイトに加わってから、ルナリアで過ごす時間は少し賑やかになった。

 光一とは相変わらずくだらない話をして笑っているし、授業の履修や単位の取り方にもすっかり慣れてきた。

 大学生らしい生活、と言われればきっとそうなんだろう。


 ルナとは……。


 以前より話す頻度は減った気がするが、関係が悪くなったわけではない。

 授業が被る日は今でも一緒に図書館で時間を潰すし、すれ違えば名前も呼ぶ。

 ただ、それ以上踏み込むことも、踏み込まれることもなかった。


 あの夜以来、俺の方が無意識に線を引いている。

 それはきっと、壊さないための距離だ。


 家に着き、靴を脱いでベッドに腰掛ける。

 シャワーを浴びるほどでもない、ほどほどの疲労感。

 スマホを手に取ると、無意識のうちにいつものアイコンをタップしていた。


『それでね、半年も経って、だいぶ学校にも慣れてきたんだけど——』


 少し前に配信が始まったようだが、どうやら最近の調子について話しているらしい。


『なんか、最初に仲良くなった子がさ、バイトとかゼミ以外のところでも友達が増えてるからかな……あまり一緒にいる時間がなくて——』


 いわゆる雑談配信で、コメントと対話する形で話は進む。


〈友達なんてすぐ他の友達作るんだから〉

〈やっぱり味方は俺らしかいないか〉


 好き放題言ってるなぁ。


 もちろん、この言葉の対象が俺だと断定できるわけじゃない。

 ただ、語られる情景——周囲の施設や環境、教室や授業の話がやけに見知った光景のように感じられる。

 そう疑ってしまったが最後、彼女の喋る一言一句が、どうしても彼女自身と重なって見えてしまう。


「本当に、確定した情報なんてないのにな」


 いっそのこと——なんて何度思ったかは分からないが、今のところは知らぬが仏を貫くつもりだ。


 それが彼女のためであり、そして俺自身のためでもある。


「とはいえな」


 厄介な話だが、俺だって男子大学生だ。

 見た目の良し悪しだけじゃなく、女性を好きになることくらいある。

 ……いや、正直に言えば、気になっているかどうかで言えば、そりゃあ気になっている。


 だからこそ、この不安定なバランスを、どこかで自分なりに整理して形にしたいという思いがある。


「決定的な何かがあればな」


 まあ、何もないに越したことはない。

 それだけは変わらない事実でもある。


 翌日。


 一週間の中で、丸々ルナと同じ授業を取っているのが木曜日だ。

 お互い特に予定がなければ、一緒に帰るのが暗黙の了解になっている。


「そういえばさ」


 大学からの帰り際、ルナが急に足を止めた。


「最近、バイト忙しそうだよね」

「まあ、ちょっとだけな」


 ひよりが入ったことには、あえて触れない。

 同じゼミだし、ひよりも含めて仲のいいメンバーだという自覚はある。

 だからルナも、たぶん知っている。


「……ふうん」


 一瞬だけ視線を逸らし、ルナは続けた。


「別に、深い意味ないんだけどさ」

「ん?」


 ほんの数秒、言葉を探すような沈黙。


「……陽斗がいなくなるの、ちょっと困るんだけど」


 軽い調子だった。

 冗談みたいな声色だった。


 でも、俺は聞いてしまった。


「……は?」


 間の抜けた返事しか出てこなかった。


「ほら、ノート借りたりとか」

「授業のときとかさ」


 後付けの理由。

 自分で言って、ルナ自身も気づいたのか、少しだけ目を伏せる。


「……まあ、いいや」


 逃げるようにそう言って、先に歩き出す。


「ちょっと待ってって」

「……なに」

「いや、何を気にしてるのかは分からないけどさ。別に、何も変わらないから」


「別に……気にしてなんか」

「そうだな。気にしてるって言い方が悪かったかもだけど……とにかく、俺とルナの間に溝ができるわけじゃないから」


「……うん」


 お互い無言になる。

 それが、余計に気まずかった。


「あの、さ」

「ん?」

「ごめん」

「……え? 急にどうした?」

「なんでもない。ただ、言いたかっただけなの」

「そっか。わかったよ」


 なんだか、少しだけルナの表情が明るくなった気がした。


「今度さ、暇な時でも遊びに来なよ。俺のバイト先」

「え、いいの?」

「全然。来てほしくなかったわけじゃなくてさ、バイトに慣れてないときに見られるのが恥ずかしかっただけ」


「それじゃあ、行く」

「おう」

「ううん、今から」

「え、判断早くね?」

「だって私、お店の場所も名前も知らないもん。だから案内してよ」


 ここ最近のお互いのよく分からない気まずさもどこへやら、ルナは少し意地の悪い笑顔を浮かべた。

 それが嫌なわけじゃなく、胸につかえていた何かが、すっと消えたような気がした。


「しゃあないな。そのまままっすぐ行けばいい?」

「家、目の前だし。荷物だけ置いてきたい」

「わかったよ」


 ルナの足取りは軽く、先ほどよりも歩くスピードが速い。

 目に見えて機嫌の良さが滲んでいて、これが犬なら、尻尾をぶんぶん振り回していることだろう。

 ありもしない尻尾が、今だけは本当に見えるような気がした。


こんばんは、月要です。

社会人の金曜日ということもあり昨日は投稿できませんでした。


ここから数話はルナ回かなって感じになります。

是非ともこのじれったい関係を楽しみにしてもらえたらと思います。

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